1-8. 熱い夜には
「せーいやっせ! せーいやっせ!」
掛け声と共に、熱を通して何度も練られた塊が柔らかく伸ばされていく。
村人全員で交代しながら進められていく作業は、古き良き町内餅つき大会のようだとハルはリズムに合わせて体を揺らす。
イーズは両手を鳴らし、時折村人たちに回復魔法を飛ばしては掛け声に加わった。
「せーいやっせ! せーいやっせ!」
一見、お祭りにも見えるが違う。
お祭り男ハルの血が湧きたっていないのが何よりの証拠。別に昼間のネペンテスとの精神的な戦いに疲れたわけではないはず。
では何なのかと言えば、以前ブルーム商会のチェズに見せてもらったビニルもどきを作っているのだ。
葦をネペンテス溶液に溶かし、熱を通して粘度の高い生地を広げては丸める作業を繰り返すことで、透明度が増していく。
もうかれこれ二時間以上、火魔法や風魔法スキルを持った村人が交代で均一に熱を入れ、力自慢たちが掛け声とともに腕の筋肉をモリモリッとアピールしつつ生地を伸ばしている。
ちらりと横を見ると、十年かけても育たなかったハルの腕の筋肉が、しなびた大根のように目に入る。細い。白い。サトが大根になった時でも、もうちょっと太かった気がする。
「ねえ、なんか失礼な視線を感じるんだけど?」
「いえ、気のせいです。これってどこまで伸ばすんでしょう?」
「んー、前に見せてもらったサンプルは透明ではあったけど、レジャーシートみたいな厚さだったから、今回はできるだけ限界まで伸ばしてもらうつもり」
「さすが、鬼畜ハル様」
さながら欧米人のように両手を上にむけ、ふるふると首を左右に振るイーズ。
ハルは斜め下を見て、呆れた声を出した。
「失礼な。回復魔法も鬼畜でしょ。永遠にやらせる気?」
「光魔法の使い手はそんなこと考えたりしません。完全なる光属性ですから」
「……イーズは闇魔法も、」
「さ~あ、今日の晩御飯は何でしょうねぇ!!」
ハルの至極真っ当な指摘をぶった切り、イーズは座っていた岩から腰を上げる。
島々を渡って旅を続けているので、バラエティ豊かな魚介類を毎日食べている。
魔獣肉も持ってきているし、物々交換で楽しめるので全く飽きる要素はない。
しかも、この島では探し求めていたある物が手に入りそうなのだ。
「おーい、こっちでクラゲ焼きができたぞー」
「「待ってました!」」
後ろからかけられた声に、ハルとイーズは同時に振り返る。
余りの勢いに、声をかけた方がずざざっと体を引いたほどだ。どれだけ食いしん坊なんだと思われたかもしれない。しかし食いしん坊はハルだけである。
イーズはまだまだ響く「せーいやっせ! せーいやっせ!」の声に合わせ、ケンケンパでぴょこぴょこと目的の場所へと進む。
パチパチと爆ぜる炭の香りと共に漂ってくる、香ばしい美味しそうな匂い。
ハルは自然と口の中にこみ上げてきた唾を、ごくりと音を立てて飲み込んだ。
「うー、いい匂い」
「焦がし醬油は最高です」
最後にぱあっと大きく仁王立ちになり、イーズはニカッと笑う。
これでいいのか二十五歳。まぁ、見た目は二十歳にギリギリ見えるかどうかなので許されるだろう。
本人が聞いたら激怒しそうな感想を抱きながら、ハルは炭を転がしている村人に声をかけた。
「これがクラゲ焼き?」
「そうさ。クラゲと違ってパリパリだけどね!」
「見た目はクラゲですねぇ」
白くぷっくり膨らんだフォルム。クラゲのように見えなくもないけれど、異世界の日本から来た二人にとってはそれは懐かしいお菓子の姿だ。
村人は壺にどっぷりつかった刷毛を掴み、周囲に液体がぼたぼたとこぼれるのを気にすることなく豪快にクラゲ焼きのうえに塗りたくる。
じゅわぁぁっと音を立てるクラゲ焼きと炭。煙も上がってケホっとイーズは小さく咳をした。
「うまそ」
「ほら、持ってきな。熱いから気を付けろよ」
「ありがとう」
「ありがとうございます!」
自前の皿にひとつづつ置いてもらうと、カラリと軽い音がする。
さっきの場所まで戻る時間も惜しく、二人は数歩進んだ先で立ち止まった。
ちらりとお互いを見て、次の瞬間には同時にクラゲ焼きにかぶりつく。
一口目はむにゅっと思ったより柔らかい食感。その次に、いい塩梅に焦げてカリッとした部分が軽快な音を立てて割れる。
パリパリとぐにぃっと両方が混ざって口の中が忙しい。んふっと思わず鼻息を飛ばした鼻腔に、甘じょっぱいタレの香りが広がる。最高だ。
「ん、美味い。手焼きせんべいっぽい」
「柔らかいとこも美味しいです。これって、しばらく時間が経ったら硬くなるんです?」
「たぶん? 材料が違うからどうなるか分からないけど」
「いくつか取っておきましょう」
「そりゃもちろん。ぬれ煎餅っぽいとこと、カリカリのところ両方で」
この島ではクラゲ焼きと呼ばれるこの食べ物、お菓子というより保存食に近く、大人の男性の手のひらサイズとそこそこ大きい。
作り方は餅に似ていて、蒸した穀物を練って叩き、ある程度粘度が出たら形を整えて焼くのだそうだ。
実はビニルもどきができたのも、クラゲ焼きを作る工程を子供たちが真似ていた時に見つけたらしい。遊びが発明の元になるとは夢がある。でもネペンテス溶液で遊ぶのはやんちゃすぎる気がする。ちょっとばかり大人たちの苦労が透けて見える。
イーズはクラゲ焼きを半分だけ食べ、「夕食のためにお腹のスペースを開けておかないと」と言って残りはマジックバッグにしまう。
「せーいやっせ! せーいやっせ!」
日が傾き始めてそろそろ作業も終盤。ちらちらと村人から「おい、まだか? まだやるのか?」という視線が遠慮なくビシバシと飛んでくる。
体に穴が開く前に、イーズはすっと一歩引いてハルの後ろに隠れる。
すべての元凶はハルなのだから、ハルが受け止めるべきなのだ。とても頼もしい壁、もとい、背中である。
「ハルさーん、生地の薄さ、見てもらえますかー!?」
「はいはーい、今行く!」
チェズに呼ばれ、ささっと歩き出したハルに慌てて続く。
実用的筋肉モリモリマッチョマンに囲まれて、ハルは出来上がった透明なビニールもどきを検分する。
プラスチックラップとまではいかないが、スーパーのレジ袋並みの薄さ。引き延ばす途中に切れてしまうかと思ったが、しっかりと均一になっている。耐久性はそれこそビニール並みといえよう。
「おお、すごい。手作業でここまでできるとは思ってなかった」
「私たちもこれほど強度があるとは思っていませんでした。何かに使えるでしょうか?」
「そうだなぁ。防水の効果があるなら、船に積む資材を保護する覆いとして使える。あ、その場合はここまで薄くなくっていいけど。えーっと、この薄さだともっと小さい物かな」
作ることに目的を置いていたせいで、使用用途を考えていなかったと焦るハル。
じっとりとした視線がマッチョメンズから送られ、顔をひきつらせた。
確かに、現代日本ではビニル袋は必須だけど、なくて当たり前の場所ではどんなことに使えるのだろうか。
「食料を入れるビニル袋みたいなのとか、あとは雨具にも使えるんじゃないでしょうか?」
ハルの助けに入ろうと、周囲の高くて厚い肉壁にちょっと怖気づきながらイーズは発言する。微妙にマッチョメンの眼差しが柔らかくなった理由は考えないでおく。
助かったとハルが高速で顔を上下させるのに呆れつつ、イーズは透明なビニルもどきに手を伸ばし、指でこすり合わせる。耐久性はこれから検証みたいだけどしっかりしていそうだ。
と、そこまで考えて顔を上げる。
「ハル、薄くするんじゃなくって、逆に分厚いビニール素材を使って、作って欲しいものがあります」
「え? 厚いビニール?」
「そうです。ちょっと、昔から憧れてたものがあって」
今ならば、ちょっとわがままを言っても許されるかもしれない。
ハルほどの水魔法使いであれば、多少無茶してもなんとかできる気がする。
ハルの耳にそっと口を寄せ欲しいものの名前を告げれば、ハルは目を大きく広げ、深く頷いてみせた。
「ケキョ?」
「ミョ?」
「あ、ちょっと待って。まだ乗るなよ」
「サト、アモ、もうちょっとだからね。ほら、こっち」
宿泊用に借りた部屋で床を占領している物体を見て、イーズのマジックバッグから出されたマンドラゴラ二体が首を傾げる。正確にはくびれはないので、体と葉っぱ全体を大きく傾けているだけだが。
同じようなポーズを取るサトとアモへと指先を伸ばし、順番に回復魔法をかけてあげながらイーズはハルの手元を覗き込んだ。
「どうでしょう。魔法で中に水は入れれそうです?」
「一応、さっき風魔法で空気を入れてみた感じでは穴はないから、水を入れても大丈夫だと思う」
「寝てる間に水漏れしたら最悪ですもんね」
「ウオーターベッドで一番怖いのはそれだな」
そう言って、ハルは手のひらを床に広げた透明なビニールに押し当てる。
それからふうううっと深く息を吸い込み、慎重に厚手のビニールで作られた袋の中に水を発生させた。
「おお」
「ケキョ」
「ミ」
相変わらず無詠唱で始まるハルの魔法。
透明な膜の向こうに水がたまり始め、イーズたちは揃って声を上げる。
その間にも、ウォーターベッドの底に当たる面に二センチほどの水が張られる。ハルは数秒待って異常がないことを確かめ、先ほどまでよりも勢いよく水を作り出していく。
「硬さはどれくらい? 底は氷にしたら土台がしっかりするかな?」
「冷え冷えのベッド、気持ちよさそうですね」
「寝苦しい夜にはいいかも。これで成功したら、ハリスとルイーズにも作ってやろうかな」
「いいですね」
体温の高い子供二人に挟まれると暑すぎると、フィーダがデレとデレとデレと自慢をデレを顔ににじませてぼやいていた。
ひんやりベッドが出来たらちょっとショボンっとするかもしれない。でもきっと同じベッドで寝やすくなったと今度は完全にデレた顔で言うのだろう。幸せそうで何よりである。
「これで九割手前くらい。ちょっと乗って硬さを確かめてみて。んで、耐久性もみたい」
「はーい。じゃ、まず私から」
手をベッドに当てると、ひんやりモッチリぷっくりした反発が返ってくる。
イーズはぽよんぽよん揺れるベッドの上に、慎重に体重をゆっくりかけた――その時、興味津々で二人の作業を見ていたマンドラゴラたちが動き出す。
「ケッキョ~~!」
「ピッミョ!」
高らかな声を上げ、短い足でウォーターベッドの上へと駆け上がっていくサトとアモ。
素早い動きに追いつけず、二体を止めようとしたイーズの腕が見事に空ぶる。
「あ、こ、ら、うわっ!」
「あ!」
擬音語で表すとしたら、ぽい~ん、ぽよ~ん、ぱよ~ん。
ウォーターベッドの反発で跳ね上がった二体のマンドラゴラ。
追ってベッドの上にダイブしたイーズも同様に転がる。
そして浮かんだ体は重力にしたがって、再びウォーターベッドの上に落ちた。
ぽよんぽよん、ゆらんゆらんと二体と一人がいつまでも揺れる。
「キョキョキョキョ~」
「ピッミョ~」
「うわぉおおおお、揺れ、揺れるぅ」
不規則に揺れるベッド。
体勢を整えようと奮闘するイーズに構うことなく、マンドラゴラたちは楽し気な声を上げる。
「おい、こら。勝手に遊ぶなって。一旦おりなさい」
「キョ~」
「ミョ~」
仕方がないなと笑いつつ、しっかりと注意をしてハルはマンドラゴラたちを両脇に抱える。
サトとアモはピシパシとハルの腕を叩き、もっと遊ばせろと不満げな声を上げた。
一方、揺れがおさまりつつあるベッドにしがみつき、イーズは率直な感想を口にする。
「うわぉ~、これは慣れない間は酔いそうです」
「慣れるまではもうちょっと水をしっかり入れるか、氷の部分を大きくして安定させるかしたほうがいいかもね」
「そうですね。このまま乗っててもいいです?」
「うん。大丈夫」
頷いてハルはマンドラゴラたちをイーズに手渡し、ベッドの中に水を足し始めた。
徐々に安定性が増していくベッドを、イーズは寝返りを打って感覚を確かめる。イーズが転がるたびに、腕の中のサトとアモから甲高い笑い声が上がって賑やかだ。
自然と二人の口元にも笑みが浮かぶ。
「それで、ビニールの使い道、他に何か浮かびそうです?」
「……考え中。安易に広めて変なゴミになって残っても嫌だし。ただ、原料が完全に植物由来だから数年すれば分解されるかとも思ってる」
「鑑定ではそのあたりまでの情報は出ないんです?」
「さすがにない。よし、これでいい?」
パンパンになるまで水を詰め、ハルは顔を上げる。
イーズはぽよんぽよんっと体に反動をつけてベッドの反発を確かめ、大満足で親指を上げた。
「ウォーターベッド、最高です」
「良かった良かった。あとはこのベッドがどれだけ耐久性あるかを確認するくらいかな。耐荷重以外にも経年劣化は数年は検証しないと」
「耐荷重……あ、ハルも乗ってみます?」
「……は?」
イーズの言葉に、ハルが氷のようにカチリと固まる。
そしてその反応に、今度はイーズの表情が固まった。
一瞬の沈黙の後、二人の顔が一気に赤く染まる。
遠くから波の音が聞こえるほど、部屋の中に水を打ったような静けさが広がる。
ゴクリと喉を鳴らしたのはどっちだったのか――それを知る前に、静寂が破られた。
「ケ!」
「ミ!」
「ええええっと、ね、寝ましょうか!」
「そ、そうだね。うん、そう。そうしよう。今日は疲れたし! うん!」
慌てた二人の不自然なほどに大きな声が、部屋の中に響く。
不安定なベッドから勢いよく降りたイーズの足がもつれる。
たたらを踏んで飛び込んだのは、目の前にあったハルの胸元で。
咄嗟に距離を取ろうとしたイーズの体が、長い腕の中に捕らわれる。
氷と水のベッドで冷えた肌が、一気に熱を持っていく。
触れ合った肌の熱が溶けあうように、二人の唇が重なった。
翌日、ウォーターベッドの耐荷重試験は、筋肉モリモリマッチョメンズによって問題なく実施されたという。
暑いね!九月でもまだまだ暑いね!書いてて顔が真っ赤になったよ!暑いよ!
ということで、ビニールもどきはイーズが欲しかったウォーターベッドとなりました。
ちなみに本物のウォーターベッドの中には水だけでなく、姿勢や安定性を保つためのコイルやフレームが入っているようです。
お値段40万~120万なのに本体寿命10年という富裕層向けの家具。イーズちゃん、お高いものをねだりましたなぁ。(現代知識は中学二年でおわってるから、本人は知らない)





