番外編2 晴れの日に 前編
その日は朝からスッキリと晴れ上がり、新しい夫婦の誕生を寿いでいた。
エンシオ夫婦は住居のあるメッツァで式を挙げ、その後わざわざヤルヴィまで来てくれて披露宴をするというので、村人達は新夫婦を盛大に祝うべく現在総出で準備を進めていた。
「ヴィー、これを運んでください!」
「アル、これも持っていっておくれ」
ネイリッカとカイにポンポンと渡された料理を左右の手に持ったアルヴィは危なげない足取りで領主館の庭に向かった。
そこは村中のテーブルを集めて各家とっておきのクロスを掛けた披露宴会場となっており、色とりどりの布の上に美味しそうな料理と皆がこの日のために育てた自慢の花が飾られていた。
テーブルクロスも花もそれぞれ持ち寄ったものなので全く統一感がないのに、何故かそれがいい感じに収まって一つの会場になっている様を眺めてアルヴィは笑みを浮かべた。
・・・僕達の時もこんな感じになるのだろうか。ネイリッカの花嫁姿、たまらなく可愛いんだろうなあ・・・
「おーい、アル! こっちも手伝ってくれ」
四年後の自分達の結婚式を想像して幸せに浸っていたアルヴィに会場を設営中の男から手伝い要請が飛んできた。
「はーい、今行くよ!」
それへ大きな声で応え、料理を置いて振り向いたアルヴィの目に、館の裏口からパン山盛りのバスケットが歩いてくるのが映った。
うわ、何であんなに積んでるの!? 待って、あれって・・・
「止まって、リッカ!」
叫ぶとそのバスケットは立ち止まり、ゆっくりと左右に動いた。彼女からはパンの山でアルヴィが見えないらしい。
「呼んでくれれば僕が運んだのに」
大急ぎで駆け寄ってヒョイとネイリッカの手からバスケットを受け取れば、彼女の顔がパッと赤くなった。
可愛い。・・・いや、可愛いのだけど、できれば昔のように飛びついてきて欲しい。
最近のネイリッカは、恋人らしい雰囲気を出すと真っ赤になって逃げてしまう。はじめのうちはそんな反応も物珍しく可愛らしいと愛でていたが、段々と物足りなく寂しくなっていた。
婚約者だからといって構えず気楽に接してくれればいいのに。本音を言えば彼女の方から触れてもらいたい。
アルヴィはパンの入ったバスケットを運びながら後ろをついてくるネイリッカに声を掛けた。
「リッカ、僕といると緊張する?」
「いえっ、そんな・・・でも私最近、変ですよね」
ネイリッカは慌てて否定したものの、直ぐにシュンと落ち込んでしまった。彼女も自分の状態が不自然だと感じてはいるらしい。
「うーん、変というかそれはそれで可愛いのだけど、もう少し僕にくっついてくれたら嬉しいな、と」
「私がヴィーにくっつくのですか!?」
ポンポンと彼女の足元に黄色いタンポポが咲いていく。この現象が起こるのはほとんど彼女が喜びや幸せの感情を抱いている時であるため、この提案が嫌がられていないとわかってアルヴィはホッとした。
「うん、できれば」
「そ、それは、ええと・・・どの」
「おーい、アルヴィ! 早く手伝ってくれー」
どのくらいの、と続けようとしたネイリッカの言葉はあっさりとはね飛ばされた。申し訳なさそうな顔でアルヴィが向こうへ行ってしまった後、彼女の周りのタンポポも綿毛になって空へ舞い上がって行く。
「・・・よし、私もお手伝いに行きましょう!」
空へ旅立つ種達を見送って、自分も頑張らねばと気を取り直したネイリッカは小さくこぶしを握った。
くっつくといっても、どのくらいならいいのか、どうすればいいのか、よくわからないけれどそれがヴィーの望みだというなら私はくっついてみせます!
握ったこぶしを天へと向かって突き上げ、いまだ飛んでいる綿毛とともにネイリッカも走り出した。
■■
・・・ヴィーが、遠い。この状況でくっつくなんて無理だと思う。
あれからずっとアルヴィはあちこちの手伝いで駆けずり回っている。
今日はエンシオの結婚式なので、弟妹のリュリュとサッラは両親とともにメッツァに行っている。ということは、十代の男性はアルヴィだけ。そりゃ、忙しいよね、とネイリッカは自らもあちこちから呼ばれて走りまわりながらため息をついた。
いつもなら相談にのってくれるサッラも今はいないわけで。
「うーん、どうしましょう」
「ネイリッカちゃん。ため息なんてついて、どうしたの?」
声がした方を見上げれば、肩にティクルを乗せたユッタが空になった木箱を山のように両手に抱えて立っていた。目が合うと、ふむ、と首を傾げジーッとネイリッカを眺めて頷いた。
「私で良ければ聞くわよ?」
豪快なユッタに恋の悩み相談。普段なら遠慮するところだが、切羽詰まっていたネイリッカは藁にも縋る思いで打ち明けた。
フンフンと聞いてくれたユッタは肩のティクルと目を見合わせて頷きあう。
「・・・なるほど。私はそういう気持ちになったことがないからよくわからないけれど」
そこで言葉を切ったユッタが遠くを見、ネイリッカはやっぱり、とちょっとがっかりした。そんなネイリッカを見てユッタはクスリと笑って続ける。
「だけど、同じような状態になった人のことはよく知ってるから。私はアルヴィの立場だったからわかるのだけど、きっと相手もどうしていいか考えあぐねてると思うのね。だから、ネイリッカちゃんが嫌でなければ是非くっついてあげて。好きだったら相手に触れたいものよ、遠慮はいらないわ」
本当、オリヴェルったら恋人同士になった途端、恥ずかしがって逃げるんだから。と昔を思い出すように目を細めて青い空を見上げたユッタはネイリッカへ顔の向きを戻すとフンと鼻息を荒くした。
「とはいえ、機会は作るものでもあるのよね。そろそろ花嫁さん達も着くだろうから、私達もとっておきの服に着替えましょうか!」
「お手伝いはもうよろしいのですか!?」
「もうほとんど出来ているから後はオリヴェル達に任せましょ。女性は支度に時間がかかるのよ」
ニコニコと頷いたユッタは、丁度通りがかったオリヴェルに木箱の山をポンと渡し何事か耳打ちすると、私は支度に時間が掛かりませんので、と辞退するネイリッカの背を押して館へ入って行った。
「いってらっしゃーい」
ニコニコと二人を見送った後、オリヴェルは受け取った木箱とその上に飛び乗ってきたティクルの重さに耐えきれず、グシャリとその場に潰れた。
「僕の奥さんは相変わらず力持ちだなあ・・・」
「父さん、大丈夫!?」
気づいたアルヴィが慌てて駆け寄った。
■■
ネイリッカが領主館に入るとそこは女の園になっていて、皆、いつの間にか持参のとっておきの服に着替えていた。着飾りつつも話に花を咲かせていたご婦人達は、ネイリッカが来るとキラリと目を光らせた。
ネイリッカがユッタに教わりながらサッラと一緒に作った白いブラウスにフワッとした黒色のスカートと同色のベストという基本の形に着替えるのを待ちかねたようにご婦人達が寄り集まってきた。
「あらまあ、いいじゃない」
「若いっていいわねー」
「ちょっとちょっと、これ似合うんじゃない?!」
「それならこれも!」
「ここは花でしょ」
「いえ、私が昔もらった王都土産のリボンはどう!?」
「待って、うちに代々伝わるブローチもつけさせてー」
「それは、おたくのお嫁さんにあげなさいよ」
「来るならあげたいけど、そんな予定ないのよー。だからねっ、今だけネイリッカちゃんにつけてほしいの!」
「仕方ないわね」
「あ、ズルい。それならうちの腕輪も!」
「お化粧忘れてるわよ!」
「あっそうだった! ハーイ、ネイリッカちゃん目を閉じてー悪いようにはしないからー」
「ヤダ、お肌ツヤツヤー」
「あっ、横の髪はもう少し高く結いましょ」
「こんな可愛い娘がいてユッタが羨ましいわ」
「おかげで、毎日が楽しくてたまらないの」
よし、完成! という声と共にポイッと扉から庭へ放り出されたネイリッカの前には同じく黒いベストとズボンに着替えたアルヴィが待っていた。
彼は飛び出てきたネイリッカを見て目を丸くした後、全開の笑顔になった。
「ネイリッカ、なんだかキラキラしてて豪華だね。いつも可愛いけど、今日は特別可愛い」
アルヴィの笑顔と褒め言葉が嬉しすぎたネイリッカは、ブワッと一瞬で頭の先から爪先まで真っ赤になった。ここ最近の彼女はここで逃げ出してしまっていたのだが、先程のユッタとの会話が頭をよぎり、グッと踏みとどまった。
・・・逃げちゃダメ。今なら、この状況ならくっつける気がする! 頑張れ、私!
ネイリッカは、熱くなっている手を恐る恐るアルヴィへと差し出し、ギュッと目をつぶったまま叫んだ。
「ヴィー、手を繋ぎましょう!」
「うん!」
アルヴィの弾んだ声とともに手のひらがひやりとした彼の手で優しく包まれた。
ボンボンボンッ
「まー、先月咲き終えた白いアザレアがまた満開になったわ。華やかでいいわねえ」
ユッタのつぶやきに細く開けた扉から覗いていたご婦人方も一斉に頷いた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
アルヴィ、ついに行動にでる。
わくわく結婚式というか、準備の巻。ネイリッカのとっておきの服のイメージは北欧の伝統衣装です。ちなみに白いアザレアの花言葉は「あなたに愛されて幸せ」




