第22話 ユニコーン・タナカ
「いやぁ何年ぶりのお客さんやろ! 何もないとこやけどゆっくりしてって! あ、好きなとこ座ってな!」
「……ど、どうも」
好きな所に座れと言われても、どこもかしこも野原だ。どこでも変わらない気がする。
そう思ったナトリはとりあえずその場に座った。それを確認したユニコーンも、ナトリの近くに寝転ぶ。
「なーなー、名前なんていうん? どんな用事でここ来たん?」
大きな頭部をぐりぐりとナトリに押しつける。痛みはないため、力加減をしてくれているのだろう。
……え、もっと気難しい感じだと思ってたのに、ユニコーンってこんなに人懐っこいものなの?
だいぶ面食らいながらも、回答を待つユニコーンにナトリは答える。
「えっと、わたしはナトリ・グレイといいます。ここ来た理由は――」
「ノンッ‼ ちょっと待ちぃ‼」
「は、はい!」
思わず背筋を伸ばしてしまうと、ユニコーンは瞳をきらきらさせて言う。
「敬語なんて堅苦しいのはなしにしよか! ちゅうわけでワンモア!」
何なのだろう、このノリは。
「……わたしはナトリ・グレイ。ここに来た理由は、あなたの角をもらいたくて来たんだ」
「…………わいの角ぉ?」
一瞬にして空気が変わる。まずい、やはり素直に言いすぎるのはよくなかったか。
その思いとは反対に、ユニコーンは大して気にした様子もなく続けた。
「角やったらなんぼでもあげちゃう! これ五百年くらいで生え変わるさかいに別に惜しくないしな! ほら見て、生え変わったやつあそこに飾っとんの!」
言われた方に顔を向けると、たしかに四本ほどきれいに並んでいる。
……乳歯抜けた時のおばあちゃんか⁉
思わず心の中でツッコんでしまった。どうしよう、想像と全く違う。
「何本ほしいん?」
「い、一本でいいの! 十分足りるから!」
「おっけー、ほい」
ユニコーンは立ち上がると、ぽいっと抜けた角を放り投げて来る。胸に抱え込むようにしてどうにか受け取った。
……どうしよう、開始数分で任務達成しちゃったよ。
「もうこれで用事ないん?」
「――え⁉ ……うん、そうだね。あなたの角が目的だったから、これで用事は終わりかな」
「……く、くっく!」
そう伝えた瞬間、独特な音を出してユニコーンが笑い始める。
「待っとったでぇ、この時を……! なぁあんた、まさかタダでもらえるとは思ってへんよなぁ!」
身体全体を揺らして笑うユニコーンのまとう雰囲気が変わる。
これはまずい……!
そう思ってナトリが立ち上がった時、彼女の頬すれすれに何かが猛スピードで落ちてきた。驚きのあまり声が出ない。
視線だけで落下物を確認すると、
「………………お酒?」
一升瓶、ワインボトル、はたまた樽まで。ナトリの周りは酒で埋め尽くされていた。
恐怖よりも、何で? という疑問の方が大きい。思わず呆けてしまうが、ユニコーンは楽しそうに歯を見せて声高に言った。
「ここはわいの領域やで! なんでもかんでも思いのままや! ちゅうわけで――」
ずい、と近づいたユニコーンは悪そうな笑みを浮かべる。
「――酔っ払ったあとの本気のコイバナ、いってみよか」
◇◇◇◇◇
「――あぁ! ころおさけおいしぃ! うにこぉん、ついかでちょおらい!」
「おっけー、ほい! 追加の酒やで」
「ありあと、うにこぉん……ん、うにこぉんって呼びづらい、うにこぉん、なまえは?」
「わい? わいはねー、うにこぉんのぉ、タナカいうんよ」
「タナカァ? いいなまえじゃん! そんじゃタナカ、もおいっぱい焼酎ついかで!」
説明など必要ない。それほどにナトリは酔っていた。
ぼってりと重そうな瞼、紅潮した頬、回らない呂律。もう一度言おう、それはもう、べろんべろんに酔っていたのだ。
「なぁなぁナトリ、もうぼちぼちコイバナしよ!」
「あぁん? コイバナァ?」
ナトリは意味もなく周りを見渡す。視界に入るのは、空になった酒瓶、酒瓶、酒瓶だった。もう酒瓶しかなかった。
ぼりぼりと無造作に頭を掻く。そして酒臭い空気を吸い込むと、
「………………いいよ‼ やろう‼」
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」
超特大声量でコイバナの開始を許可し、両方の手でサムズアップしたのだった。
空の酒瓶を背もたれにふんぞり返り、ナトリは言う。
「なにから聞きたいぃ? なんでも言って!」
「えー? じゃあまずぅ、ナトリに好きな人はいますか?」
「――いまぁぁぁす!」
「ひゃあぁぁぁ‼ じゃあ次は、その人のどこが好きですか?」
「――生き方と考え方! あとこれはだれにも言ったことないけどぉ……声! 声好きぃ! 優しいのに芯があるっていうのかなぁ? 特徴的なわけでもないんだけど、頭から離れなくて好きぃ!」
「めっちゃ好きやん!」
「めっちゃ好きぃ!」
げらげらとナトリとタナカは爆笑しながら話を続ける。こんなのコイバナではない、おっさんがくだ巻いてるだけだ。
「あぁ、でも、帰ったらぜぇったい嫌われてるからやだ!」
「えなんで? ここ来る前なんかあったん?」
ナトリは眉根を寄せて、絞り出すように答える。
「……ないしょでここ来た」
「そらあかんよぉ!」
「だってしょうがないじゃん! 言ったらぜったいわたしの味方になってくれようとするじゃん! ダンジョンなんか行かなくていいって、行くとしたら僕も行くって、ぜったい言うじゃん……それがわかってるのに言えるわけない……」
しょんぼりと俯いてしまったナトリの膝の上に、タナカの大きい頭部が乗る。重かったが、慰めてくれている気がして、その頭を撫でた。タナカは気持ちよさそうに目を閉じる。
「なぁナトリ」
「ん?」
「ここから出たら、ちゃぁんと好きって言わなあかんよ」
「なんで?」
「なんでも。ユニコーン大先輩の言うことなんやから素直に聞いとき」
「……でも、五つも下の男の子だよ?」
「わいは二十離れた歳の夫婦見たことあるで」
「……わたし、ギャンブラー聖女って前科ありで追放されてるんだよ?」
「中々に濃ゆい経歴やけど、それ相手知っとるんやろ?」
「うん」
「なら問題ないな」
「……でも、あの人の気持ちに気づいてたのに、見ないフリしてたよ?」
「その分の埋め合わせするくらいの気持ちで好きを伝えたらええ」
コインのような瞳が不安で揺れる。
「……まだ、間に合うかなぁ?」
「どうやろうなぁ。でも、ナトリがなんか言ったら味方になってくれるような男なんやろ? なら大丈夫とちゃうかなぁ」
ある一点を眺めているナトリに、タナカは続ける。
「間に合うとええな」
「……うん」
沈黙。
「……その男となにするんが好き?」
「なにするってどうゆうこと?」
「なんかあるやん、一緒に散歩すんのが好きーとか」
「あー、そういうのね」
ナトリは考え込む仕草を見せる。しかしすぐに思い当たった様子だ。
「――あの人と一緒に、昇ってきた太陽を見ながらたわいもない話をするのが好き」
「おん」
「――あの人が料理しているのを隣で見ているのが好き」
「ほぉん」
「――あの人と一緒に、ご飯を食べるのが好き」
「なるほどなぁ」
「あと――」
「まだあるんか?」
「うん」
へにゃり、と困ったようにナトリは笑う。
「――ご飯を美味しいと思った時に感じる幸せの中に、必ずあの人がいてくれることが、たまらなく嬉しい」
「……べた惚れやんけ」
「本当にね、これでまだ引き返せると思ってたんだから笑えるよね」
もう引き返せないところまできてしまった。
ずっと前から認めるしかなかったのに、ここまでずるずると伸びてしまった。
はやく、はやくあの人に――
「ナトリ」
「なに?」
「帰りたい?」
「――うん、会いたい」
酔いもだいぶ冷めてきた。そろそろ、ちゃんと向かい合わなきゃ。
もらった角を抱きしめる。これを持って帰ったら、彼は褒めてくれるだろうか。それとも、危険なことをするなと怒るだろうか。
きっと、どっちに転んでもわたしは喜ぶだろうな。
「なぁナトリ、このダンジョンに来たんってナトリだけ?」
「ううん、バンリさんっていう美女も一緒」
「あー、この黒髪美女やな。おっけー、記憶したで」
記憶? どういういことだ?
ナトリの怪訝そうな顔を見たタナカは言う。
「なんでもはできんけど大半のことならできるんよ、わいは。せやから、今すぐナトリの好きな男んとこに飛ばしたる。もちろん美女も一緒に帰したるよ」
「……そ、そんなことできるの⁉」
「言うたやろ? ユニコーン大先輩の言うことは素直に聞くべきやで」
く、くっく、という独特な笑い方をすると、タナカはナトリに言った。
「変なとこ飛ばされたくなかったら、ちゃあんと好きな男のこと思い浮かべや!」
「わかった……!」
黒鳶色の髪、大きなつり目、朝焼け色の瞳、縦型の瞳孔、色違いの医療用ウェア、長い指、尖った耳、きれいなおでこ、少しかさついてる手、撫でさすりたくなる尾、十代特有の華奢さ、あとは、あとは……
「……ナトリ。そこまで相手のこと見とるとか、自分――ド変態やな」
「考えてることまでわかるなら先に言ってよ恥ずかしいな‼」
ナトリの周りに光が集まる。それを確認し、タナカはゆっくりと距離を取った。
「めっちゃ楽しいコイバナをありがとお! 暇があったらまた来てな!」
「あ、わたしこそ、話、聞いてくれてありがとう! あと角も! 本当にありがとう!」
歯茎をむきっと出してタナカは笑う。
「あ、最後になるんやけど――」
ふと思い出したように呟く。
「わいの角、甘酒に溶かすと美味いで!」
「え、甘酒? 甘酒ってな――」
――しゅん‼
話の途中で、ナトリは消えた。
さようなら、でもなく、言い切ったわけでもなく、言葉の途中。そう理解すると、笑いがこみ上げてくる。
「く、くっく、最後までしまれへん女やなぁナトリ」
◇◇◇◇◇
臓器が浮遊する感覚。
眩暈。
脳がぐるんぐるん回っている。
ゆ、ユニコーンの「飛ばしたる」、恐るべし……!
「――うぁッ⁉」
「うわッ⁉」
何かの上に落ちた感覚がした。早く状況を確認したいのに、眩暈のせいで焦点が合わない。
なんか、知ってる匂いがする……。
そんなことを思っていると、
「……な、ナトリさん?」
大好きな声が下から聞こえた。
声の方に顔を向けると、ぼやけていても分かるほど近くにズゥシャンの顔がある。体制的には、ナトリがズゥシャンの上に乗っている状態だ。
周りを見渡す。右には、驚いて尻もちをついている医師たち。左には、ナトリ同様にエルサンドロの上に落ちた様子のバンリ。
……ここ、王都医療機関?
再度、顔を真正面に戻す。きれいな額、大きなつり目、朝焼け色の瞳、縦型の瞳孔。間違いない、ズゥシャンだ。
「――え、あ、」
何から言えばいい。タナカには好きと伝えろと言われた。しかしまずは持ち帰った角のことを言うべきでは? それともただいまが先か? いや、内緒でダンジョンに言った謝罪を――
「――あ、」
「……あ?」
彼はナトリの言葉を待ってくれている。
……うわ、優しい。どうしよ、好き……!
「――甘酒‼」
そう叫んだ瞬間、ナトリの鼻から血が噴き出た。白目を剥いてぐらり、と身体が傾く。
戦闘訓練など一度もしたことがない彼女が、ユニコーンの転移を真正面から受け、その前には大量に酒を飲んでいたのだ。鼻の毛細血管は破裂し、自律神経は乱れに乱れていた。
彼女が倒れた理由――それは重度の魔力酔いだった。




