1-2. 旅の目的地
「ハネムーンって言ったら南の島でしょ!」
そんなあほな発言をしたのは誰だったか。
いや、分かり切っている。生涯厨二病一筋の誓いを立てたあの人しかいない。
「ん? なんか変なこと考えてる?」
「いえ。それで、ボンガファまでは水龍のアズリュシェドに送ってもらって、そこから先は陸と船ですか?」
「そうそう。腐海の陸路が開通するまでは複数の島を経由する海路がメインだったでしょ。島でしか手に入らない物とかもあるらしくって、陸路の安全性が分かっても船が出る頻度は変わってないんだって」
数百年もの長い間、アドガン共和国とラズルシード王国の国境は魔獣が跋扈する腐海がまたがっていた。そのため、二国間の国交や貿易は海路のみだった。
それが腐海の影響範囲が狭まり、陸路が開通したのが五年以上前。海路はその後も廃れることなく使われている。かえって、以前は船に乗せられる積荷が限られていて運べなかった商品が流通するようになり、南部にある数百の島々との取引は活発になっているんだとか。
「船が通る島を全部回るでもよし。気にいった島でまったりするでもよし。タスクもゴールもノルマも期限もない自由な時間を!」
つまり、何も目的を持たない旅をするのが目的、というわけか。それは良い。とても良い響きだ。
「アドガンの南部の島は何が有名だったか……」
ザリザリと一日の終わりに伸びた髭をこすりながら呟くフィーダ。南部の商会との取引を思い出そうと空中に視線を走らせる。
「薬草とか木で染料を作ってる島がなかったかしら?」
「このあたりに、五級ダンジョンがある島もあったはずだ」
「どの島経由の船に乗るかでも変わりそうだなぁ」
いつの間にかテーブルの上に広げられた紙の地図。
アドガン共和国には大小数百の島がある。独自の文化や習慣が残っている場所が多く、一部入ってはいけない地域もあるのだとか。
そんな話、たしか黒の森に渡る前にも色々聞かされたような。
イーズは懐かしい記憶を手繰りながら地図を見下ろす。
島と島を繋ぐ線が何通りも引かれている。どうやらこれが島々を渡る商会の船ルートのようだ。
本当に、いつから新婚旅行をたくらみ始めていたのか。
口元を緩ませつつチロンッと送られたイーズの視線を躱し、ハルはペンをくるりと指の上で回す。
「詳しいことは港や船で聞き込みするよ。とりあえず、期間は……二週間くらい?」
掲げられたピースサイン。立てられた二本の指が変な動きをする前に、イーズはそこから視線を逸らしてフィーダへと向ける。
キラキラと期待のこもったハルとイーズの眼差しに、フィーダは喉奥でくっと笑った。
「お前たちの旅だ。好きにしてこい。危険があってもなんとかするんだろうが、無理はするな。それから船や島の奴らに迷惑をかけるなよ」
「分かりました。しっかり私がハルを監視しておきます」
「え? フィーダが言ってるのは俺じゃないでしょ。イーズでしょ」
「二人ともだ」
フィーダの返しに、ガクッと同時に肩を落とすハルとイーズ。
メラはくすくすと軽やかに笑って肩を揺らす。
「んで、出発はいつだ?」
そう言いつつ、フィーダは立ち上がってメラの腕の中で熟睡中のルイーズを抱き上げる。
話に夢中になっていたらもう寝なくてはいけない時間だ。
サトとアモにお気に入りの絵本を読み聞かせていたハリスも随分前から船を漕いでいる。随分と揺れの激しい船だ。新婚旅行で乗る船はあんなに揺れないといいけど。
「んー、明日午前のうちに領主舘と各ギルドに連絡したら、明後日には出られるかな。イーズは?」
「出発前に簡単に家の周囲のパトロールはしておきたいです」
この家は以前は腐海の影響下にあった森に程近い。
水龍が家のそばを流れるフェラケタニヘル大河、通称フェラケタに住んでいるため、家の近くに魔獣が出ることはない。それでも大切な場所の安全は確認してから旅に出たい。
「ん、じゃ、やっぱ明後日が良さそう」
「分かった」
「明日はご馳走にしましょうね」
「メラのご飯はいつもご馳走です」
イーズの言葉にメラはふわりと微笑む。
よっこいしょと言ってハルがハリスを抱き上げる。「おー、重い重い」と笑う顔は優しい。
温かい場所だ。温かな家族と幸せな場所。
「おいで」
「キョ」
「ミ」
イーズもマンドラゴラ二体を抱き上げて、立ち上がる。
魔道具の光を落としたリビングを見まわし、イーズは柔らかな笑みを浮かべて「おやすみなさい」と呟いた。
フェラケタニヘル大河はその名のとおりに川幅がとてつもなく広く、対岸が見えることはない。
それでも海とは違う。
ボンガファ南にある山をまわりこみ、海に出た途端に感じる潮風を浴びながらイーズは深く息を吸い込んだ。
海の香りだ。
『島ならば吾が連れて行けるのだが。あんなちっぽけな船では心許ないのではないか』
「何、アズちゃん、そんなに一緒にいたいわけ〜?」
『ち、違うわ!』
「小さな島の間は浅瀬が多いところもあるから、アズだと入っていけないよ」
『む、そうか。それでは仕方がないな』
ツンデレ龍が徐々にスピードを落としながら港へと近づいていく。
あらかじめ港に龍で行くと伝えておいたせいか、龍が港に体を寄せられる場所を開けておいてくれたようだ。
「綺麗な赤い布があったら買ってくるから、楽しみにしておいて」
『ふん、罰を楽しみにするやつがおるか』
ハルとイーズを腐海に誘拐した罰として龍の鬣に結ばれた赤い布。ツンデレ龍はこう言っているが、どこかに引っ掛けてしまったり、嵐で水が濁った後などは自分からメンテナンスにやってくる。ツンツンデレデレすぎるだろう。
「じゃ、行ってくるから。またな」
「行って来ますね!」
龍の背から波止場に飛び移る。
振り返って手を振る時にはすでに水龍は岸から離れ始めていた。
「行っちゃった」
「寂しがり屋だからなぁ」
自分を馬がわりに使うなと言いながらここまで送り届けてくれたアズリュシェド。遠ざかっていく青銀の体に向けて二人は手を振る。
その時、水龍が大きく体をくねらせた。
水面から飛び出した両翼が広がり、まるで大輪の打ち上げ花火のように飛沫が空を舞う。
キラキラと南の空に広がって煌めく色は、虹のよう。
「おおおおおおおおお!!!」
港に集まった群衆が歓声を上げる。
ハルとイーズは顔を見合わせ、同時にぶはっと吹き出した。
ツンデレ水龍のデレが最後に出た。
なんだかんだで甘いのだ、アズリュシェドは。
「さ、行こっか」
「はーい」
まだまだ注目が集まっている中、ハルとイーズは桟橋から堤防に上がって目的の場所へと足を進める。
商業ギルドで相手と待ち合わせなのだが、もしかしたら港での騒ぎを聞いて出てきているかもしれない。
「会うのは商人さんです?」
「うん。ちょっとマイナーな島を回るルートを持ってるとこにした。定期便を出している商会とか、人が多い島だけ回るところより面白そうかなと思って」
「なるほど。髪色は島に渡る時には変えた方がいいでしょうか?」
「そこは相手に聞いてみよう。目立たないのは確かにいい気がするし」
本土ではほぼハルとイーズの存在は知られているし、水龍で移動している時点で耳目は避けられない。
でもマイナーで人の出入りが限られている島に行く時には、目立つ髪色は茶色にしてしまうのがいいだろう。
あとは目立たない行動を誰かさんが心がければいいだけの話だ。
「んん?」
キョロキョロと顔を動かして何かを探すハルの顔を斜め下から見上げつつ、イーズはしっかりと舵取りをしようと気合を入れなおした。
次回更新は金曜日朝10時になります!





