⑥僕達の罪と下された罰
背も伸びて、声も大人びていたけどそこにいたのは間違いなくあの子だった。
「渚、ちゃん?」
「やっぱり、京也君だった」
かつての屈託のない笑顔とは違って渚は穏やかに微笑んだ。でもその顔は白く儚げで見える肌の全てがキラキラと光を反射している。
「座っていい?」
「ああ、うん」
僕は椅子を譲るためピアノの前から退けようとするが、渚は椅子の隅に座って空いたスペースを勧めてきた。
「座って。もっと一緒に歌おう?」
そう言われて僕は再び腰を下ろすと鍵盤を叩き始めた。イントロが終わると彼女の声が重なり出す。少女の声も素敵だったが、大人に向かっている今の声も魅力的だった。彼女の今の声で歌って欲しい曲が沢山ある。僕は次々と音を奏で続けた。
「あの夜を思い出すね」
「うん。ずっと京也君のピアノの音が忘れられなかった」
僕達は弾き、歌い疲れて満足すると自然と思い出話に花が咲き始めた。
「あの時、僕急に倒れちゃってびっくりしたでしょ?ごめんね」
渚は僕の言葉に俯いてしまう。そしてフルフルと頭を振って煌めく白魚のような手は強く握りしめていた。
「謝らなくちゃいけないのは私なの、、」
「え?」
とてもか細い声だけどしっかりと渚は話してくれた。
「京也君が倒れちゃって、私何とかしなくちゃって。京也君がこの鱗を外してくれたから今なら血が出せると思ったの」
渚は自分の手の甲を撫でる。煌めくその肌は近づけば魚の鱗のようなのを僕は知っていた。それがあるうちは退院出来ないと言った彼女に、僕は治癒を試みたんだった。
「掲示板の画鋲を外して、指を何度も刺して、、」
「そんな事したの!?」
「必死だったから痛いとか全然感じなかった。やっと京也君の口に垂らせたんだけど、京也君の意識は戻らなくてすぐにパパを呼びに行った」
「パパ?」
そこはとにかく医者や看護師を呼ぶ所じゃないかと思ったが、子供のとれる行動は親に助けを求めるくらいかもしれないと口をつぐんだ。
「パパはね、ここのお医者さんなの」
「あ、それでか」
「うん。事情を話したらすぐ対応してくれたんだけど、私たちのした事は誰にも言っちゃいけないって。私は鱗も剥がれたからすぐにお家に帰された」
僕達、異形の末裔には守らなくちゃいけない掟がある。あの頃は良く分かってなくて後から知らずに禁忌を犯していたと知り、僕も渚にした事は誰にも言って来なかった。
「僕は、自分が付けた傷以外のものを癒したからだね」
「私は望まぬものに血を与えた」
「僕は禁忌を犯したから血に刻まれた呪いが発動して死ぬはずだった」
でも死なずに済んだのは、、
「それを私の血が食い止めた」
あの時、暗闇の中で感じた香と味は渚の血のものだったんだ。
「私がこの肌のせいで退院出来ないなんて言ったから、京也君に禁忌を犯させてしまった。私のせいで京也君が死んじゃうところだったの。それどころか望まれなかったのに血まで与えて、本当にごめんなさい」
「治癒は僕がしたかった事だし、渚ちゃんの血がなかったらどの道死んでた。だから謝らないで。それより渚ちゃんは禁忌を犯して平気だったの?」
僕は禁忌を犯した瞬間、命を落とす所だったのに彼女は父親に助けを求めたり帰宅を果たしたりと問題なく動けているようで不思議だった。申し訳なさそうな表情のまま渚は話を再開した。
「すぐには何も起きなかったの。パパは、鱗が剥がれた後で人魚の血も効力が薄かったから呪いを免れたのかもって考えてた。でも違った」
渚は袖を捲り腕を出した。光を反射くする肌は煌めいてやはり綺麗だと思う。
「新月の度にこうなって、濃くなった人魚の血を守る鱗よ。新月が明ければ消えて血も人のものに戻るけど私は数年前から人に戻らなくなっていったの」
「戻らない?」
「うん。しかも硬化が進んで二十歳までには動けなくなるって」
「そんな!」
渚も確か僕と同じ年だ。二十歳ってあと三年しかない。
「パパもいろいろ手を尽くそうとしてくれてるんだけど、、。でも自業自得だから仕方ないって覚悟は出来てるんだよね」
「自業自得って、それは違う!僕が勝手な事をしなければこんな事にはならなかった!」
そうだ、僕のせいだ。僕のせいで渚は動けなくなってしまう。僕のせいであの素敵な歌声が消えてしまう。
「もう一度僕が治してあげる」
お読み頂きありがとうございました!
次回は【利害の一致】です!
数話振りのR15展開(だと思う)お楽しみ下さい♪




