①僕を生かす歌声
人魚ちゃんと吸血鬼男子のお話です
幼少期編、スタートー!!
先祖帰りが強く、幼少の頃から体の弱かった僕は長くは生きられないだろうと言われていた。入退院の繰り返しで病院生活も慣れてしまい、忙しい両親の付き添いがなくても平気になっていた。
日差しに極端に弱く、外を駆け回る事は当然出来なかった。そんな僕の楽しみはピアノだけ。いや、音楽全般に興味を持ち耳に届く旋律は何でも楽しめたが特にピアノは欠かせない存在だった。僕が居たのは異形の末裔専用の病棟で、中には夜行性の種族もいるから基本的に二十四時間病棟内は自由に歩き回る事が許されていた。だから僕は入院中、夜な夜な遊戯ルームに向かってはピアノを奏で、日が昇り出す頃に病室に戻って眠りにつくようになった。
七歳の頃の入院は幼いながらに、ここに来るのも最後だろうと覚悟していた。忙しいはずの両親は毎日のように面会に来てくれたし、何と言っても今までに経験した事もないほど喉の渇きが癒えなかった。一時は昏睡状態になり輸血を止める事も出来ず予断を許さない夜が続いたらしい。家族は覚悟を決めた夜もあったとも言っていた。そんな状態で意識を取り戻したのは奇跡だった。不思議と容体も安定し輸血の時間も感覚を空けられるようになる。
奇跡と言われたあの夜、僕は誰かの歌声を聴いたんだ。大人の声じゃないけど澄んだ綺麗な声だった。もっとしっかり聞きたいと思ったら目を開ける事が出来た。泣き崩れる母を支える父の姿がまず目に飛び込んできた。厳格な父の目にも涙が浮かんでいることが衝撃でそれまでの事が消えてしまいそうだったが、微かにあの歌声が聴こえて意識を集中させる。
この病室には声の主はいない。両親の僕を呼ぶ声や医療スタッフの行き交う音が邪魔をする。ちゃんと起きているから静かにしてくれ。
より集中を深めると声のする方角が何となく掴めた。今回はまだ行けていない遊戯ルームのある方角だ。もしかしたらそこにいるのかもしれない、そう思った途端僕は再び意識を手放した。
覚醒しては眠ってを数日繰り返し、夜間に意識を保てるようになるとようやく歩き回る事を許可され僕は遊戯ルームに急いだ。この数日あの声は聞こえなかったから会える可能性は低いと思っていたが、案の定そこには僕以外誰も居ない。予想していたとは言え落胆は禁じ得なかった。
僕は仕方なく一人ピアノの椅子に座りいつも通り指を動かした。もう何日も弾いていなかったから指の動きが思うようにいかない。リハビリになるようなテンポの速い曲を弾いてみたりして懸命に指に動き方を思い出させる。しばらくそうしていると指も滑らかに動くようになってくれた。
「よし、じゃあ弾いてみよう」
僕はあの歌の旋律を今夜は弾いてみるつもりだった。聴いた事はない歌だったけど、本当に美しくて中途半端な指の動きでは弾きたくなかったから準備運動を念入りにしたのだ。
いざ弾こうと鍵盤に指を乗せると少しだけ緊張した。大切なものに初めて触れる、そんな気分だった気もする。僕は目を閉じてあの夜の音を思い出し、大きく息を吸い込むと優しく最初の音を叩いた。それから次々と指は次の音を叩き続け繋がってメロディーになる。ピアノの音は大好きだ。大好きなピアノであの旋律を奏で、耳に届くのが心地よいのにやはりあの歌声とは違くて物足りない。僕の指はピアノの音は出せるけど、歌は歌わせられないことに気がつき虚しくなってそこで演奏をやめた。
「もう終わり?」
僕はビクっと飛び上がった。僕がピアノを弾いてる時は誰も近寄って来たことが無かったから、背後から急に声を掛けられて心臓が飛び出るほど驚いた。振り返ると同じ年くらいの女の子が立っていた。
「上手なのに。もっと弾かないの?」
その声には覚えがあった。
「歌ってくれるなら、弾いても良いよ」
僕がそう言うと女の子は笑顔を輝かせて大きく息を吸い込んだ。次の瞬間全身に鳥肌が立つ。ああ、やっぱりそうだった。
「ねえ!ピアノは?」
つい聞き惚れてしまっていると女の子は歌うのをやめて頬を膨らませる。僕はもっと歌ってほしくて慌ててピアノに向き合った。僕の出す音に、澄んだ綺麗な声が乗る。それまではピアノの音が一番好きだったのに、彼女の声が乗ったピアノの音が更に好きなモノになった。
お読み頂きありがとうございました!
純真無垢な時代、その先の未来は。。ご期待下さい(!?)
次回は【真夜中のおしゃべり】です!
まだ幼少期です〜