最終話、そうして巨大化は続く
エンシオの操る幌をかけた荷馬車はひたすら荒野の中の細い土の道を走り続けている。
ネイリッカがここを通るのは三度目だ。一度目はオリヴェルとまだ見ぬ新天地への希望を抱いて。二度目はイェッセと絶望とともに。三度目は今、アルヴィ達と喜びに満ちて。
乗り心地は一番悪いけれど、一番幸せな旅だとうたた寝から目覚めたネイリッカは幌内にいる三人を眺めた。サッラとリュリュは肩を寄せ合って眠り、アルヴィは身を乗り出してエンシオと話している。
ふと、これが私の夢だったらどうしよう、本当の自分はまだあの部屋にいたらという恐怖に駆られて思いっきり頬をつねる。
「リッカ、どうしたの?!」
ネイリッカが起きた気配に振り向いたアルヴィが慌てて飛んできた。ネイリッカの赤くなった頬に手を添える。
「ヴィー、痛いです」
「それはそうでしょ。思いっきり抓ってたよね?」
「痛いから、これは夢じゃないんですよね?」
ネイリッカの縋るような声にアルヴィは目を見開き、次いでぎゅうっと抱きしめた。
「夢じゃないよ、大丈夫。僕達はここに居るし、僕は二度とリッカを離さない」
その言葉でネイリッカは安堵の笑みを浮かべ、嬉しそうにぎゅっとアルヴィにしがみついた。そんな二人にサッラとリュリュは寝たフリを決め込み、エンシオは頭を前方に固定した。
しばらくして、ささやかな丘の上に建つ可愛らしい風見鶏が付いた赤い屋根の家が見えてきた。その家の前では大男が畑に鍬を振るっている。
近づいてくる幌馬車に目をやった途端、彼は鍬を放り出し家の中へ駆け込んで行った。直ぐに飛び出してきた彼の両脇にはそれぞれ老人と女性が抱えられていて何事かと驚いている。
「お父さん、お母さん、カイさん!」
御者台に乗り出してネイリッカが叫ぶと、抱えられている二人がハッとしたようにこちらを見た。
「ネイリッカちゃん!」
弾かれたように夫の腕を抜け出したユッタが転がるように丘を下ってくる。ネイリッカはエンシオが馬車を止めるのを待たず飛び降りると
その大きな身体に飛びついた。
「ただいまです、お母さん!」
ユッタと一緒に走ってきたオリヴェルとカイもそれに参加し、馬車の後をぞろぞろついてきていた村人達も周りを取り囲んで喜びの声を上げた。
「ネイリッカちゃん、おかえりなさい」
「ネイリッカの笑顔が見られないのは寂しかったよ」
「ネイリッカ、アレやってー」
「アレですか? 今、出来るか分かりませんが・・・」
幼子にねだられたネイリッカが、力を込めた人差し指で空中に大きな円を描く。
キラキラと光の粉が舞い散り、皆がキレイ、と目を細めたその瞬間、丘の上の畑で爆発音がした。
ボンッボンッボボンッ
恐る恐るそちらを見た皆の目に、小屋ほどの大きさの豆が飛び込んできた。
一瞬、静寂がその場を支配し、次いで大きな笑い声が弾けた。
「こりゃ、すごいな」
「最大記録じゃない?」
「今夜はこれで宴会じゃー」
「豆のさやで船かベッドが作れそうじゃん」
トントンと決まり、その夜領主館では超巨大豆の料理でネイリッカ達の帰還を祝う宴が開かれた。
飲めや歌えや踊れやの大騒ぎの中、アルヴィがオリヴェルに分厚い封書を渡した。
「国王陛下から、父さん宛。街を出る直前に届けられたんだ」
「うん? やたらと分厚いな。なんだろう? ・・・ええと、ああ、陛下は今度のことを受けて譲位をしばらく見送るそうだ。それからイェッセ様がしでかしたことへの詫びと」
ほろ酔いで封を切り中身を一瞥したオリヴェルの目が極限まで開いた。
「私がヤルヴィとメッツァの領主?! そんなの聞いてないよ?!」
「あ、本当だ。きっと詫びのつもりなんだよ。それに父さんは既にメッツァも一緒に管理してるからいいじゃない」
「今は預かってるだけだから、領主となると違うというか・・・」
「くれるものは遠慮なくもらっとこうよ。ええと、これは僕達の結婚通知書・・・じゃなくて婚約証明書?! え、なんで婚約なの?」
「あー、君達はまだ結婚出来る年齢じゃないからね。『表の花嫁』制度がなくなって特例も消えたのさ」
オリヴェルが手元の文書を読みつつ説明し、アルヴィはガクッと頭を下げた。
「ネイリッカは、まだ僕の妻じゃないのか・・・」
「ヴィー! お願いがあるのです、聞いてください!」
賑やかな宴の雰囲気に押されたのか、勢いよく後ろから飛びついてきたネイリッカにアルヴィがくすぐったそうに笑う。
「やあ。ご機嫌だね、ネイリッカ。なあに? 君のお願いごとなら何でも聞くよ」
優しい笑顔で振り向いたアルヴィの横顔をランプの明かりが照らし、息を呑んだネイリッカの頬が茜色に染まった。彼女は彼の胴に巻きつけていた腕をパッと離して後ずさると距離を取って座り直した。
「ええ、急に離れないでよ、淋しいな。それで、聞いて欲しいことって何?」
すかさず間を詰めてネイリッカの両手を取って顔を覗き込むアルヴィ。ネイリッカは全身真っ赤になりながらしどろもどろで答える。
「ええと、あの、エンシオさんが結婚するそうなのですが、花嫁衣装の花が足りないそうなのでアルヴィから頂いたあの花を差し上げてもよろしいでしょうか?」
「えっ?! ええっ! そうなの?! 僕は全く知らなかったんだけど、お相手は誰なの? 父さんは聞いてる?!」
驚いて振り向いたアルヴィにオリヴェルは苦笑しながら頷いた。
「うん、僕は相談されてたからね。照れくさいからギリギリまで誰にも言わないでくれと頼まれていたのだけど、遂に解禁かあ。お相手はメッツァ領主屋敷でメイドをしてる人だそうだよ」
月毎に通うネイリッカや荷を運ぶために頻繁に行き来していて仲良くなったんだって、と続けたオリヴェルにアルヴィとネイリッカはへー、と目を丸くした。
「でもまだ半年以上先の話だから今から種を蒔いて間に合うんじゃないかなあ」
「それが、その・・・赤ちゃんが出来たから急ぐらしくて」
「なんだって?!」
今度はオリヴェルも目が零れ落ちんばかりに驚き飛び上がった。
「ああ、それはめでたいけれど急ぐねえ。うちの納屋に種はあるんだけど・・・」
オリヴェルが言い終わらぬうちにドォンッと爆発音と破壊音が同時に起こり、恐る恐る音の方向を見た彼の目に夜空に咲き誇る巨大な茜色の花と粉々になった納屋が映った。
「も、申し訳ありません! そんなつもりはなかったのですが、本当に何故かヤルヴィだと制御が難しくて」
「あー、いいよいいよ、大丈夫。そろそろ建て替えようかってカイと話してたんだ。解体する手間が省けたよ、ありがとうネイリッカちゃん。それにしても、立派な花が咲いたねえ」
ふわふわと笑うオリヴェルの向こうで村人達も花を指差して手を叩いている。
「リッカ、なんだか力が増してない? それに目的の花だけに加護が効いてるみたいだから、コントロールもできるようになってる?」
「そんな気がします。何故でしょう?」
両方の手のひらを眺めて首を傾げるネイリッカに、アルヴィが笑い声を上げた。
「ふはっ、リッカがヤルヴィだと制御できないくらい加護の力があふれるっていうのが嬉しい。それってリッカにとって、ここが特別ってことだものね」
「はい、私にとってこの土地は特別です。何故なら、初めて任された場所であり、大切な人達がいる場所だからです・・・ここは私の一番大好きな場所です!」
ネイリッカは上気した顔でそう言うと、両手を目一杯広げてくるりと回った。
彼女が回り終えた瞬間、背後で再度ドォンッと音がして三人は顔を見合わせた。
「今度は何が巨大化したのかな」
アルヴィが楽しそうに呟いた。
最終話までお読みくださりありがとうございました。
めでたく婚約者に戻ったところで完結です。
もっと細かいエピソードを入れたらよかったのですが、数年の間、書いては止まりを繰り返していたのでとにかく完結を目指しました。
たくさんの方に読んでいただけて望外の喜びです。




