⑦利害の一致
僕の言葉に渚は驚愕していた。
「ダメだよ!」
「ダメじゃない。僕がその鱗を全部剥がし取ってあげる」
「そんな事したらまた、、。そうよ、その時はまた私は血を与えるからね!」
「それはダメ」
「ダメじゃない、勝手にするもの」
お互いに譲らず話が膠着する。でも僕には考えがあった。
「多分僕達、もう禁忌を犯す事にはならないよ」
そう、無知な子供だったあの頃とは違う。当然あの時と同じ事をすれば再び呪いが発動するだろう。だがこれから僕がしようとしている事は違う事だ。同じ事の繰り返しだと思っている渚は僕の真意が分からず困惑した表情をしていた。
「僕は君の血が欲しい」
渚は目を見開いた。これなら望まぬ相手に血を与える禁忌には触れない。
「僕の牙なら君の鱗に傷が付けられる」
牙を突き立てて、その傷を治せばいいんだ。僕は曝け出された彼女の腕に手を伸ばしてゆっくりと撫でると鱗の感触を確かめる。
「ただ、身体中に牙を突き立てる事になるけどね」
渚の青白い顔が仄かに上気する。
「僕も君の血の効力が失われていて、多分先は長くないと思ってる。上手くいくかは分からないけど、お互いただ死を待つくらいなら試してみない?」
「私の血が飲めれば、京也君はまた元気になれるのよね」
彼女は鱗を取り払え、僕は人魚の血で寿命が伸びる。上手くいくなら完全に利害は一致しているから条件は悪くないはずだ。でも本当に僕が望むのは長い寿命なんかじゃないけど。
「それなら、やってみたい」
「君の鱗が完全に取り払われるまで、君は僕に血を提供する。いいね?」
「うん。約束する」
「約束の反故は許されないよ?」
「分かってる。破った方は相手に一生隷属する事になるんでしょ?」
僕達のような異形のものは種族を超えての取り決めもある。無用な争いやトラブルを避けるのが目的で、異種族同士で交わされる約束の不履行は許されない。
「君の歌が一生側で聴けるなら僕はそれも悪くないけど」
「へ?」
僕の思わぬ言葉に何とも間抜けな声を出すから少しおかしかった。
「それじゃ、早速試してみよっか?」
「う、うん!」
気を取り直すように渚は真剣な表情で頷いた。とりあえず丁度捲り上げられている腕から試そうと彼女の腕を取って口元に近づけた。強い先祖返りのせいで僕は新月じゃなくても自在に牙を尖らせられる。口を開き発達させた牙で硬い鱗に触れてみた。
「本当に硬いんだね。牙が当たって痛くない?」
「うん。少しくすぐったい感じ」
「多分いけるけど、大丈夫?」
「うん、、ひ、一思いに、どーぞ!」
一思いにどーぞって、決死の覚悟でもしてるみたい。面白がっているうちに彼女の決心が鈍ってはいけないと思い、僕は瞬間的に牙で鱗を貫いた。
「っ!」
鱗を貫通すると牙は簡単に柔らかい肌に突き刺さり、血が溢れ出す。溢れないように吸い上げると、少しだけ牙を引き抜き亀裂の入った鱗部分を引っ掻くように滑らせた。
「はぁあ!」
痛かったのか息を吸い込む音が小さな悲鳴のように聞こえた。バリバリと音を立てて剥がれる鱗は光り輝く粉になって空中を浮遊して掻き消える。
「痛いよね、でもこれで大丈夫」
僕は広がった生肌部分に再び牙を突き刺した。僕達の牙は痛みを麻痺させ、代わりの感覚として快楽を感じさせると言われている。身を捩るほどではないらしいが、人間が酒に酔ったり、いけない薬を使った時のように取り敢えず心地が良いらしい。流れ出る血を啜りながら渚の様子を確かめると、仄かに赤い顔で僕の吸血から目が離せないでいた。その力の抜けた瞳から、鱗が剥がれた痛みはもう残っていないのが分かりホッとする。
僕は腕に伝う血を舐め上げると牙の跡に治癒の祈りを込めて口付けて彼女の腕を解放した。
「大丈夫だった?」
「う、うん」
「でも、これは時間が掛かりそうだね」
袖から出せている肘下の片面しか今のでは剥がせなかった。吸血の時間を短縮すれば効率は良いだろうが、それはしたくないからこのペースが限界だ。
「お互い退院するまでは毎晩こうしてここで、それでいい?」
「うん」
「歌も聴きたい」
「ピアノ、弾いてくれるなら」
こうして僕達の利害は完全に一致した。
お読み頂きありがとうございました!
次回は【父として、医者として】です!
ほのぼの回です お楽しみ下さい♪




