第12話 まさかの経路で小豆入手
「悪かったよ。今描いてる絵で人間の女が必要だったから、あんたを見つけた瞬間思わず誘拐しちまった」
唇を尖らせながら謝罪する山羊人の男性は、名をオータス・ペンシルといい、絵を描いて生活しているらしい。つまりは画家だ。
彼の言葉を聞いたズゥシャンは、眉根を寄せ険しい顔になる。
「思わずって……、立派な犯罪案件ですよ」
「ま、まぁまぁ先生。先生のお知り合いでしたらわたしも安心ですし、そう怒らないでください」
「ナトリさんはもっと怒っていいです」
あはは……と引きつった笑いしか出ない。なぜなら、このような展開をナトリはすでに知っているからだ。
アントの時も似たようなものだった。突如叫び声を上げて現れた彼は、落ち着くとナトリたちに謝罪していたっけ。
この街の人は「初対面で記憶に残るようなクセのある人になりなさい」みたいな教育受けたりしてるのかな……。
そんなことを思いながら、現状の空気を変えるためにナトリは口を開く。
「……それでオータスさん、絵の方は大丈夫なんですか? わたしが花を咥えたのも変なポーズを取ったのも、全部絵の参考資料的なものだったんですよね?」
「ん? そうだなぁ……」
曖昧な言葉を返すオータスは、宙を仰ぎため息をついた。
「ぶっちゃけ駄目だ、全然な」
まるで他人事のようにそう言い放ち、彼は肩をすくめる。
「なにってインスピレーションが湧かないんだよなぁ。人間愛好家の貴族様からもらった依頼なんだが、日が過ぎるだけで一向に筆が進まん。……こりゃ、今回は頭下げるしかないかね」
オータスは両手を後頭部で組む。やけになったように見えるその行為が、彼の心境をよく表していた。
拉致まがいのこともあったが、オータスもズゥシャンの知り合いだ。もう警戒することもないだろう。
アントの時のように何か手伝えることがあればいいが……と考えていると、オータスと目が合う。しかしすぐ逸れてしまい、また目が合う。また逸れ、また合う。
……こ、これは、
ちら? ちら? と変わらず彼はこちらを見ている。
……「わたしにできることなら協力します」って言い出すのを待ってるな⁉
ナトリ同様、彼の行動に気づいたズゥシャンは、呆れからじっとりとした目つきになった。
「ナトリさん、帰りましょう」
「ちょちょちょちょ! 待てって!」
情けなどなく玄関に向かうズゥシャンの腰に、オータスは慌てて抱きつく。
「ごめんて! 正直に言う! 手ぇ貸してほしい!」
「生憎、本日はもう診療時間外です」
「頼むよ! 失敗した絵大量に食って消化不良であんたんとこに運ばれてやるぞ!」
「自分の健康を人質に取らないでください!」
「健康フェチのあんたにゃこれが一番効くだろ!」
「フェチって言わないでくれませんか⁉ 性癖みたいに聞こえるでしょう⁉」
「『みたい』じゃなくてちゃんと性癖だろうが! 自分の作ったもんで他人が健康維持してんのを見ると興奮するくせに! いいじゃねぇか! そのくらいの性癖ある方が健全だと俺は思うぜ!」
「殴りますよ!」
「落ち着いてください二人共! 性癖の話も一旦置いて!」
仲裁に入ると、二人は睨み合いながらも口を閉じる。それにほっとし、ナトリはオータスの方へ顔向けた。
「わたしの手でよければお貸ししますが、芸術のセンスは一切ありませんよ? それでもいいんですか?」
「あぁもちろんだ! あんたに頼みたいことは俺のインスピレーションを刺激してもらうことだからな!」
「インスピレーション、ですか……。具体的に何をすればいいでしょうか」
「そうだな。こればっかりは個人の選択に任せたいもんだが、今は時間の問題もあるし俺から提示させてもらおう」
ズゥシャンの腰を放し、彼はナトリの肩をがしりと両手で掴む。
「――一発芸をしてくれ」
「………………は?」
「俺にはわかる。人間……いや、俺たちはもう同士だから名前で呼ばせてくれ。ナトリ、あんたはすげぇもんを持ってるはずだ。宴会でどっかんどっかん笑いが起きるような、そんなやつを一発頼むぜ」
「そんな立派な芸持ってませんけど⁉」
どうしよう、めちゃくちゃ強い力で掴まれてる! これ期待の強さってこと⁉
緊張から冷や汗が滲む。軽々しく手を貸すと言ったつもりはないが、頭に浮かんだ「後悔」の二文字がじわじわと色濃くなっていく気がした。
そんなナトリに気づかず、オータスは床に投げ捨ててあった麻袋を漁り始める。何をしているのかと思えば、「あったあった」と彼は声を上げた。そして小さめの袋に包まれた何かを差し出してくる。
「ほらこれ!」
「……これは?」
「人間愛好家の依頼人から前金と一緒にもらったもんだ。名前は……えっとなんだったかな。あ……『アズキ』? みたいな豆だったぜ。そこのおでこトカゲちゃんなら食い方も知ってるだろ? 存在すら知らん俺が持ってるよりずっといいだろうし、お礼としてあんたにやるよ」
「……あ、小豆⁉」
「うおッ⁉」
思わず大きな声が出てしまう。
小豆――縁起物ならぬ縁起食である極東の赤飯に必要不可欠のもの。
……食べたことのないわたしのために、先生がわざわざ取り寄せようとしてくれたもの。
こんなにも渡りに船なことがあるだろうか。これで取り寄せなくともズゥシャンと赤飯を食べることができる。
自分のことをツイていると思ったことなどあまりないが、今回ばかりはツイているかもしれない。
両手でそっと小豆の入った袋を受け取る。オータスにとって何の価値もないそれが、ナトリには金の延べ棒のように感じた。
「……オータスさん」
「ん?」
「魂を込めてやらせていただきますね、一発芸!」
「……おうよ、頼むぜ同士!」
肩を組み合い暑苦しいほどに燃え上がる二人を、数歩離れた場所からズゥシャンは見ていた。
一体どういうことだ。ついさっきまで誘拐犯と被害者の関係だったのに、急に心の距離が近づいている。
もしかして、この空気に順応できない自分がおかしいのだろうか。……というか、彼女は誰でもすぐに信用しすぎでは? 少なくとも今回のことは犯罪案件だというのに。
ズゥシャンの知り合いだからこそナトリは無条件で信用してしまうのだが、そんなことは露知らず。胃がもたれるようなずんとした重さに襲われる。それが原因だろう、彼の整った顔にどこか不満そうな色が滲み始めた。
そんな時、不意にナトリがこちらを向く。
そして満面の笑みを浮かべると、両手に乗せた小豆の袋をこれでもかと掲げてみせた。
「……っ」
瞬間、胃の辺りを重くしていた正体不明の感情が霧散する。
……まぁ、彼女が嬉しそうなら、今はそれでいいか。
「よかったですね」という言葉の代わりに、ズゥシャンは笑みを送った。




