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12、メッツァに行こう


「すみません! メッツァ領で植物が巨大化しているのですが、『空読み姫』様にお心当たりはございますかっ?!」


 天気がいいので畑の側で昼食を摂っていたヤルヴィ領主一家のもとへ、悲鳴のような声とともに飛び込んできたのは、昨日王子と共にいた壮年の男だった。


 息を切らせて馬から飛び降りた男は、手にパンを持ったままポカンとしている一家の脇に巨大な豆が積まれているのを見て固まった。


「・・・え? これ、豆?! こっちでも巨大化してるんですか? なんでそんなに平然としてるんです?!」

「その豆、大きいけれど美味しいのよ。夕飯に出すから食べて行ったら? ええと、」

「ニコ、と申します。ヤルヴィ領主夫人」

「ではニコさん、私はユッタと呼ばれる方がいいわ」

「は。では、ユッタ様。この巨大な豆はやはり『空読み姫』様のお力によるものですか?」


 ユッタは慣れないので様付も止めてほしいと思ったが、これ以上この件を言い合っていても時間が勿体無いと思い、一旦置いておくことにした。


 ユッタの横ではパンを飲み込んだネイリッカがニコに怒られるのかとビクビクしている。


「そうよ。ネイリッカちゃんの力よ。おかげでヤルヴィはずっと続いていた食料不足から解放されたの」

「しかし、これは規格外過ぎます」

「それは、作物の大きさが? それとも彼女の力が?」

「両方、ですかね」


 ごめんなさい、と謝るネイリッカを気にしなくていいのよーとぎゅうぎゅうに抱きしめて頬ずりするユッタに小さくため息をついたニコがにっこり笑って告げた。


「ヤルヴィの皆様はこの状況にもう慣れておられるのでしょうが、我がメッツァは初めてで大変混乱しております。ということで、『空読み姫』様、今からメッツァに来て頂けますよね。全て揃っておりますので、このまま一緒においでください」


「ええっ今から?!」

「どうせ六日後には来られる予定だった訳ですし。まさか、困っているメッツァの民を放っておいたりはなさいますまい?」

「う・・・ハイ。お父さん、お母さん、ヴィー、行って参ります」

「ちょっと待って! 僕も行く」


 ニコの圧に負けたネイリッカが服の裾を払って立ち上がると同時に、アルヴィが叫んだ。


「貴方が来られる必要はございません」


 即座に冷たく切り捨てたニコをネイリッカが不安そうに見上げる。そんな彼女の背に手を当ててアルヴィが笑顔で言い返す。


「何を言っているのです? うちは巨大野菜の専門家ですよ? それに合わせた農具も開発済みです。それらを持っていって使い方を案内する者が必要でしょう。大体、リッカは巨大化したものを元に戻せませんから、メッツァに必要なのは僕達ヤルヴィの住民の方ですね。だから、とりあえず僕が代表で行きます」


 それを聞いたネイリッカの顔がパッと喜びに輝き、オリヴェルも後押しした。


「アル、うちの農具を持って行くというのはいい考えだ。ニコ殿、直ぐに準備をするから待っていてもらえるかな。まさか、野菜が巨大化したくらいでそこまでの緊急性はないだろう?」


 ヤルヴィの領主に言われればニコも従うしかない。笑顔のユッタに案内されて渋々といった体で館へ入っていった。



■■


「これはこれは、大きい館じゃな。いや、お城かの?」

「エンシオさん、お城はもっともっと大きいです」

「そうなのか?! 俺にゃ、想像もつかんのー」


 アルヴィとネイリッカは荷物が多くなったため、エンシオの荷馬車でメッツァの領主屋敷まで送ってもらった。

 エンシオは荷を下ろしながら何度もそのヤルヴィの領主舘の十倍はある大きな屋敷を仰いで感嘆の声を上げている。その横で荷下ろしを手伝いながら一生懸命お城の大きさを説明しようと両手を一杯に広げているネイリッカにアルヴィは目を細めた。


 無理を通してついてきて正解だった。道中、ネイリッカはアルヴィが一緒に来たことにとても喜んで、エンシオの操る荷馬車の上で楽しそうに周囲の景色を眺めていた。


 どうにかして、僕もここに居られるようにしたいのだけど、イェッセ王子の出方を見るしかないな。

 到着して直ぐ、殿下は他出中でもうじき帰ってくるから中で待ってろと言われたけど、お偉いさんの『もうじき』ってあてにならないよね。とりあえず何かあった時のために、この辺りの様子を頭に入れておこうかな。


 そう考えたアルヴィは周囲を見回し、館の使用人と思しき人々が自分達を遠巻きに眺めていることに気がついた。


「アレが噂の『空読み姫』、様」

「本当に目の色が左右で違うんだ」

「庭の植物が一斉に大きくなったのは、あの子の力なんでしょ? 見た目は可愛らしいけど、なんだか怖いわね」


 一年前の自分やヤルヴィの人達と同じ目で、ネイリッカを値踏みして畏怖している。アルヴィは自分にも覚えがある感情だからこそ、心が痛んだ。


 彼等は『空読み姫』というものの噂だけで、ネイリッカを恐れ決めつけようとしているのだ。自分も同じだったくせに、あの人達によってネイリッカが傷つくことを僕は恐れている。


 ネイリッカにも聞こえているのではないかとチラリと様子を窺ったところ、やはり気づいていたようで彼女も同じ方向を見ていた。

 気にしなくていいと慰めるべきか、悩んだその一瞬で彼女が動いた。


「はじめまして! 私、この度メッツァの『空読み姫』になりましたネイリッカと申します。大変若輩者で至らぬ点が多々ございましょうが、末永くよろしくお願いいたします」


 彼女の話をしていた人々の前へ行くと、ヤルヴィへ初めてきた時のように明るい声で、綿のスカートをつまんでお辞儀をした。


「あ、えと、こちらこそよろしくお願いいたします。あの、『空読み姫』様はどうして植物を大きくしちゃったんですか?」


 挨拶をした途端、その明るい可愛らしさに畏怖の壁が崩れたのか、素朴な疑問をぶつけられてネイリッカが言葉に詰まる。彼女は度々巨大化させているが、まだ原因ははっきりしないのだ。

 

「ええと、その・・・」 

「俺は、『空読み姫』様が加護する土地を好きだからじゃないかと思っとるんだがね。ネイリッカちゃんはヤルヴィやメッツァの地が好きじゃろ? だけん、その気持ちが伝わって植物や作物がどんと大きくなるんじゃねえかと」


 返事に困っていたネイリッカの後ろから、のんびりとエンシオが答えた。


「それは素敵ですね!・・・そっかぁ、『空読み姫』様はメッツァも好きでいてくださっているのですね」


 うふふと笑う女性に、その会話を聞いていた周囲の人々も和んだ雰囲気になった、その時。


「お前達、こんな所で何をしている! 殿下のお戻りだぞ、そんな農夫共はさっさと追い返して殿下をお迎えせんか!」


 例の嫌な男、ヤミの怒声が響き渡った。ネイリッカはビクッと全身を震わせ、そーっと後ろに下がり彼から距離を取った。アルヴィはすかさず側に行って手を繋ぐ。ネイリッカは繋がれた手を握り返しながらアルヴィを見上げて、安堵と嬉しさが入り混じった笑みを浮かべた。


 ・・・ネイリッカは可愛い。間違いなく、僕の中で一番大事な女の子だ。だけど、その気持ちにまだ名前を付けかねている僕がいる。家族愛か恋愛か、はたまたそれ以外か。僕は、一つに決めてしまうのが怖いのかもしれない。


「や、『空読み姫』?! 何故ここに?!」


 ヤミに気づかれたネイリッカが空いていた方の手でも僕の服を掴み、ぎゅっとしがみついてきた。


「ネイリッカが来てるだって?! わ、本当に居る! 来てくれて嬉しい・・・え、なんでアルヴィ殿までいるの?」

 

 ネイリッカと聞いて飛び出してきたイェッセが、アルヴィにしがみつくネイリッカを見て固まった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ニコさんは割と腹黒い

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