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第21話 ユニコーン攻略

 ダンジョン――森や山、海など不規則な場所にあり、製造方法や成り立ちは一切不明。地下に向けて入口があるのにも関わらず、中に入れば空間の歪みによって空や川が存在している。別名「迷宮」と呼ばれる通り、奥深くまで進むと迷って出てこられなくなるという。


 書類に記載されているダンジョンの説明を読み、ナトリはため息をついた。

 ……聖女試験の範囲になってる説明とまんま同じ文じゃん! 新情報はないんかい!

 ちらり、と視線を下に向ける。そこには、大きく口を開いて挑戦者を待つダンジョンの姿があった。


「ナトリ、準備ができたなら入ろう」


 ナトリに声をかけた者の名はバンリといった。騎士よりも上の階級である聖騎士の称号を持つ美しい人間(ヒューマン)の女性だ。切れ長の目に、艶やかな長い黒髪、身の丈に合わないほどの大刀も彼女の魅力を引き出している。鎧はつけておらず、身軽そうな麻の服を重ね着しており、騎士よりも極東の剣士と言ったほうが似合うように感じた。

 彼女が大司教から紹介されたナトリの護衛だ。なぜか大司教は不満そうな顔をしていたが、ナトリ自身、護衛が彼女でよかったと思っていた。如何せん口数が少ないのだ。正直、今は楽しくお話できるような精神状態ではないためありがたいったらありゃしない。


「……よし、行きましょう」




 ユニコーンが棲む領域は地下十階だと聞いている。

 数字だけ見ればそこまで大変でもなさそうだが、そこに行き着くまでに他の魔物も多くいるのだから堪ったものじゃない。そう思っていた、バンリの腕前を見るまでは。


「――次」


 スライムがはじけ飛ぶ。


「――次」


 ゴーレムが粉々に砕かれる。


「――次」


 コカトリスが一刀両断される。


「…………お、お見事」

「ん? 何がだろうか?」


 バンリは大刀に付着した血を一凪で振るい落とす。その姿も勇ましく美しい。

 ば、爆速で地下九階に到達してしまった……!

 そう、彼女の後ろを歩いていたら、とてつもないほどスムーズに進んでいたのだ。自分は散歩に来たのだろうか、と勘違いしてしまうくらいには。

 思わず苦笑し、口を開く。


「バンリさんの腕前のことです。こんなにお強いなんて、すごいですね……」

「大したことじゃない。私は剣を振る才能があった、それだけだ」

「なるほど……」


 天才の言葉はよく分からない。彼女が美人だということしか分からない。

 そんなことを思っていると、バンリが一瞬だけ顔を歪める。


「……痛」

「え、大丈夫ですかバンリさん⁉」

「……大丈夫」


 このダンジョンではバンリが命綱なのだ、怪我を隠されていたら困る。慌てて彼女に駆け寄ると、


「……ほら、ただのあかぎれ」


 そう言って右手をナトリの方に見せた。中指の第二関節から血が滲み出ている。たしかに痛そうだ。しかし、彼女の職業的にももっと痛い怪我をしたことがあったのでは?

 そう思うと、じわじわと笑えてきてしまう。もしかしたらこの人、天然かもしれない。




「ここがダンジョンの地下十階だ」


 そう言われて見た先は、だだっ広い草原。それに尽きた。


「思ってたよりも普通、ですね」

「ああ、ここはユニコーンが統治する階だからな。血生臭い他の階とは違うだろう」


 さくさく、と歩を進める。そしてある一定のラインで、バンリが足を止めた。


「私が案内できるのはここまでだ。この先に行くとユニコーンいる……らしい」


 曖昧な言い方になってしまったのは、彼女自身ユニコーンを見たことがないからだろう。その素直さが好ましいと思った。

 バンリに向けて頭を下げる。


「ここまでありがとうございました、バンリさん。すっごく助かりました」

「お礼を言われるようなことじゃない。私は私の約束を果たしただけだ」


 約束? 何のことだろうか。しかし彼女にこれ以上話す気はなさそうだ。真一文字に口を閉ざしている。

 数秒の沈黙。先に口を開いたのは驚くことにバンリだった。


「ナトリ、今後の私の予定を伝えておく。あなたがユニコーンの領域に入ったことを確認した後、私はこの場所であなたが出てくるまで待っている」

「え⁉ ま、待っててくれるんですか⁉」

「当たり前だ。帰りだって通ってきた道を行くのだから、あなた一人だとすぐに死ぬだろう」


 てっきりここでお別れだと思っていた。予想外の朗報に口角が上がってしまう。


「よかった、ほっとしました……! 本当にありがとうございます」

「……今回もお礼を言われることじゃないが、どういたしまして。あと、いってらっしゃい」


 何気ない生活の、何気ない挨拶。それが嬉しい。

 再度彼女に会釈する。


「それじゃ、いってきます」



◇◇◇◇◇



「……なにも、言ってくれませんでした」

「言うような子じゃないってことくらいわかってたでしょ? しかも今回は君の薬膳師人生が人質みたいなもんだったんだからさ」

「だからと言って、もっと頼ってくれてもよかったのでは? ユニコーン攻略ですよ?」

「頼ってくれないから強引に頼らせるようなことしてアプローチしてるんじゃないのさ。昨日だってナっちゃんが大司教と話し終えたあたりから尾行してたんでしょ? 頼りがいのあるところがんばって見せたの?」

「……逆に励まされて終わりました」

「あー、ナっちゃんの包容力に負けちゃったわけだ」


 薬についての資料集を広げていたエルサンドロ。その隣でぼそぼそと言葉をこぼすズゥシャンの顔には悲痛さが滲んでいた。

 エルサンドロはズゥシャンの方に向き直る。


「結局、告白も聞いてもらえなかったんだっけ?」

「直前でストップかけられました」

「それで言うこと聞いちゃったのね……」

「……余裕がある風に見せたくて」

「うーん、思考回路がちゃんと思春期男子!」


 思わず苦笑してしまう。まさか真面目ちゃんな彼がここまで惚れこむとは思っていなかった。

 昨日のズゥシャンの行動を思い出す。ナトリが休んでいないという噂を聞くと、休憩に入った瞬間彼女を回収しに行ったこと。関係者に話をつけて、ユニコーン攻略に行った彼女の名前が出ないように細工したこと。ナトリの断髪を咎めるように見ていた騎士たちを牽制したこと。

 どれを取っても、中々重い恋心故の行動だ。

 ……いい子なんだけど、それと同時にちょっと重たい子に惚れられちゃったなぁナっちゃんは。

 そう考えるも、彼女もおそらくズゥシャンのことを好いているだろうから問題はないのか、と思い直す。


「まぁでも、今できることはほとんどやってるし、僕は十分だと思うけどね。使えるものは何でも使うその姿勢、僕は好きだよズっち」


 エルサンドロの言葉を聞きながら、ズゥシャンも新しい資料を取り出す。


「バンリさんを護衛に当ててくださったこと、本当にありがとうございます」

「ナっちゃんの話をしたら、ダーリンが自分で行くって言い始めたんだよ。だからお礼ならダーリンに言ってあげて、多分顔には出ないけど喜ぶから」


 ズゥシャンは頷く。

 騎士見習いの時に参加した大会で、彼女以上に強い人を見たことがなかった。そんな彼女が護衛をしてくれているのだ、自分と一緒にいる時よりも身の安全は保障されるだろう。

 僕も、彼女くらいの強さがあったらよかったのに……。

 そんなどうしようもないことを考えてしまって、その考えごと吹き飛ばすようぶんぶんと頭を振る。

 弱気になっている暇があるなら一つでも多く終わらせてみせろ。やらなくてはいけないことが目の前にたくさんあるだろう。

 そうだ――僕の、生き方や考え方を好きと言ってくれたあの人に恥じないために。



◇◇◇◇◇



 バンリと別れてから、数十分ほど歩いただろうか。

 景色は動いているのに、進んでいる感覚がしない。以前変わらず、ただの草原だ。


「……これ、本当にユニコーンなんているの?」


 思わずそう呟いた時だった。


「――いんで!」

「――え、うわッ⁉」


 ナトリを取り囲むような突風が起きる。まるで意思を持っているようなそんな動きだった。

 衝撃に驚き目をつむってしまったナトリは、ひゅう、という風の音が止まってから再度目を開ける。するとそこには、


「はっじめまして! お客さんなんて久しぶりやから歓迎するで!」


 普通の馬よりも二回りは大きい純白の身体と、同色の角を持った一角獣――ユニコーンがいた。

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