1-3. 久々に聞いた
案の定、港の騒ぎを聞きつけてきた商会の人と合流し、商人ギルドに一緒に向かう。
「勇者様が、親父んとこの船に乗るなんて最初絶対詐欺だと思ったんすよ~」
そばかすが散った顔全体を綻ばせて、ひょろりとした青年が快活に笑う。二十五歳になったイーズとそんなに変わらない年齢に見える。
そんな彼が務めるのは、あまり人気のない小島ばかりをめぐる小さな商会。船も立派ではないし、従業員も少ない。唯一の誇りといえば、途中の島で採れる希少な石くらい。だがそれも希少というだけで、生憎高値はつかない。
「親父も信じてなかったんすけどね。他の商会がひっきりなしに来て『勇者様を乗せるんだってな!』って言うから、やっと信じられたくらいで」
会った瞬間から興奮と共にしゃべり続ける青年。
まだ彼の名前も知らないけど、わざわざ止めて名前を聞くのも憚られる。
本当に必要ならハルが鑑定で教えてくれるだろうと、イーズは僅かに早歩きで背の高い二人の歩みについていく。
「それで、どうしてうちの商会を?」
興味津々で肩越しに尋ねてきた青年に、ハルは斜め下のイーズを見て歩幅を緩めた。
前に行き過ぎていた青年が一瞬足を止める。
「大きい島なら自分たちでも回れるし。でも小さい島だと突然行ったら不審者扱いされそうだから、すでに友好関係のある商会を選んだって感じ」
そう答えて、一呼吸おいてからハルはゆったりと足を踏み出す。さっきよりもだいぶイーズにとって歩きやすいペースになった。
イーズの小さな「ありがとう」の声に、ハルの目が柔らかく細められる。
青年は気が逸るのか、時折前に進み過ぎては二人が追いつくのを待ってを繰り返しながら大通りを進む。
「確かにそれは正解っすね。人がたくさん来るのを嫌がって、船着き場から中には入れてくれない島もあるんで」
「島の中も見せてくれないってこと?」
「ええ。ま、商売だけなら島の中に入らなくてもできるんで」
「なるほどな」
全部の島を見て回るのは難しそうだ。
だがそこまで外部との接触を限っているのはわずかな島で、ほとんどは親父の商会の関係者ならば島の中に入れてくれるだろうとのことだった。
船の中だけで旅が終わる事態は避けられそうで、イーズは安堵する。
「あそこが商人ギルドっす。きっと親父がそわそわして待ってますよ!」
青年が指さす先、商人ギルドの職員っぽい数名が立っている。
やはり、滅多に来ない勇者の歓迎を弱小商会のみに任せたりはできないのだろう。
海の荒くれどもと日々商売をしているとは思えないほど、穏やかな笑みを浮かべたギルド職員に歓迎され、ハルとイーズは商人ギルド建物内を進む。
職員を見た瞬間、「げっ」となぜか怯えた反応を見せた青年は今は最後尾で肩をすぼめてついて来ている。
どうやら職員さんが苦手なようだ。イーズには、とても完璧な笑顔をした美人なお姉さんにしか見えないのだが。
「こちらでプルーム商会長がお待ちです」
そうひと言告げ、職員が開けられたままの扉をノックする。すると奥からガタタッと慌てて誰かが立ち上がった音がした。
ブルーム商会長と呼ばれたその人だろう。
ハルに続いて、イーズは職員に小さくお辞儀をして部屋の中に入る。
直後、地の底を這うような低い声がイーズの後ろから聞こえた。
「――後で受付に来なさい」
「は、はいぃぃぃ!」
対照的な高い悲鳴に近い声が青年の口から飛び出る。
これは、青年が何かやらかしてしまったに違いない。本人にも自覚があるようだし、お手柔らかにしてあげてと、安全なところにいるイーズは勝手に願う。
「お待たせしました。ターキュア商会のハルです」
「同じく、ターキュア商会のイーズです」
部屋に入り、立ったままで二人を待っていた男性に向けて簡単な自己紹介をする。
ここで決して自分から「勇者」などとは言わないのは、ただハルが恥ずかしがるから。バレバレだけど、自分では勇者とは名乗りたくないのだそうだ。厨二は光を浴びたら溶けるのと同じ論法だろう。たぶん。
相手はそんなハルの自己紹介に一瞬ぽかんとして、それから日に焼けた深い皺の刻まれた顔を崩して笑った。
「プルーム商会のチェズと申します。有名な商会の方々に私の船に乗っていただけるとのことで、大変光栄です」
海の男らしい真っ黒な顔の中で、白い歯が光る。
もっと荒々しい感じの人が出てくるかと思えば、笑顔がとても人懐っこい。どちらかと言えば、愛嬌がある感じだ。
胸元に当てた手は顔と同じで真っ黒で、腕は逞しく太い。商会長と言われる立場でも、率先して船を操っていそう。まさに、海の男代表。
「親父、そんなまともな挨拶が……あでっ」
そんなぶっとい腕で脳天をぶん殴られた青年が苦悶の叫びを上げる。この感じからして、きっとあのギルド女性職員にも余計なことを言って呼び出されたに違いない。
雉も鳴かずば撃たれまい。ここにも余計な一言で痛みを負う者が……
「イーズ? どうした?」
「いえ、さっさと席に着きましょう」
立ち話をずっとしているのも変だと、イーズはハルの背中を両手でぐいぐいと押してソファへと急かす。
ハルは足をもつれさせて倒れこむようにドサリとソファに腰を下ろした。お尻の微妙な位置に衝撃が走り、小さく「いてて」と呻く。
その隣にイーズはふわりと優雅に腰掛ける。そしてにっこりと目の前のチェズに無邪気な笑みを向けた。
「普段は一週間ほどで五つほどの島を回られるとか?」
「ええ。取引のある三十近い島を一回で回るのは無理ですし、うちの小さな船にも多くは乗せられませんから。順番に一週間から十日で行ったり来たりしています」
「次の航海の目的地になる島はどんなところなんです?」
丁度今は前回の航海で仕入れた商品を売り、次の航海に向けて準備をしている最中と聞いている。
数日中には出発することになるが、三十の島のうち、どの島に行くかは天候や潮の流れ、商品の仕入れタイミングによって大きく変わる。
是非、興味が引かれる島が行先に入っているといい。美味しい肉になる魔獣がいるとか、美味しい魚が獲れるとか、美味しい野菜を育てているとか、美味しい果物がなっているとか、そのあたりの情報はいつでもウェルカムだ。
「そうお尋ねになると思いまして、こちらをお持ちしました」
そう言いながらチェズが足元に置いてある使い込まれた鞄を膝に乗せ、中から数枚の紙とツルリとした半透明の薄い布のようなものを取り出した。
何かどこかで見覚えがあるような素材。
じっと見ているイーズの隣で、ハルが「ほほう、ほう、ほう……」と変な野生動物のような声を上げる。どうやらハルの鑑定で視えた情報が脳内の厨二中枢を刺激したらしい。
「今回向かう島の一つで開発された素材になります」
「開発された素材ってことは、これを島で作ってるってことだよね?」
「ええ、その通りです」
キラキラとした眼差しでハルはその透明な素材とチェズを交互に見つめる。
そんなに興奮して見るものなのか、この素材。
イーズは顎に手を当ててむむむっとテロリとした素材を見つめる。やはり、これはどこかで見た覚えがある。異世界に来てからではない。日本で日常的に……そこまで考えて、イーズの頑固でがっちりと閉じられた記憶の蓋がギギギッと鈍い音を立てて開いた。
「……ビニールっぽい?」
ぽつりとこぼしたイーズの呟きに、ハルが勢いよく首をイーズの方へと曲げ、両目を大きく開く。
「え? 今気づいたの?」
「ええ、今気づきました」
ほぼ似た音で紡がれる二人のセリフ。
向かいに座ったチェズが目尻の皺を深くして笑う。それから太い指でそっとその三十センチ四方ほどの素材を手に取り、ハルの前に差し出す。
ハルは嬉々として手を伸ばし、「おおー」と声を上げながらそれを天井に向けて透かしてみせた。
完全には透けていないけれど、ぼんやりと白い天井が素材の向こうに見える。海が近いからか木造ではないようだと、ハルの肩に体を寄せて一緒に上を見上げながらイーズは全く関係ない感想を抱く。
「お二人はこの素材をご存じなんですか?」
「全く一緒じゃないけど、元の世界でよく使われている素材に似ているかな」
「勇者様のというとチキュウの素材ですか」
ぱちりと大きく開いた両目を瞬かせ、チェズは顎のラインを縁取る短く手入れされた髭を指先でザリッと擦る。
それから僅かな逡巡のあと、ぐっと唇に力を入れてハルをまっすぐ見つめた。
「よろしければ、どんな用途で使われているかお聞きしても? 開発されたのですが商品化するのはまだまだこれからでして」
「もちろん。俺もどんな風に作ってるのか知りたいし」
素材開発に興味津々なハル。
日本でも食品関係だったがバイヤーとして様々な新商品に触れていたからだろうか。新たな商品の可能性に期待をしているようだ。
だが、チェズの返答にハルはピシリと氷漬けにされたかのように固まった。
「これはですね、島に生えている葦のような植物を、ネペンテスの溶液に漬け込んで作るんですよ。まあそれ以外にも色々行程はあるんですがね。ぜひ島で見学していってください」
真っ黒な顔で白い歯を光らせ、輝かしい笑顔を浮かべるチェズ。
だがイーズは目からハイライトを消し、虚ろな表情で肩を落とす。
「ネ、ネペンテス……」
「見学は……遠慮したいかも……」
突如テンションを落とした勇者二人に、小さな商会の会長は戸惑ったように顔を曇らせたのだった。
ネペンテス:食虫花のウツボカズラのこと。ファンタジーものでは服を溶かす植物として出てくる。逃亡賢者では服だけじゃなくて皮膚も溶かす危険な魔植物。イーズのトラウマ。「第60話 3-1. 苦手は苦手」に登場。





