8、呪文を唱えて
あくる朝、ヤルヴィの人々は家の外を見て口を開けた。
「嵐の後とは思えん光景じゃな」
「まーた、ネイリッカちゃんだねえ」
朝日を浴びて、昨日の暴風雨で折れ千切れ吹き飛んだはずの木々や植物達が青々と繁り季節を無視して咲き誇っていた。
「とりあえず、嵐の後片付けからかなあ」
「申し訳ありません!」
「気にしなくていいよ、リッカ。それよりこんなに力を使っちゃって体調崩してない?」
「私は元気ですが、また皆さんにご迷惑をお掛けしてしまって・・・」
「大丈夫、もう皆慣れっこよー」
館ではこの有様に苦笑いするオリヴェルの横で青ざめるネイリッカと、それを慰めるアルヴィ、笑い飛ばすユッタがいた。
ネイリッカは何故こうなってしまうのかわからないと窓の外と自分の手を交互に見ながら呆然としていた。
■■
「ネイリッカちゃんってお花も元気に出来るんだよね? これ、昨日の嵐で折れちゃったの。治してー」
大人達が倒木や上流から流れて詰まった川のゴミを片付けているのを近くで眺めていたネイリッカの元に、村のちびっこが土の入った植木鉢を小さな身体で抱え込むようにして運んできた。
黒々とした土の上には根元からポッキリと折れた花が横たわっている。この鉢までは加護が届ききらなかったらしい。それを見たネイリッカは悲しそうに眉を下げた。
「さすがに加護で折れた茎を治して元通り、ということは出来ないのです。ですが、根っこはまだ生きていますから、新しい芽を出すことは出来るかもしれません」
それでもよろしいですか? と確認したネイリッカはその花にそっと手を添えて加護を流そうとした。するとちびっこがその手にしがみついてニコニコと首を横に振った。
「あのね、ネイリッカちゃんはね、時々キラキラーって光る粉を振りまいてるんだよ。だからね、こうやって魔法をかけるみたいにやってみて。そのほうが絶対カッコいいもん」
言いながらちびっこが人差し指をピンと立て鉢の上でクルクルと指を回して見せる。ネイリッカはよくわからないまま、真似をして折れた花の上に指で円を描いた。
「元気になあれって言って」
「ハイッ、元気になあれー」
呪文も決められて慌てて唱えるネイリッカの指先から、キラキラと輝く光が流れ出て折れた部分から新しい芽が生えてきた。
「うわあ、すごーい! ネイリッカちゃんはやっぱり魔法使いだね、ありがとう」
「お役に立てて何よりです」
嬉しそうに鉢を抱えて走って行くちびっこを手を振って見送ったネイリッカは、ソワソワと周りを見回すと足元に転がっていた細い枝を拾い上げた。それを足元の踏まれた草に向け小さく円を描く。
「元気になあれ」
草はクタッと地に倒れ伏したまま動かない。再度大きく振ってみるも変わらず。腕を組んで頭をひねって、今度は指だけでクルリと円を描いてみた。
「いっぱい元気になあれ」
ポッポポポ・・・
弱っていた緑の細い葉がゆっくりと起き上がり、ピンと葉先を天に向けた。
「出来ました!」
「何ができたの?」
「ひゃっ?!」
誰もいないはずの背後から声が降ってきてネイリッカは飛び上がった。振り返るとアルヴィが上から覗き込んできていた。
彼は相変わらず長い前髪で表情が読めないのだが、いつもネイリッカのことを一番に思いやってくれるから一緒にいると安心できる。まだまだ夫婦らしさなんてちっともないけれど、気に掛けてもらってるのは伝わってくるからネイリッカは幸せだった。
だからといって、魔法使いのようと言われて嬉しくて、よりそれらしく杖を使って失敗しただなんてことは言えない訳で。
「ヴィー、これはですね、その・・・」
どう誤魔化そうかと口籠っていたところに、サッラがネイリッカを呼びに来た。
「ネイリッカ! うちの畑の土が流れちゃったの。土は父ちゃん達が戻してるけど、植え直した野菜を元気づけて欲しいってリュリュ兄ちゃんが」
「分かりました、直ぐに行きます! ・・・ヴィー、あの、ちょっと行ってきます」
申し訳なさそうに見上げてきたネイリッカをアルヴィは穏やかな声で行っておいでと送り出した。
キャッキャッと話しながら転がるように駆けて行った二人を眺めて屋根の修理に戻ったアルヴィは金槌片手に一人、笑いをこぼした。
実はアルヴィ、この屋根の上からネイリッカが魔法使いの真似事をしていた一部始終を見ていた。そのあまりにも可愛らしい行動を近くで見たくなって降りていったのだが、ネイリッカは恥ずかしがって何をしていたかすら教えてくれなかった。
・・・うーん、もう少し心を開いてもらいたいな。昨夜だって嵐が怖かったなら隣なんだから僕の部屋に来てくれたらよかったのに離れた両親の部屋に行っちゃうなんて。ネイリッカが怖がっていると気が付かなかった自分が一番不甲斐ないのだけど。
モヤモヤする心の内を板と一緒に屋根に勢いよく打ち付けていたアルヴィの背後に声が掛かった。
「アル、屋根はどう? まだ持ちそう?」
「うーん、多分大丈夫。まだいけると思う」
梯子から頭だけ覗かせたユッタへ、アルヴィは振り返らず答えた。それは良かったと返したユッタはそのまま続けた。
「ねえ、ティクル知らない? 朝ごはんの後から見てないんだけど」
「さあ。いつもの場所に居ないの?」
「居ないのよねえ。そういえば、ネイリッカちゃんは? さっきまで川の端に居たわよね」
「ネイリッカなら、さっきサッラに呼ばれて畑を元気づけに行ったよ」
「あら、そう。ネイリッカちゃんのことは知ってるのねえ」
ガタッと金槌を置いて振り返ったアルヴィの顔は真っ赤で、ユッタはニコッと笑った。
「アルはネイリッカちゃんが来てから感情の起伏が大きくなったわね。善き哉善き哉」
「・・・そうかなあ」
「そうよー。以前はティクル一色で口数も少なかったじゃない」
「ティクルだって大事な家族だけど、よく考えたらもう大人なんだから放っといても大丈夫なんだよね。でも、ネイリッカはまだ子供だから気にしてるだけ」
それだけ、と金槌を握り直したアルヴィは母親に背を向けて修繕を再開した。
カンカン
その後ろでヨイショと梯子を登りきったユッタがアルヴィの側に水筒を置いて背を向けて座った。
眼下に広がる緑の大地はネイリッカが来てからどんどん豊かになっている。『空読み姫』の力は凄まじいものだと夫のオリヴェルとよく話す。あの小さな身体に一体どれだけの力が宿っているのか。ただ、それだけをあてにせぬよう彼女一人に全てを負わせることがないよう、村人達と話し合って色々対策を考えている。
もし、将来アルヴィとネイリッカが別の道を選びたいと思った時のために、だったのだけど。
「・・・正直、国に勝手に息子の嫁を決められて不愉快ではあったのよね。だけどネイリッカちゃんが悪いわけじゃないし、あの子だって勝手に決められたんだから受け入れてあげなきゃと思ってたんだけど、健気に頑張っているのを見てたら可愛くって可愛くって、もう本当の娘みたいな気持ちだわ」
「それはよかった。そうそう、母さん。僕はまだネイリッカが妻だとか結婚とかそういうのは全然分からないし実感がないんだけど、『奥の花嫁』はうちには必要ないと思うんだ」
手を止めて振り返った息子の真剣な顔にユッタはパッと笑顔で答えた。
「それは嬉しいね。ネイリッカちゃんはいい子だし、私はあの『表と奥の花嫁』制度は好きじゃないから、アルがそうしたいなら賛成だよ」
「・・・うん。大人になるまでに気持ちとか好みとか色々変わるものはあるんだろうけど、多分それだけは変わらないと思うんだ。だから、なんかそういう縁談みたいなのが来ても断っといてって父さんにも言っといて」
まあ、ウチみたいなド貧乏領主にそんな話は来ないよね、と二人で笑い合っていたら下から声がした。
「ヴィー、お母さん! 休憩しましょうって皆がおやつを持ってきてくださいました!」
サッラと並んで年相応にはしゃいだ声を上げるネイリッカを見るアルヴィの顔には柔らかい笑みが浮かんでいる。
ユッタはその様子を見て二人の未来が幸せでありますようにと心の中で祈った。
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魔法使いネイリッカ。猫もいるからいける・・・!