第18話 願いが叶う飴
きっかり三十分で起こされたナトリの脳は、ぼんやりしていたのが嘘のようにしゃっきりしていた。
「ありがとうございました……すごい、睡眠て大事だなってわかりました」
「それは何よりです」
二人は残った休憩時間で屋台を見て回る。もうすぐ祭りがあるため、王都医療機関付近の通りも賑わっていた。出店されているのは専ら棒付きの飴だ。
リンデンには「飴祭り」と称される祭りがある。昔は「飴」の部分が「雨」であり、所謂干ばつが続いた時代に行われる雨乞いの儀式だったといわれている。それが水の心配をしなくなった今でも続いており、「飴祭り」として国民が騒ぐだけの祭日になったのだ。
「色々な飴が売ってますね。ナトリさん、飴はお好きですか?」
「そうですねぇ、好きと言えば好きですね。でも、子供のころはすごく好きでした。それくらいしか甘いものが身近にありませんでしたし」
子供時代の飴にまつわる苦い記憶。大人になっても鮮明に思い出せる。
「わたしの育った所、商人すらたまにしか来なかったので、お菓子類は入荷後即完売の早い者勝ちだったんです。ただ、ある時その勝負に見事勝利しまして……」
ズゥシャンは静かに聞いている。
「そのまま食べればいいのに、何を思ったかわたしは『これを元手にもっと手に入れよう』って考えたんです」
「……強欲ですね」
「本当ですよ。……それで飴を持ってる大人にギャンブル吹っ掛けて、こてんぱんに負けて、運よく手に入れた飴も食べれなくなって。欲しがりすぎもよくないなってそこで学びました」
幼いころの自分はまるで通り魔だ。お菓子類を持っている人を見れば、ギャンブルを吹っ掛け奪っていく。無理強いなどしたことはないが、これが若気の至りというやつか。素行不良すぎて恥ずかしい。
話さなきゃよかった……!
自分からぺらぺら話し出したくせに、猛烈な後悔に襲われる。
きっと真面目なズゥシャンには、こんな子供時代存在しないだろう。
そう思っていると、隣を歩いていた彼は一言断りを入れて、近くの屋台へ向かう。そしてすぐにナトリの元へ戻ってきた。その手には棒付きの飴が三本握られている。
「お待たせしました」
「いえお気になさらず……と、急にどうしたんです?」
「……先ほどの話を聞いて、貴方に渡そうと思いまして」
「え、」
言葉通り、ズゥシャンは色とりどりの飴をナトリに差し出してくる。
「賭け事で増やそうとするくらいお好きなんでしょう?」
それは子供のころの話で、大人になった今はそこまでするほどではないのだが……と言おうとして口を噤む。言える雰囲気ではなかった。言いたくなかった。彼の善意を、あってもなくても然して変わらない部分に入れたくなかった――
「だったら――これからは賭けなんてせず、僕のところに来てください」
「……行ったら、くれるんですか?」
「ものにもよりますが……僕のできる範囲であれば、なんでもあげます」
――こんなにまっすぐな彼の想いを、大事に抱きしめて、宝物としてしまっておきたかった。
「……先生。そんなこと言ったら、いつか絶対悪い人に騙されますよ」
「貴方が悪い人でなければ問題ありませんね」
五つも年下の子が年上を甘やかすなんて十年早い、と思ってやり返したつもりが、倍の威力になって返される。どうやったって、頬が赤く染まってしまう。
「……飴、ありがとうございます。いただきます」
もうお礼を言うことくらいしか、ナトリの行動手札には残っていなかった。
「――聖女さま?」
すれ違いざま、橙色の髪を持った少女の可愛らしい声が誰かを呼んだ。兎人特有の長い耳をぴんと立て、集中しながら辺りを見渡す。
目当ての人物はすぐに見つかった。鼠色の断髪、金の瞳。間違いない、自分を助けてくれた聖女だ。いや、今はもう聖女資格を剥奪されたと聞いたから、その呼び名は不適切だろうか。まぁいい、まずは声をかけなければ。
子兎は駆けた。
「せ……ナトリさま!」
「――うわッ⁉」
勢い余って、子兎はナトリの腹部に突っ込んだ。急な衝撃によって彼女の身体がぐらつくが、ズゥシャンがどうにか支えてくれることで事なきを得る。
ナトリが橙色の弾丸に驚き己の腹部へ顔を向けると、ぴょこんとした兎耳が首元をくすぐった。
あれ? この子もしかして……。
バーのマスターに頭を下げていた光景が蘇る。あの兎人の少女だ。
「あ、あーッ! あの時のかわいい子!」
「はわぁ! 覚えていてくださって嬉しいですナトリさま!」
少女はぐりぐりと腹部に頭を押し付ける。その背を撫でてやっていると、ズゥシャンの状況を飲み込めていないような顔が目に入った。
そうだ。この子と会ったのは、先生に出会う前だもんね。
そう思い、簡単な時系列の説明をする。この少女が困っていたので手を貸したこと。そしてそこでギャンブルを披露し、見回りの騎士に見つかって資格剥奪にまでなったこと。ある程度の事情はズゥシャンも知っているためすぐに納得してくれる。すると、彼はかがんで少女に目線を合わせた。
「初めまして、僕はズゥシャン・リウと申します。ナトリさんと一緒に働いている者です。よろしくお願いします」
「わ、こちらこそよろしくお願いします。私はメイヤン・ナインリー、バーで楽器を弾いています」
挨拶を終えると、メイヤンは緊張が解けたように肩の力を抜いた。
「はぁぁ、よかった……! あの日連行されてすぐ追放されたって聞いたので、もうナトリさまには会えないかと思っていたんです。でも、お元気そうな姿を見れて安心しました……」
「そこまで心配してくれてありがとうございます。あ、でももう聖女じゃないので、さま付けは無しにしてもらえると……」
「いいえ、今でも私の聖女であることに変わりありません! 変えませんよこの呼び方は!」
「よ、よくわからない情熱を感じる……」
見た目の割に強情な子兎は、今のナトリを頭からつま先まで眺めて嬉しそうに笑う。
「ふふ。願いが叶う飴なんてなくても、思っていれば実現するものなんですね」
その言葉が、ナトリの耳にこびりつく。
「願いが叶う飴?」
「はい、最近若者の中で流行っているんです。どこの店かはわからないけど、願いが叶う飴を売ってるんですって。それを食べると、ふわふわした心地になって何でもできるようになるんだとか。まぁ、私はまだ食べたことないんですけど」
不意に、食中毒によって最初に運び込まれた少女のカルテを思い出す。
――酩酊状態。本人曰く、地に足が着いていなようなふわふわした心地とのこと。
まだ決まったわけではないが、直感があった。食中毒の原因は、願いが叶う飴ではないかと。もしそうなら、患者が若い年代でまとまっているのも納得だ。
ズゥシャンの方に顔を向けると、彼も同じことを考えていたのか小さく頷いてる。
「――メイヤンちゃん、ありがとうございます!」
「え、えぇ⁉ 急にどうされたんですか⁉」
「いえこっちの話なんですが、メイヤンちゃんのおかげで解決できるかもしれません!」
頭上にたくさんの疑問符を浮かべるメイヤンに頭を下げる。
こんな自分を今でも聖女と思ってくれている彼女のおかげで、一筋だけ光が見えた気がした。




