③理学療法士の卵は勉強熱心1
掛け込んだ脱衣所の床に生足を晒して夕貴は座り込んでいた。顔は赤く額に汗をかいて前髪が張り付いている。俺の侵入に驚いて見開かれる目は潤んでいて、股の間から前に持ち抱える尻尾でその奥は見えなかったのは残ねn、、いや、助かった。
「来んなって言っただろー!」
夕貴は咄嗟にTシャツの裾をいっぱいに下げ詰め寄って来た。それはそれで丸みが強調され見事な谷間も見える事を知ってほしい。
「悪かったって!でも体調が悪くなったんじゃないかって心配だったんだよ!何か本当に苦しそうだったし!」
「苦しんでねーし!」
「分かったから!ちょっと、離れろって!」
俺よりも低い背で胸ぐらを掴みかかってくるが、涙目で睨み上げられるといよいよやばい。
(こいつは夕貴だ!こいつは夕貴だ!こいつは夕貴だ!)
必死に言い聞かせて落ち着かせる。視線を逸らせながら夕貴の肩を何とか掴んで引き離す。
「ほ、本当に、苦しかったんじゃないの?」
「ああ」
「何、してたのか、聞いていい?」
俺は横目に夕貴を窺い尋ねると、今度は彼(彼女か?)がバツが悪そうに視線を逸らす。
「尻尾の、マッサージ」
軽うじて聞き取れる音量で夕貴は言った。どんな返答がされるのか緊張してた俺は拍子抜けだった。
「尻尾のマッサージ?何で?」
「これすれば戻れんだよ!ガキの頃は親がやってくれたりもしたけど、俺くすぐったくて苦手で。大人になるまでに大抵は慣れるらしいんだけど、俺は逃げ回って時間経過に任せてたから慣れてなくて」
「それ本当?」
「この状況で嘘ついてどうすんだよ!」
いやだって信じられないだろう、変化の術が尻尾のマッサージなんて。でもそう言う事なら協力してやれるかもしれないと俺は閃いて夕貴に提案する。
「俺がマッサージしてやるよ」
「は?んな事友達にさせられっかよ」
「気にすんなって。俺の志望言ってなかったけど、理学療法士だから。最近は臨床も行って人の体には触り慣れてるし、整体の店にバイトも行ってるから結構上手いよ?異形種の体に触れられる機会なんてそれこそ貴重だから俺にとっても良い勉強になるし」
夕貴は俺にも利があると聞くと顔色が変わった。
「お願いしても、いいのか?」
上目遣いはよしてー!と心で叫び俺は無言で首肯を繰り返した。
「おーい、準備はいいか?」
俺は廊下から居室内に声を掛ける。尻尾に触れやすいようにズボンなどは履かない方が良さそうだったからベッドにうつ伏せてタオルケットを体に掛けて待つように夕貴に指示をしていた。
「大丈夫だよー」
返答が聞こえて中に入るとしっかりと体をタオルケットで覆って夕貴はベッドにうつ伏せている。お尻の辺りのシルエットは見慣れた人間のものと違って不自然に盛り上がっていた。
「じゃ、始めるけど痛かったり触られて不快な感じがしたりしたらすぐ言って」
「分かった」
「ほら、体の力抜けよ。いきなり尻尾は触らないから。まずは背中から緊張をほぐすか」
「俺、整体とか初めてで、、。他人に尻尾触らせるのも」
「嫌な事はしないから安心して任せて」
俺は軽く圧を掛けながら背骨に沿って手のひらを這わせる。そして手根と言われる手首付近を使って背中全体を押し伸ばすように圧を与えていく。人の体じゃなくて小麦粉を相手にしたならパン職人にもなれそうな手技だ。
次に背骨の際を親指の腹で押し込みながら首元から仙骨までを何往復か指圧する。若いだけあって凝りの少ない筋肉だが凝りがないわけでもなかった。丁度凝りの強い部分に当たると夕貴はくぐもった声で呻く。
「うぅ、、」
「これ、ちょっと痛いね?大丈夫?」
「だ、いじょ、ぶ。痛気持ち、いい」
「でしょ?でも、こうすると、、」
「ひゃ!?ちょ、それやめて!」
凝りの強い箇所の押す力を弱めると、夕貴は抜けていた力を再び強める。肩甲骨が少し寄ってその綺麗な形が浮き出るほど身を捩った。
「はは、ごめんごめん。ほら力抜いて?」
「さっきまでと同じところなのに何でぇ?」
「凝りが強すぎるとくすぐったく感じる事もあるんだって。でもこんなふうにしっかり押せば、ほら大丈夫でしょ?」
「本当だ」
力を弱めた途端くすぐったさに身を捩ったのに、ある程度の強さを素早く掛ければ平気な事に夕貴は感心していた。
「尻尾もさ触り方次第だと思うんだ。でも、俺も狸をほぐすのは初めてだから加減が分からない。だから夕貴の言葉が頼りなの」
「痛いとか、くすぐったいとか言えば良い?」
「うん。ちゃんと言えそう?」
「大丈夫」
背中はだいぶほぐれて上手く力も抜けるようになった。俺の手の感触にも慣れたと判断して俺は人間のお客さんには無い膨らみに目を向けた。
「じゃあ、そろそろ尻尾触るよ?」
「うん」
俺は人間よりも張り出した仙骨と尻尾の際に親指以外の四指を添えた。人間で言う尾骶骨を感じさせる触覚は硬くて、更に骨が先へ続いている事を想像させる。その骨を辿るように軽く圧迫しながら指をスライドさせていくと案外尻尾の先まで骨を辿る事が出来た。途中から触覚は柔らかいクッションを押し込むような感じに変わったが獣特有の毛のせいだろう。その向こうに尻尾の骨を支える筋肉の存在もしっかりと確認できた。
「うん。筋肉がしっかりしてるからほぐせそう。今の触り方は嫌じゃなかった?」
「付け根はゾワっとしたけど、それ以外は大丈夫だった」
確かに指を添えた時に体に力が入る感じがあった。俺は不快な箇所の確認のため指を仙骨の辺りに再び添える。
「この辺?」
「ひっ、そう!そこは、ちょっとヤダ」
「そっか。ごめんね、少し押し方変えてみるからもうちょい堪えてみてくれる?ここが一番尻尾の動きで負荷が掛かる所だと思うんだよ。ほぐし方見つけておきたい」
「うー、、分かった」
俺は添わせる様な弱さじゃなくて手根で押さえ込むようにして少し振動を加えてみる。
「あ!あぁ、、待って、む、無理!それ無理ー」
夕貴の反応を見てすぐにやめると、今度は仙骨の両サイド、腸骨との際に親指の腹を当てて指圧する。
「これはどう?」
「それは、大丈夫。痛いけど気持ちいい」
尻尾のスタート地点から少し離れた所ならしっかり圧を掛ければ大丈夫そうだ。付け根付近はこの辺からのアプローチに留める、と頭にインプットして尻尾本体に手を伸ばす。
「尻尾自体はこれくらいの圧迫でもくすぐったくないんだよね?」
「うん、平気」
俺はしばらく手根で尻尾の先まで移動しながら圧迫を続けた。
「大丈夫?嫌じゃない?」
「大丈夫ー。晴翔の手あったかいし、それだけでも気持ちいい」
夕貴は全然くすぐったがる様子もなくすっかり力を抜いてリラックスしてる。風呂場で見た様子から手こずるんじゃないかと思ったが問題無さそうで俺も気が抜けた。初めての狸の尻尾に知らずに緊張していた事に気づく。
「自分で触っただけでくすぐったかったんだよね?一体どんな触り方したの?」
タオルケット越しとは言え人に触られても何て事はないのに自分で苦戦していたのが信じられなかった。
「ガキの頃の記憶を頼りにやったんだけどなー。親にされた感じでやるとくすぐったくてゾワゾワしてダメなんだよ」
「だから、どんな?」
「握る?みたいな、掴む?みたいな?先っぽから付け根までグッグッて感じ。でもくすぐったくて最後まで耐えられた事ないんだよなー」
「そうしなきゃ戻れないのかな?やってみる?」
しばらく手根による手技を続けたが耳も尻尾も無くならない。もちろん女の子の姿もそのまま。もしかしたらただのマッサージじゃダメなのかもしれないと思い、俺は夕貴に打診してみた。
お読み頂きありがとうございました!
晴翔くんは優しくて勉強熱心な良い子なのです(^^)
次回【理学療法士の卵は勉強熱心②】です!お楽しみ下さい♪