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11、アルヴィ、考える

 

 イェッセは、幼い頃からじっくりと二人の仲を深めてきたと思っていたのは、自分だけだったことにようやく気がついた。

 たった一年離れている間に、ネイリッカとアルヴィはこんなに親しく家族のようになってしまっていた。その場所はイェッセが喉から手が出るほど欲しかったものだ。


「ヤルヴィに一番近い街に君のための屋敷を建てよう。そこからなら頻繁にこちらへ来ることができると思う。それなら、どうかな?」


 勝敗は既に決まっているのかもしれない。それでも、まだ足掻いてみたかった。彼等の間に恋愛感情が滲む前なら、奇跡が起こるかもしれなかった。


 イェッセの提案はネイリッカの心を僅かに動かしたらしい。


「確かに両方の土地を巡る方がいいですから、そこに住まいがあるのはありがたいです。ですが、お父さん達と一緒に暮らせなくなるのは寂しいです・・・我儘を言ってはいけないと承知してはいますが・・・」


 辛そうな表情で俯くネイリッカにイェッセの心は折れそうになった。


「では、『空読み姫』様がひと月ごとに住む場所を変えるというのはいかがですか? メッツァの領主屋敷もここからそこまで遠くないですし、月替りでも加護を授ける双方の土地に住むほうが宜しいかと思いますので」


 イェッセに助け舟を出したのはヤミを外へ連れ出して戻ってきた壮年の男だった。

 アルヴィは彼の案を聞いて直ぐさま反対しようと口を開きかけたが、イェッセの方が早かった。


「それは良い案だ。ネイリッカはどう思う?」

「私は、皆様がそれでよろしければそのやり方で構いません」


 言いながらネイリッカはアルヴィとオリヴェルを交互に見た。メッツァ側は賛成しているので、彼女の言う『皆様』とはアルヴィ達ヤルヴィ側のことであるのは明白だった。


 アルヴィは反対したかった。メッツァでもネイリッカが大事にされるであろうことは分かっている。だけど、ここよりもうんと裕福な生活をひと月も送れば彼女は帰ってこなくなるのではないか、チラリとそんな考えが頭をよぎってしまったのだ。

 ネイリッカは富で人を測らないと分かっていても、相手が王子で彼女にあからさまな好意を抱いていると不安になる。アルヴィ自身の彼女への気持ちはまだ形になっていないのに、イェッセは明確な彼女への想いを携えて彼女を手に入れるためにここにやってきていた。

 アルヴィにはそれを阻止するだけの強い想いがまだないというのに。


「・・・『空読み姫』様がそれで良いと仰るのであれば、こちらに否やはございません」


 突然、承諾の返事が聞こえて、アルヴィは急いでネイリッカの向こうを窺った。いつの間にか正気に戻った父のオリヴェルが無表情で返事をしていた。



 その後、トントンと話は進みネイリッカは月が変わる一週間後からメッツァの領主屋敷へ行くことになった。


 イェッセは例の契約を終えると、君の部屋を整えておくからねとネイリッカに手を振り、嬉しそうに帰って行った。


 彼等を見送った後、アルヴィは館には戻らず、なんだかモヤモヤする気持ちを持て余して畑の横を歩いていた。


「アル、あいつら帰ったのか? どうなったんだ? まさか、ネイリッカを取られたんじゃないだろうな?!」

「半分、取られた。僕は、本当はどうしたかったんだと思う?」

「半分ってどういうことだ?! まさか、『空読み姫』は分割可能なのか?」


 近くで様子を窺っていたのか飛んできたリュリュにモヤモヤをぶちまける。


「力の分割は可能っぽいよ。いや、分割ではなくて加護の範囲を拡大する感じなのかな? ・・・それで、彼女はひと月交代でうちとメッツァに住むことになったんだ。ねえ、リュリュ。ネイリッカはあの人のほうが好きなのかな? 僕のところに戻ってきてくれるかな?」


「ひと月交代なんだから戻ってくるだろ?」

「そうじゃないでしょ?! ネイリッカの気持ちがあの王子様に行っちゃったら最後、ヤルヴィには戻って来ないわよ!」


 ダン、と足を踏み鳴らしてサッラが会話に飛び込んできた。


「あー、アイツ、ネイリッカのこと離しそうにないもんな。で、いつ向こうに行くって?」

「一週間後」

「「ヤバいじゃん!」」


 二人の声が揃った。呑気にしていたリュリュも急展開に動揺している。


「なんでそんなことになったんだよ?!」

「知らないよ! 向こうがいきなり提案してきて、僕は反対したかったけどネイリッカは良いって言って父さんがそれならって承諾しちゃったんだよ。・・・僕が大人で領主だったら、こんな事にならなかったのかなあ」


 その場にしゃがみこんだアルヴィの両横にリュリュとサッラも同様に並んだ。


「そうだなあ、今は結婚してるっていっても紙の上だけだもんな。あの王子に勝てる要素がないな・・・」


 落ち込む男二人の背をサッラがバシバシ叩いて励ました。


「何言ってるの、ネイリッカはアルの方が好きなのよ。見てればわかるでしょ?! あの王子にはこれっぽっちもときめいてなかったわ」


 こぶしを握って力説するサッラにアルヴィはつまらなさそうに返した。


「ネイリッカは僕のことを兄のように思ってるだけだよ」 

「兄に頭を撫でられて赤くはならないわよ、気持ち悪い」


 心当たりがあったのか、アルヴィの動きが止まる。


「だけど、ネイリッカはまだ十一歳で・・・」

「恋するのに年齢なんて関係ないわよ。私なんてアルに会った時に恋に落ちたんだから」

「僕、サッラが生まれた時に見に行ったけど」

「もちろん、その時からよ! ・・・まあ、今はもう違うけど」

「そうなのか?」

「うん。だって、アルはネイリッカが好きなんだもの。私、両想いの二人の間に割って入ったりしないわ。隣町に格好いい人を見つけたし、イェッセ様でもいいし」

「でもいいってひでえな、サッラ」

「恋をしたことがない兄ちゃんは黙ってて」


 有無を言わさず兄を黙らせたサッラの横で、アルヴィは首をひねっていた。


「・・・僕が、ネイリッカを好き? そりゃ、家族としては好きだけど」

「じゃあ、嫁に出すつもりでイェッセ様のところに行かせればいいじゃない。メッツァはこの辺では一番豊かでイェッセ様は格好良い上に、ネイリッカのことが大好きで大事にしてくれそうだし、こんなにいいお相手はいないわよ。ネイリッカの家族ならそう思うはずでしょ?」

「だけど、ネイリッカは僕の妻なんだから」

「それよ!」


 いきなりサッラが声を大きくし、アルヴィとリュリュは飛び上がった。


「アルは、ネイリッカを妹か妻かどっちかはっきりさせたほうがいいと思うのよね」

「そんなこと言われても、彼女はまだ子供だから考えられないよ」

「ネイリッカが王子様に取られちゃったらどうするのよ?!」


 アルの眉間にシワが寄った。彼がどう答えるか、リュリュとサッラの目が期待に輝いている。


 その時、後ろからサクサクッと草を踏む音がした。


「ヴィー、ここでしたか! そろそろご飯ですよ。あ、サッラとリュリュ、お母さんがお魚をとても喜んでいました、ありがとうございます」


「ネイリッカ!」

「いいところだったのにー」

「・・・? お邪魔してしまいましたか? では先に戻っていますね」


 サッラの口調にその場の微妙な空気を察したネイリッカは、すまなさそうな顔になって背を向けた。


「リッカ、お邪魔じゃないよ、いいところに来てくれた。一緒に帰ろう」


 立ち上がったアルヴィが、その背に穏やかに声を掛けて手を差し出す。振り返ったネイリッカは嬉しそうにその手を握って笑った。

 彼女に優しく微笑み返したアルヴィは、サッラ達へ一瞬だけ視線をくれて、言い捨てた。


「僕は、なんであれネイリッカが大事だから彼女の気持ちを尊重する」

「ヴィー? 何の話ですか・・・?」

「うん、僕はリッカが好きだよって話」


 ぼんっと火を吹くように赤くなって慌てたネイリッカの周りで畑の作物がすごい勢いで成長し、巨大化した。だが、もう誰も驚かない。


 明日は一年ぶりの巨大豆の収穫だね、とネイリッカの手を引いて館に帰っていくアルヴィを見送って二人は、顔を見合わせた。


「ねえ、アレってどういう意味?」

「いや、保留ってことじゃねえの?」

「ええ、どう見ても恋愛じゃないの?」

「だから、俺にはわからねえって」

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ネイリッカ、二重生活

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