第15話 お久しぶりです、王都
きれいに舗装された通りを歩く。横を見れば、ナトリたちを威圧的に見下ろすような高い建造物ばかり。
この景色を、ナトリは知っている。ズゥシャンの元に行くまでは毎日見ていたそれがある場所――リンデンの王都だ。
本当に大丈夫だろうか。皆がこちらを見ている気がする。
「逆に胸を張った方がバレませんよ、ナトリさん」
「いやぁ、わかっててもできないものですよ……。だってわたし――」
――王都永久追放された身なんですから。
ズゥシャンにだけ聞こえるような小さい声でそう呟いた。
なぜ追放されたナトリが王都にいるのか。理由は数日前に遡る。
◇◇◇◇◇
秋の匂いが濃くなった。葉は赤や黄色に色づき、温かいスープが恋しくなってくる気温の毎日だ。
そして、ナトリとズゥシャンの生活は今までと変わらず続いている。噛まれたことは夢だったのか、と疑うほど二人の間には何もなかった。
突っ込みにくい話題だ。ナトリも無理に聞き出そうとはしなかった。だからだろう、ずるずると疑問だけが残っている。
――そんな時だ、王都から手紙が届いたのは。
内容としては、「王宮調剤師のエルサンドロ・サレスがマンティコアという魔物の毒で新薬を開発したので、医療関係者は発表会に参加するように」というものだった。つまりは医師同士の勉強会というところだろう。
最初、ナトリは参加を辞退した。理由は言わずもがな、王都永久追放の罰を受けているからだ。しかし、その言い分にズゥシャンは納得してくれなかった。
今は聖女ではなく、立派な一医療従事者だ。気にする必要はない、と。
それはただの屁理屈では? と思ったが、あれよあれよという間に二人で王都に来てしまっていた。
◇◇◇◇◇
「お待ちしておりました、ズゥシャン先生と助手の方。こちらが会場です」
「ありがとうございます」
王都医療機関――ナトリの元職場の最上階に位置する大きな一室。百人以上は余裕で入りそうなそこが今回の会場である。
その入口に立っていた見習いの医師が挨拶をしてくる。ナトリも会釈した。
……思ってたより元聖女ってバレてない。まぁあんまり作業部屋から出てなかったから、わたしの顔覚えてる人が少ないだけかもしれないけど。
何の問題もなく、会場には入れてしまった。案内された席に座る。ズゥシャンも隣に腰かけた。
まだ発表まで時間があるようなので、ぐるりと周りを見渡す。参加している医師は思っていたよりも多そうだ。ナトリと同年代くらいから老齢の方まで年齢層は様々だが、皆ズゥシャン同様この仕事に誇りを持っているメンバーなのだろう。
次に上を向いてみる。天井には見たこともないくらい豪華なシャンデリアが均等に並んでおり、今気づいたが机だって大理石でできた高級品だ。壊したら絶対に弁償できない。余計な動きをしないよう縮こまった。
その時、ふっと辺りが暗くなる。壇上以外の照明が落とされたのだ。
「――お集りの皆さま、誠にお待たせいたしました。これより、新薬についての説明を行います。それではエルサンドロ先生、こちらへ」
司会の言葉の後、かつかつと革靴の音を鳴らして登壇したのは、柔らかそうな金の髪を持つ犬人の男性だった。
頭上にある耳は布のようにぺたりと垂れており、海のように深い青の瞳は穏やかそうに見える。身にまとっている白衣は薬品で汚れ、その下に来ている黒いシャツも皺だらけでくたびれているが、それすら気にならないほどの美形だ。身長もズゥシャンより大きいだろうか。歩く度に大きく長い金の尾がふさりと揺れた。
……この見た目で頭もいいんだから、神は二物を与えずっていうのは嘘だなぁ。
そんなことを思っていると、軽い咳払いの後にエルサンドロは口を開いた。
「えー、皆さん。この度はお集りいただき誠にありがとうございます。お互いに忙しい身ですので、余分な話は挟まず、早速新薬の説明に移りましょう」
そう言った彼は言葉通り、すぐに新薬の説明を始めた。
「皆さんもご存じの通り、マンティコアはダンジョンに生息する人食いの魔物です。しかし、その角と尾にある毒を、別の病原菌と合わせるとお互いが相殺し合うことが今回の研究で判明しました。詳しくは……」
本来難しい専門用語を丁寧に噛み砕きながらエルサンドロの話は続く。中にはナトリが理解できないものもあったが、それはあとで調べるなりすれば解決するだろう。
「……ええ、皆さんもきっとお考えのことでしょう。『角と尾だけのためにマンティコアを狩るなど、魔物愛護団体が黙っていない』と。ご安心ください、その点も解決済です。マンティコアの肉には毒はありません、そのため食べられるのです……」
話し慣れているのだろうか。エルサンドロの話す速度や抑揚はとても聞き取りやすく、馴染み深い。
「……反対意見が出ることも承知の上です。ですが、私の友人に魔物食を研究している者がおります。今後は彼に魔物食についてアドバイスをもらう予定です。少しでも興味を持たれた方は……」
ん? あれ? 魔物食を研究してる人って先生以外にいるの?
そんな考えが浮かんでしまう。その疑問は、エルサンドロの発表が終わるまでずっとナトリの頭の中で泳いでいた。
新薬のお披露目が終わると医師たちは席を立ち、旧友であろう他医師と談笑したり、意見交換を行い始めた。
ナトリは知り合いなど一人もいないためにズゥシャンと共にいたのだが、そんな中今日の主役であるエルサンドロが二人に近づく。
「――やぁやぁやぁ、ズっち! 久しぶりだね! 会えてうれしいよ!」
「お久しぶりです、エルサンドロ」
「ちょっと! 昔みたいに『エルくん』って呼んでよ! 友人の割にずいぶん他人行儀じゃないか!」
発表していた時の彼はどこへやら。今目の前にいるのは騒がしい犬人の男性だ。不満そうに頬を膨らませて、ズゥシャンの肩に手を置いている。
そんな彼はナトリに気づくと、青の瞳をぱっと輝かせた。
「わお! もしかして彼女が手紙で言っていた助手さんかい⁉ お会いできて嬉しいよ! 僕はエルサンドロ・サレス! 医療面ではズっちの師匠みたいなポジションいるかな! あ、料理は別ね。僕全く料理できないから!」
「こ、こちらこそお会いできて光栄です。……ナトリ・グレイといいます。よろしくお願いいたします」
嵐のような勢いで話す人だ。ズゥシャンが全く言葉を挟めていない。その勢いに圧倒されながらも、どうにか自己紹介をする。
すると、エルサンドロは一瞬考え込む素振りを見せた。
「ナトリ・グレイ……あぁ、王都医療機関にいた聖女さまだね!」
「――え、」
思っていたよりも元聖女とバレていなかったので気を抜いていた。予想していなかった言葉に思わず固まってしまう。
「……エルサンドロ、デリカシーが無さすぎます」
「え⁉ あ! ごめん! 嫌な思いさせたかったわけじゃないんだ!」
「いえ、とくに気にしていませんが……わたしをご存じなんですか?」
そう尋ねると、彼は大きく頷いた。
「うん、知ってるに決まってるよ! だって君、人間用塗り薬のために髪を提供してくれたでしょ? 僕、あの研究チームに参加してたんだよね。思ってたよりもたくさん提供してくれてすっごく助かったんだよ! だからチームを代表して言わせて、ありがとうね」
エルサンドロは太陽のような笑顔でお礼を言う。その姿が眩しくて、ナトリは目を細めてしまう。
それと同時に、たしかに彼はズゥシャンの友人だと納得する。タイプは違うように見えるが、根っこの部分は同じだ。真面目で人が良く、感謝を忘れない。
なんだか微笑ましい気持ちになっていると、遠くからズゥシャンを呼ぶ声が聞こえる。
「呼ばれてるよズっち。あの人、この間魔物食に興味があるって言ってたから、それについて聞きたいんじゃないかな? も~、今日の主役を差し置いて呼ばれるとか妬けちゃうね」
「専攻しているものが違うのですから、こういうことがあるのも当然でしょう? ……ではいってきます。ナトリさん、入口でお待ちいただいてもよろしいでしょうか。話が終わり次第すぐに向かいますので」
「はい、わかり――」
「――ナっちゃんは僕が東館の植物ハウスに連れて行きまーす! 今は秋の花が見頃だからね、ぜひ紹介させて!」
「……では、植物ハウス集合で」
「あはは……、いってらっしゃい先生」
手を振ってズゥシャンと別れる。
彼が他の医師の元へ辿り着いたのを見届けると、エルサンドロは大きな身体をかがめてナトリに目線を合わせた。
「よし! それじゃ行こっかナっちゃん! いざ、東館の植物ハウスへ!」
「おー! よろしくお願いします!」




