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第17話 原因不明の食中毒

 エルサンドロの新薬発表から二日後。ルツェルンへ向かう馬車を待っている最中に事は起きた。


「二人共お願い! 手を貸して!」


 そう叫んだエルサンドロに連れられ、ナトリとズゥシャンは王都医療機関に戻る羽目になった。そして、その一室で見た光景に言葉を失う。


「……な、んですか、これ」


 かろうじて出た言葉がそれだった。

 二人の視線の先。そこには――呻き、嘔吐し、倒れ、苦しむ、人々がいた。数はゆうに百を越える。比較的若い年代の者が多いが、種族と性別にまとまりはない。共通していることは、皆首に紫色の斑点が確認できることくらいだろうか。

 聖女も医師も駆けずり回っているが如何せん手が足りていない。吐瀉物が放置されていたり、助けを求める患者の元に駆けつけられていなかった。


「……エルサンドロ、説明を求めます。これは一体どういう状況ですか」


 驚愕の色に染まったズゥシャンから目を逸らし、エルサンドロは口を開く。


「……二日前、一人の女の子が王都医療機関に運び込まれた。嘔吐や発熱、腹痛に下痢など、症状は一般的な食中毒だったんだ。でも、どれだけ時間が経っても治らなくて、薬を服用しても効き目がない。そうこうしている内に同様の症状を訴える患者が急増。皆首元に紫の斑点が確認された。……わかってることは以上だよ」

「皆、同じ場所で食事を取ったりは?」

「していないそうだ」


 会話が途切れる。患者たちの苦しそうな声が鼓膜を震わし続けた。


「現状詳細もわかっていないけど、今はまず単純に手が足りてない。今日君たちがルツェルンに帰る予定だったのは知ってる。でも、助けてほしい」


 そう頭を下げられてしまえば、断れる理由などなかった。



◇◇◇◇◇



 王都医療機関の手伝いを始めて早五日。未だに食中毒の原因も分からなければ、対処法も不明だ。

 ズゥシャンやエルサンドロは、体力的に話すことが可能な患者に話を聞き、原因解明や薬の調合を行っている。そしてナトリは――


「十番の患者さん嘔吐です!」

「はい! ナトリ行きます!」

「誰か二十八番の着替えお願い!」

「ナトリ行けます!」

「七十番から九十番の採血完了しました! 研究チームの方にまとめて移動お願いします!」

「はい! ナトリ行ってきます! 他に持って行く物があったら言ってください!」

「あ! このカルテもお願いします!」

「承知しました!」


 ――目が回るような忙しさの中に身を投じていた。

 ナトリにズゥシャンたちのような薬の知識はない。できることといえば、せいぜい指示された薬草を使って調合することくらいだ。しかし、その指示すらまだ出せる状況ではない。だからこそ、できることは全てやる勢いで彼女は駆けずり回る。


「……だ、だれか、おぅッ!」

「三十四番の患者さん嘔吐です、ナトリがそのまま行きます!」

「お願いします!」

「承知です、お願いします!」


 吐瀉物の掃除をしながら考える。

 食事も睡眠も満足に取れない生活は久しぶりだ。

 ……先生は、ご飯食べてるかな。

 もう丸三日ズゥシャンの顔を見ていない。真面目な彼のことだ、医者の不養生のようなことはしないと思うが心配なものは心配である。


「ナトリさん、三十四番終わったらこっちヘルプ入れますか!」

「はい、大丈夫です!」


 息つく暇もなく、ナトリは次の患者の元へ向かった。




 また一日経過した。

 やはり原因も対処法は不明らしい。どちらか片方だけでも判明すれば楽になるのだが、と皆が唇を噛んだ。

 しかし、無情にも患者の数は増えていく。今日も変わらず、ナトリは走り続ける。そんな時、牛人(タウルス)の見習い医師が声をかけてきた。


「ナトリさん、北の街の診療所の皆さんが来て下さったので少し余裕が出ました。なのでぜひ休憩に入ってください、今日はもうずっと動きっぱなしでしょう?」

「ああ、お気遣いいただきありがとうございます。ですが、わたしよりも働いている方がいるはずです。その方々を優先してください」

「その方々もさっき休憩に入られました。あとはナトリさんだけですよ」

「あれ? そうでしたっけ? では今の作業が終わったら休憩いただきますね」

「それ結局いかない人の台詞じゃないですか!」


 話しながらも患者の汚れた服を回収するナトリの目の下には濃いクマができている。休憩どころかろくに睡眠も取っていない証拠だ。

 人手不足の今、一時間ほどの仮眠をローテーションしてどうにか保たせているのだが、ナトリは壊滅的に仮眠が下手だった。瞬間的な熟睡できず、数分おきに目を覚ましてしまうのだ。結果、全く疲れは取れずまた現場という名の戦場に戻る。負の連鎖だった。

 ……聖女のころは徹夜が多かったからわからなかったけど、わたし仮眠苦手だったんだな。

 どこか他人事のように考える。ぼんやりしてきたため頭を振った、その瞬間、


「――お疲れ様です。休憩に入らない人間(ヒューマン)の女性を回収に来たのですが」


 聞き馴染みのある声が聞こえる。しかし、わざと聞こえなかったフリをした。その声は怒気を孕んでいたからだ。


「あ、ズゥシャン先生お疲れ様です。対象はあちらです」

「ありがとうございます」


 黒鳶色の尾を持った青年はずんずんとナトリの近づく。そして彼女の手を取ると、眉根を寄せて不機嫌さを微塵も隠さずに言った。


「先の言葉、聞こえていたはずですが」

「うっ」


 目を逸らすナトリ。その行動で、余計にズゥシャンの眉間の皺が深くなった。


「ズゥシャンとナトリ、休憩いただきます」

「ちょ、先生……!」

「いってらっしゃい。ナトリさんの作業は自分が引き継ぎますね」

「お願いします」


 子供のように腕を引かれ、ナトリは半ば強引に休憩を取らされた。




 連れて来られたのは、王都医療機関の敷地から出てすぐにある広場の噴水。そこには、恋人同士の男女や日向ぼっこしている老人、追いかけっこする子供など、健康な人しかいなかった。

 ここ数日、ずっと嘔吐の音や患者しか見てこなかったからだろう。健康であることが珍しく思える。

 くい、と腕に自分のものではない力が加わった。まだ離してくれない彼の手が、噴水の縁に座れと指示しているのだ。そこへ素直に腰かけると、ズゥシャンもワンテンポ遅れて隣に座った。


「あの、逃げませんから、もう腕を離していただけると……」

「拒否します」

「な、なぜ……」

「貴方が休まないからです」

「休んでましたよ」

「本当に休んでいたら、『鼠色の髪した人間(ヒューマン)が休まない』なんて話は出ないんです」


 何も言えなくなってしまう。そんなナトリを見たズゥシャンは眉を下げた。


「……眠れませんか? ナトリさんの方では、ローテーションで仮眠を取っていると聞きましたが」

「あはは……、わたしが下手くそなだけですよ。寝てもすぐ起きちゃうんですよね」


 する、とズゥシャンの指が目の下をなぞる。心臓が飛び跳ねばくばくと鳴っているが、ここで変に反応したら彼を意識しているように見えてしまうので何事もない風を装った。


「寝てください、今」

「いま⁉」

「僕を枕にして構いません」

「いや申し訳なさすぎますって!」


 ぶんぶんと首を振る。彼を枕になどできるわけがない。成り行きでなってしまったならともかく、最初から枕として扱うなんて……。


「さぁ、どうぞ」

「……っ」


 何て顔で言うのだ。どうしてそんな期待した目で見るんだ。

 これ、一回枕にしないと引かないやつだ……。


「……し、失礼します」


 そう思ったナトリは、湧き上がる羞恥心に蓋をして彼の肩におそるおそる頭を預ける。もちろん、寝心地がいいわけではない。だが、普通の枕にはない人肌がある。血液が流れている証拠のそれが、いい具合にナトリの眠気を誘う。

 まずい、こんなのもう赤ん坊ではないか。下りていく瞼に抗えない中で、最後にそんなことを思った。

 数分後、寝息を立てたナトリ見て、ズゥシャンが満足そうな顔をしていたことは言うまでもない。

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