アニオタが嫌いなクラスメイト女子が登山やソロキャンや釣りや楽器にハマっているようです
「楓華ギター買ったの!?」
「マジ!?」
「うん。思い切って買っちゃった」
「前から欲しいって言ってたもんね~」
教室でスマホを見ていたら、クラスの女子達の会話が聞こえて来た。
その中心に立っている女子、榎本 楓花さんはモデル体型の背が高い美人さんで、クラスカーストの頂点に位置する女子だ。とてつもない美貌の持ち主で男子からの人気が高いけれど、残念ながら彼女は激しい選り好みをするから多くの男子達にとって高嶺の花で触れる事すら許されない。
特にアニメや漫画が好きなオタク男子が大っ嫌いで、彼女と彼女の友人達に近づこうものなら物凄い剣幕で威嚇される程。
「楓花が弾くとこ見てみた~い」
「絶対格好良いよね」
「あはは、まだ練習中だからダメ。弾けるようになったらね」
仮に彼女が学園祭とかでギターの腕を披露することになったとして、ボク達アニオタは見たらダメだって追い出されるんだろうな。
「ちょっと! 今盗み聞きしてたでしょ!」
「そういうの止めてよね」
「マジキモイ」
「ご……ごめん」
そうそう、あんな感じで彼女達に理不尽に迫害されるんだ。
偶然通りがかっただけなのに可哀想に。僕達アニオタは近づいちゃダメなのが鉄則だけど高橋君は油断しちゃったみたい。
「あんなのと一緒のクラスだなんて最悪」
「キモオタは隔離して欲しいよね、楓花」
「う、うん。そうだね」
それはこっちの台詞だよ。
そっちの方が平穏な高校生活を送れるもん。
最近は女子でもアニメが好きな人が増えてるっていうのに、どうしてこのクラスにはアンチアニオタ女子が集まってしまったんだ。運が悪すぎる。気軽に教室でアニメの話をすることすら出来ない。
「そ、それより皆、次の休みに高尾山に行かない?」
「高尾山?」
「そういえば楓花って登山も趣味だったっけか」
「他にも色々やってたよね」
「釣りもやってたし、バイクも乗ってみたいって言ってた気がする」
「すっごい多趣味」
「人生満喫してるって感じがして良いなぁ」
「あ、あはは。そうかな?」
登山に釣りにバイクか。
あれ、そのラインナップってどこかで聞いたことがあるような。
気のせいかな。
「ごめ~ん。次の休みはデートなの」
「あたしもライブが入ってる」
「私も無理だ。せっかく誘ってくれたのに本当にごめん」
「ううん気にしないで。いきなり誘ったのが悪かったから」
せっかくギターを買ったのに練習しないで高尾山に登るんだ。
多趣味だから時間が足りないって感じなのかな。
そんなことを考えていたらスマホにメッセージが届いた。
『羨ましいよなぁ』
クラスのオタ友男子からだ。
女子に目をつけられないように、オタク話はこうしてスマホを通じてやっている。
同じ教室内にいるのにどうしてこうなった。
『ギターのこと?』
『そうそう。登山とか釣りもやってるんだろ。俺もやりたいけど小遣いだけじゃ全然足りねぇ』
道具を揃えるのにかなりお金がかかるから高校生にはきつい趣味だ。
でもそういう趣味をテーマにしたアニメが多いからアニオタ的には手を出したくなってしまう苦しみ。
ってそうだ、さっき気になったことが分かった。
『そういえば榎本さんの趣味って僕らのと被ってるよね。まさかアニオタだったりして』
『あんなに毛嫌いしてるのに内心は大好きでしたってか。ないない』
『だよね~』
榎本さんの趣味のギター、登山、釣りはここ数年でアニメで取り上げられたテーマだ。乗りたがっていたバイクもそう。まるでアニオタがブームに乗せられて手を出したかのような感じで気になったんだ。流石に偶然か。
『はぁ……金が欲しい』
『両親アニオタ化計画はどうなったのさ』
両親に自分と同じアニメを好きになって貰って道具を買ってもらう作戦だ。
『大撃沈。全然ハマってくれなかった」
『なむなむ』
『北斗のとこは良いよな。羨ましいぜ』
『また今度誘うよ』
『サンキュな』
我が家は両親もアニオタで流行の物には全力でのっかるタイプ。
そしてアニメにハマる前から多趣味だから流行った物に対する知識が元からあるんだ。
おかげで道具は全部両親が持っていて自分で買う必要が無くて、足りなくても追加で買ってくれて、しかも色々と教えてくれる最高の環境。
来週末には大流行したキャンプアニメに影響されてキャンプしに行くんだ。
「それでさ、かれぴったら酷いんだよ!」
いつの間にか榎本さんグループは趣味の話を終えていた。
友達の恋愛話を聞いている楓花さんはいつも通り綺麗な笑顔だけれど、どことなくつまらなそうに見えるのは気のせいだろうか。
――――――――
「輝、お湯沸いたぞ」
「は~い」
輝というのは僕の名前だ。
北斗 輝。昔の有名な漫画を参考に付けたらしい。
父さんに呼ばれて沸いたお湯を受け取りインスタントコーヒーを用意する。僕は苦いのが苦手だからミルクと砂糖マシマシだ。
そして背もたれのあるレジャーチェアに座って緑豊かな大自然を眺めながらソレを口に含む。
「どうだ。自然の中で飲むコーヒーは旨いだろ」
「ほんとだ。不思議だね」
ポカポカ陽気の元で心地良いそよ風を肌に感じ、澄み渡る空気を吸いながら口にしたあま~いコーヒーは、これまで飲んだことがないくらい格別な味がした、気がする。
これがキャンプマジックなのだろうか。
唯一残念なのは人が多くて想像していたよりも騒々しいことかな。
少し離れたところで大学生っぽいグループが大声ではしゃいでいるのが気になる。
「アニメが人気になっただけでここまで人が増えるもんなのか」
「前はこんなんじゃなかったの?」
「父さんがここでキャンプしてた時はガラガラだったぞ。潰れないか心配だったくらいだ」
「へぇ~そうなんだ」
どの方向を見ても人が沢山目に入る今の姿からは想像出来ないや。
「他の所はもっと大混雑らしいし、このくらいなら我慢しないとな」
あまりにも人が多すぎてトラブルが多いなんて話をネットで聞いたことがある。
特にアニメで取り上げられたキャンプ場はヤバイらしい。
その点ここはアニメとは関係無いし、有名なところじゃない穴場だからか、混雑と言える程には人は多くない。
「その辺を散歩してくるね」
「おう、父さん達はここで休んでる」
母さんが椅子に座って寝ているので父さんは離れられないから僕一人で散策してこよう。
「ん~やっぱり空気が気持ち良い」
僕が普段住んでいるところの空気が悪いというわけではないけれど、山の中のキャンプ場だと思うとそれだけで澄んでいると思っちゃうよね。僕は鈍いから多分普段と同じ空気だったとしても気付かないと思う。こういうのは思い込んだもの勝ちだからそれで良いのさ。
僕ら以外の家族連れも沢山いるみたい。
さっきの大学生達と違って子供達がはしゃぐ声はあまり気にならないのは何でだろう。
なんて思いながらのんびりと散策していた時の事。
「ねぇねぇ、君一人?」
「俺達が色々と教えてあげようか?」
下心満載の男の声が聞こえて来た。
周囲を確認すると、キャンプ場の隅の方に建てられたテントのところに男性三人が集まっていた。男性達が陰になっていてはっきりとは見えないけれど、その向こうに女性が一人いるらしい。
そういえばナンパ紛いのトラブルが多発しているから注意ってキャンプ場の入り口にも書いてあったっけか。まさにそのトラブルの現場に立ち会っちゃったってところらしい。
「あの、結構ですから」
「そんなこと言わないでさ」
「一人より皆と一緒の方が楽しいぜ」
「ひいっ!」
これはまずい流れだよね。
このままスルーなんて出来る訳もなく、仕方なく彼らの元へと向かった。
少し怖いけれど、近づいて大声でも出せば彼らも諦めるだろう。
そう思って何を叫ぼうか考えていたら、思わぬものを目撃してびっくりしちゃった。
「榎本さん?」
「え?」
男達に絡まれていたのは、あの榎本さんだったんだ。
「あぁ?」
「なんだこのガキ」
「どっか行ってろ」
お邪魔虫がやってきたことで露骨に機嫌が悪くなる男達。
酒臭っ!
昼間っから相当飲んでるなこれ。
一方で榎本さんは見るからに怯えていた。
僕みたいなアニオタに助けられるなんて屈辱かも知れないけれど我慢してね。
「その子、僕の知り合いだから絡むの止めてくれない?」
「うっせぇな」
「ガキの癖に」
「さっさと消えないとぶん殴るぞ!」
そう言われて消えるくらいだったら最初から顔を突っ込んでないよ。
「子供相手に三人がかりじゃなきゃイキれない人達なんて怖くもなんともないよ」
嘘です。
超怖いです。
でもほら、美人の女子に見られてるって思うと見栄張りたくなっちゃうじゃん。
たとえそれが嫌われてる相手でもさ。
「てめぇ!」
「覚悟出来てんだろうな!」
「ぶっ殺す!」
うわぁ怖い怖い。
このままじゃ骨の一本や二本折られちゃうかも。
だからそうなる前にお願いします。
「何やってんだ!」
こっちに向かってお父さんが走って来てくれた。
念のために事前に連絡してあったんだ。
キャンプに来ている父さんの知り合いの男性やキャンプ場の人達も父さんの後ろから次々と走って来てくれている。こうなることが分かっていたから僕はイキりムーブで格好つけることが出来たんだ。
でもそれでも怖かったぁ。
「ちっ」
「やべぇ逃げろ!」
「覚えてろよ!」
覚えてるも何も捕まるんだけどね。
だって駐車場の車さえ押さえてしまえばこんな山奥で逃げられるわけがないもん。
「輝、良くやった」
「来てくれてありがとう。僕はここに残るからあっちをお願い」
「おう。後で母さんも来るからそのままそこで待ってろ」
「分かった」
父さんは奴らを追って走って行ってしまった。
残った僕がやることは決まっている。
榎本さんを安心させてあげないと。
「榎本さん、大丈夫」
「…………」
「榎本さん?」
あまりの恐怖で言葉も出ないのだろうか。
それにしては青褪めてるどころか血色がとても良いような気がする。
「あ、あの、ありが、とう」
「どう致しまして」
目を逸らされてしまった。
やっぱり僕なんかに助けられたことが嫌だったのかな。
「助けに来たのが僕じゃなかったら良かったのにね。ごめんね」
「そんなことない!」
「え?」
あれ、嫌がられてたわけじゃないのか。
「とっても格好良かった!北斗君が助けてくれて本当に嬉しかった!」
「そ、そう……」
そんなにはっきりと言われると照れちゃうな。
自分でも少しイキりすぎたかなって思ってたからより恥ずかしいや。
「とにかく榎本さんが無事で良かった」
「本当にありがとう」
「一緒に来ている人にも連絡しないとね。近くにいるのかな」
「…………」
「榎本さん?」
また目を逸らされちゃった。
しかも今回のは何かを誤魔化すような雰囲気だぞ。
まさか。
「ソロキャンなの?」
彼女のキャンプ風景を改めて確認すると全て一人用の物だった。
「…………うん」
「うわぁマジかぁ。危ない事するなぁ」
アニメだと女子高生がソロでキャンプしている描写があるけれど、実際は危険が沢山だ。
しかも今はキャンプブームなのもあって女性を狙った男達が来るようになっているらしいし推奨出来ない。
「よくご両親が許可したね」
教室での会話から察するに、榎本さんの両親は彼女を溺愛しているらしい。
高い物を色々と手に入れられるのも、倫理的に問題のあるバイトをしているからじゃなくて、単に両親が何でも買い与えてしまうからだそうだ。
そんなご両親が、いくら娘の頼みだからって一人でキャンプをさせるだろうか。
「…………」
「え、まさか黙って来たの?」
それは大問題でしょ。
バレたら止められると分かってたから黙ってソロキャンとか危険すぎる。
もしさっきの男達に連れ去られでもしたら榎本さんの人生終わってたかもしれないんだよ。
「お願い! パパとママには言わないで!」
高校生にもなってパパとママ呼びなんですかそうですか。
ってそれはどうでも良くて。
「ダ~メ」
「そこをなんとか!」
「反省してないでしょ」
「う゛う゛う゛う゛」
涙目になって訴えて来てもダメなものはダメ。
「ちゃんと叱られなさい」
「北斗君のばか」
「ばかで結構、どうせ元から嫌われてるから気にならないしね」
「元から嫌ってないよ!」
「え?」
そんな馬鹿な。
僕は直接榎本さんに罵声を浴びせられたことは無いけれど、彼女達の近くを通ろうとした時に嫌そうな顔で見られたことは何度もあるよ。間違いなく僕もアニオタとして認識して嫌悪しているはずなのに。
「だって私……!」
「?」
そういうと彼女はチラチラと自分のキャンプ道具に目をやった。
アレが一体何だって……え、アレは!?
「ま、まさか……榎本さんって!?」
彼女の視線の先をしっかりと確認すると、そこにはあるステッカーが貼られていた。
そう、昨今のキャンプブームを作り出したアニメのキャラクターのステッカーが。
「アニオタだったなんて……」
彼女の多趣味とアニメの内容が被っていたのは偶然だと思っていたのに、まさかアニメに影響されていただなんて。
「もしかしてギターとか登山とか釣りとかバイクも?」
「…………うん」
「マジかぁ」
手当たり次第に手を出しちゃうとか、かなり影響されやすいアニオタじゃないか。
「でもじゃあなんで学校だとアニオタが嫌いなんて言ってるの?」
むしろ好きだって公言してた方が色々な話が出来るだろうに。
「…………北斗君は、山田君って知ってる? 中学の頃から有名なアニメが好きな男の子」
「うん知ってるよ」
山田なんて名字はありふれているけれど、アニメ好きで同じ中学出身で有名な男子って言ったら一人しか思いつかない。
小太りで不潔な感じがする見た目の山田君だよね。
男子から見ても近寄りがたい『汚さ』を感じる男子だ。
「中学の頃、山田君に触れそうになった時に『近寄らないで』って叫んじゃったの」
「あ~山田君なら仕方ないね」
思春期の女子があそこまで汚らしい感じのする男子に触りたくないのも自然な感情だろう。
「そうしたら友達の女子が集まって来て揃って山田君を批難しはじめて」
「まさか」
「これだからアニオタは気持ち悪い、だなんて流れになっちゃったの」
「それで榎本さんはアニオタ嫌いの筆頭みたいに思われちゃったと」
つまり榎本さんは本当はアニオタに対して嫌悪感なんて抱いて無かったんだ。
「後で訂正すれば良かったのに」
「それが出来れば苦労しないよ! 女子の世界って怖いんだからね!」
「でも本心じゃないなら辛かったんじゃない?」
嫌ってない相手を嫌っていると言い続けなければならないのは僕だったら耐えられない。
「そうなの……だからそういう話にならないように話題に出さないようにしたかったのに、友達が面白がってアニメ好きの男子を積極的に叩くようになっちゃって。やんわりと止めるように言っても『榎本さんは優しいんだね。でもあんな害悪な連中に遠慮しなくて良いんだよ』なんて聞く耳もたないし。だからって強引に止めたり本当のことを言ったらこれまでの皆を否定することになるから機嫌損ねて私が攻撃されちゃうし。どうしたら良いか分からないの……」
めっちゃ早口じゃん。
相当溜まってたのだろう。
それにしても、女子の世界ってかなり面倒臭いんだな。
「私って本当は陰キャなアニオタなのに! 馬鹿にする資格なんて無いのに!」
「その見た目で陰キャは無いでしょ」
「好きでこうなったんじゃないもん! 友達がそういう扱いしてくるから頑張ったんだもん」
「へぇ、美人モデルさんみたいな見た目は努力の結晶だったんだね」
「ほんと頑張ったんだから……え、美人モデル?」
そのせいで外面と内面がズレちゃったんだね。
でも綺麗になれたんだからそれだけは良かったのかも。
「あ、あの、今私の事美人って……」
「輝、お待たせ」
「お母さん」
ようやくお母さんがやってきた。
やけに時間がかかったけれど、もしかしたら僕らの会話が弾んでいたから待ってくれてたのかも。
「それじゃあ榎本さん。僕らの方においで」
「え?」
「ご家族が迎えに来るまでの間だけど、少しだけキャンプしよう」
このままキャンプが怖いものって印象だけで終わっちゃうのは悲しいもんね。
「あ……ありがとう!」
彼女の本当の姿を知ったからか、その笑顔はとても眩しく見えた。
――――――――
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
お父さんもお母さんも、僕に榎本さんをもてなせって言って少し離れたところで休んでる。
そんな風に気を使わなくても良いのに。
彼女が紅茶を持っていたからそれを入れてあげただけなんだけど、喜んでくれたようで良かった。
「北斗君のお家はキャンプが好きなの?」
「キャンプだけじゃないよ」
両親が自分と同じアニオタかつ多趣味で、アニメで話題になった趣味は大抵経験させてもらえることを説明した。
「羨ましい!」
「榎本さんのご両親はアニメ好きじゃないの?」
「興味が無いみたい。何でも買ってくれるのは嬉しいけれど話が出来ないのが寂しくて」
学校で友達とアニメについて話をすることも出来ないし、家でもダメで困ってたってわけか。
「ねぇ北斗君」
「何?」
「図々しい話だとは思うんだけど……」
「うん」
「私とオタ友に……やっぱり何でもない!」
「別に良いよ」
要はそういう話がしたいってことでしょ。
学校では今まで通りアニオタ嫌いで通さなきゃダメだろうから、LI〇Eとかで会話するってことになると思う。僕も楽しいから何も問題は無いよ。
「ううん、やっぱりダメ」
「何で?」
「だって……あう……」
「?」
僕に迷惑がかかるとか思ってるのかな。
それともこれまでアニオタを差別してきたことに負い目があるとか。
「友達より……恋人が良い……」
「…………え?」
聞き間違え、じゃないよね。
僕なんて何のとりえもない男子だよ。
「もしかしてさっき助けたから?」
「う、うん。格好良かった。ヒロインになったような気分だった。私ってチョロインだったみたい」
「そ、そう……」
うわぁまさかこんな展開になるなんて。
父さんと母さんが向こうでニヤニヤしてる。
この距離なら聞こえて無いはずなのに雰囲気で察しないでよ!
「ど、どう……かな……?」
「本当に僕で良いの?」
「うん。むしろ私じゃダメ……だよね」
「そんなことないよ。榎本さんみたいに綺麗な人と付き合えるなんて嬉しいよ」
「はう」
僕が榎本さんに相応しいかどうかの方が不安なんだって。
でもそれを理由に断るのは流石に憶病すぎるよね。
「これからよろしくね」
「あ……うん!」
今までの美人な感じは演技で、こっちの柔らかい表情の方が素なんだ。
こんな可愛らしい笑顔を見せられたら僕、のめり込んじゃいそうで怖い。
「嬉しい……本当に嬉しい。私、好きな人と趣味の話をするのが夢だったから」
「それじゃあその夢を叶える……のはもう少し後になるかな」
「え?」
残念ながら甘い時間はもう終わり。
彼女にはこれから試練が待っているのだから。
「そうだな。これからパパとママとたっぷりお話しする時間が待ってるからな」
「あ……」
相当急いだんだろうね。
榎本さんのお父さんがもう来ちゃった。
そして僕を超睨んでる。
怖い!
「娘を助けてくれたことには感謝している。だが娘はやらん!」
「パパ!」
「娘が欲しければぐはぁっ!」
「その話は後でね」
「ママ!」
榎本さんのお母さんがやってきてお父さんをボディーブローでダウンさせちゃった。
もっと怖い!
「北斗さん。この度はありがとうございました。楽しいキャンプを邪魔するのも悪いですので、お礼はまた後程。それとよければ娘とは今後とも仲良くしてくださいね」
「は、はい!」
「さあ、帰るわよ」
お母さんも相当怒ってるんだろうな。
僕への言葉はとても優しいのに、榎本さんへの言葉のニュアンスが超怖い。
「北斗君、助けて……」
「たっぷり叱って下さいね」
「いやああああああああ!」
これから僕はあの家族と関わることになるかもしれないんだよね。
上手くやれるか心配だよ。
――――――――
ちょっとした後日談。
「輝君! ご飯食べよう!」
「楓花さん」
榎本さん改め、僕の彼女の楓花さんは学校で僕達の関係を隠さないと勇気を出した。
「まさか楓花がアニオタ男子と付き合うだなんて」
「びっくりしたよね」
最初の頃は驚いていた友達も、僕が楓花さんを助けた話を楓花さんがとても大袈裟に恋する表情で言うものだから認めざるを得なかったらしい。
それでも最初の頃は難色を示す友達も居たので、ちょっとした一芝居を打つことにしたんだ。
『うひひ、君が榎本さん?』
『ひいっ! 近寄らないで!』
実は山田君は僕の友達で、彼に頼んで楓花さんに再び拒絶されてもらったんだ。
僕が特別なだけでアニオタ男子は変わらず気持ち悪い。
ひとまずこういう設定にすることで、これまでアニオタ男子を嫌って来たことを否定しないことで友達を安心させたんだ。ここから徐々に『特別』な相手を増やして友達の感性を変えようっていうのが僕達の作戦だ。
でもこのやり方だと、山田君が可哀想じゃないかって?
そんなことはないよ。
山田君は女子に嫌われるために敢えて不潔な格好をしているんだ。
詰られたり嫌われるのが気持ち良いんだってさ。
だから大喜びで礼を言って来たよ。
僕には分からない世界だ。
楓花さんは毎日とても楽しそうに僕に話かけてくる。
でも楓花さんが実はアニオタだってことは流石に秘密にしている。公開出来る訳が無い。
「輝君、今度一緒に登山しよう」
「う、うん」
でも彼女は割とポンコツなようで、浮かれて油断していることもありポロっと口を滑らしてバレてしまいそうでちょっと怖い。
僕が彼氏としてしっかりとリードしてあげないとね。
なんて格好つけたことを考えてしまうのは僕も浮かれている証拠だろう。
だって仕方ないじゃないか、美人で可愛くて趣味が同じな女子が彼女になって本気で慕ってくれるなんていう、夢みたいな状況なのだから。