⑧父として、医者として
彼女の血は本当に凄かった。常だった喉の渇きは感じなくなり、日中のほとんどを輸血して過ごす必要も無くなった。再び僕が見せた驚異的な回復に担当医は首を傾げていたが、検査をしても何も見つからず、数日後の新月を明けて問題なければ退院という流れになった。
あれから毎晩僕は遊戯ルームに通い、彼女の歌と血を堪能した。夜の時間を万全に過ごすために昼間はよく眠った。夕方が近づく気配に微睡んでいると勢いよく病室のドアが開かれ僕は飛び起きる羽目になった日の事は忘れられない。
入って来たのは見たことのない男性医師だった。何故かとても怒っている。足音高く近づいてくると胸ぐらを掴み上げられ凄まれた。
「随分と顔色がいいなぁ、お坊ちゃん」
「お、お陰様で?」
「あ?お陰様だと!?」
僕の耳はとても良いから、彼のどこかがブチっとキレた音が確かに聞こえた。やばい、医者に殺される。そう思った時誰かが駆け込んで来て憤慨する医者にしがみついて止めに入ってくれた。
「ちょっと!パパやめてったら!」
「渚は自分の部屋に戻ってなさい!」
後から入って来たのは渚だった。そしてこの凶暴な医者をパパと呼ぶ。
「怒らないって言うから鱗を剥がした方法を話したのに!」
「そんないかがわしい方法だとは思わなかったからだ!」
「でも、京也君のおかげで楽になって来たんだよ!それにいかがわしいって、そんな言い方は吸血種に対しての差別じゃない!子供の頃だって、鱗があのままじゃ危なかったって言ってたでしょ!京也君は命を掛けてくれたんだよ!」
命を掛けたと言われ渚父も言葉に詰まる。何とか俺の胸ぐらを解放し拳を強く握って怒りを収めようと努力していた。
「その節は、、ありがとう」
「いえ、僕もお陰で生き延びましたから」
絞り出すように礼を述べると大きく息を吐き出して、渚父は脱力した。
「しかし、君も子供だったからって無茶をしすぎだ。今回の事も褒められた事じゃない。掟破りギリギリじゃないか」
「すみません」
「自分の命を軽く見過ぎないように。君の担当医は君を元気にしてあげたいって思いでずっと向き合って来たんだ。命を大事にしないのは、その思いを踏み躙る行為だ、分かるね?」
「はい」
「今回の事は約束も交わされているから仕方ないが、今後は命を粗末にしないこと!」
渚父は父としての怒りを堪えて医者の顔で大事な話をしてくれた。僕は渚父の目を見てしっかりと頷いた。
それから体調について聞かれ、通院の際は渚父の診察も内密に受けるように言い付けられる。人魚の血については秘匿事項が多く、専門医も研究者も人魚の一族しかなれない。一般医療では人魚の血を摂取した事は気づく事も難しいらしく、僕の体調の変化も人魚の血の知識が無いと正確には判断出来ないそうだ。そのため、専門医である渚父の診察が不可欠と言う事だ。
「人魚種でも特に貴重な娘の血を飲むんだ、しっかり研究の役に立ってもらうからなぁ!」
父親の顔が出ると途端に本心がダダ漏れになる。すっかり僕はモルモット扱いだ。
「何失礼な事言ってるのよ!ほら、もう行くよ!」
渚は父の腕を強引に引いて出口へと向かう。先に父を部屋から押し出すと、こちらを振り向いて手を振ってきた。
「じゃ、また後で」
「うん。後で」
僕も手を振りかえし部屋を出る渚を見送った。
お読み頂きありがとうございました!
高校生入院生活のラスト回でした〜
次回は最終回【首輪が外れて】です!
長めですが大人になった二人をお楽しみ下さい♪




