第6部 リオと……行商人
転入歴元年八月
*)残されたリオと……行商人
いざ袋に何も無いと理解したリオは、ひとしきり俺を叩いてママを帰せと泣いていた。それで疲れたのか諦めたのかは分からないが、その後は床にへたり込んでしまった。肉とかを与えて食べさせてくれたのは父親のはずだが、リオはその父親の事は何も言わないから毛嫌いしていたかと疑問に思う。
「母を返せとは言わないのか。」
「うん、ママはモノじゃないから。」
「だな、」
昨日の強がりは嘘かよ!
俺は広くもないこの家の中を丁寧に視線を送って考えてみるも、テーブルには酒瓶の類いは無かった。親父が飲んべ~だったとは考えられない、第一にこんな辺境に酒が飲める程に買い込める事は不可能だろう。
酒類は無いはず!
次は食器類だ。木の器が主流なのか金属の器が高いのかは判らないが、どれもこれも使い古された物ばかりだった。服は作業用を主に壁に下げられていたが、よそ行きなんてものの服は必要ないだろう。
家具に至っては籠がその代用らしくて服や食器類は勿論のこと、食材すらも籠の中に放り込まれていた。干からびた野菜も丁寧に蔓で括られていて、その束ねられた物には半分ほどにだが布きれが被されていた。やはり少ない食材を大事にしていたと思われる。
お風呂なんてものは無い、バケツの水で身体を拭くだけのようだった。気温も高くなくて湿度が低ければ風呂なんて必要は感じない。
窓は南北に一つずつあるだけで内側から木の棒で支えをする、至って簡単な作りの窓だ。明かり取りというよりは通気性を考慮されたものか。煙突は思いのほか常備されていた。初期の中世ヨーロッパは煙突が無かったから、それに比較したならば優秀だと思える。瓦も利用されているのもそうだ。
で、ベッドだが二つが置いてあって夫婦用と子供用なのかは判らない。隙間を無くして並んでいるからきっと親子三人で川の字になって寝ていただろう。
「子供は邪魔だろう……いやそれは邪推かもしれない。」
俺は昨日の婦人しか見ていない、この事に疑問を持たなかったようだ。
「どうかしら、家には何も無いのが理解出来たかな!」
これは俺がこの部屋を探るように見つめていた視線で、俺が考えていた事を邪推したのだろう。男の考える事は女の勘で直ぐに見抜かれてしまう。口元をほんの僅かでも綻ばせていたら、女房から邪推の念が込められた質問が飛んでくる。
「お前も女なんだな。」
「そうよ、悪い?」
「いやな、リオと言う名前だが普通は男に付ける名前だと思っていたんだ。意味は皇帝や王様という意味なんだが、いったい誰に名前を付けて貰った。」
「名前の意味が王様?……知らな~い。」
自分の名前の事を訊いたというのに何と他人行儀な返事が返ってきた。名前の意味すらも興味がないとみえるのはどう考えてもおかしい。
「もう泣かなくてもいいのか、」
「いいわよ、役にも立たない親なんか居なくなって清々したわ。」
「その清々した処に申し訳ないが今後の生活はどうする気だ。俺が殺して喰ったとか言われたら心外だからな。」
「……………………。」
「俺は直ぐにでも逃げて次の街に向けて発つつもりだが……あ、連れては行かないぞ。」
「……………………。」
将棋の長考である、親の死の事象が身に降りかかるから分からないのかな。十歳かそこらの娘が考えても答えは俺に向けられるのは必定……逃げるに越した事はない。三十六計の逃げるに如かず……だ。
戦わずして逃げるのは最高の計略だろう。でも二回戦があるとしたら? どうなんだろうか。
「家の物を全部売ってしまう……。」
「お前……それでいいのか?」
「うん、牛は連れて村から出て行く。」
「ま~餌代は必要無いとしても、食い物はどうする。」
「お兄ちゃん……。」
「わっ、やっぱりこうなるのか。俺はエサじゃね~よ。」
「そうだね、私、お兄ちゃんに付いていく!」
雨も上がった所為か、遠くで親子と思われる声が聞こえてきた。他にも子供が居た事に驚いたが、こんな限界集落において子供は一人、いや二人も居れば良い方だろう。
「リオ、この村には子供が何人くらい居るのかな。」
「そうね~……十人はいるわ。でも私が一番年上のような気がする。」
「あり得ね~何でだ。」
「赤ん坊がね、荷馬車で運ばれて来るんだよ、知らないの?」
「コウノトリ……? まさかね、」
「鳥?」
「いや赤ん坊はコウノトリが運んでくるという迷信さ、それでリオよりも年上が居ないとは可笑しくはないかい?」
「だって荷馬車で連れて行かれるんだよ? 居るわけないじゃん。」
「あ~……なるほどね~この村は養女の為だけに存在する隠し村だな、分かったよ。」
「え~なによ、教えなさいよ。」
「つまりだ、商人が都会で赤ん坊を攫って来てこの村に預ける、いいかい、ここは分かるかな。」
「わっかんな~い、だってまだ十歳だモン!」
「なんだ理解が出来てよろしい。つまりはこの辺境の村で赤子を育てて貰ってな、大きくなったら引き取って何処かの金持ちに養子として売るんだ。」
「私……売られるの?」
「少し大きな子供をあからさまに誘拐して売ってみろ、直ぐに商人の正体がばれてしまうだろうが。」
「どうして?」
「リオ、お前が攫われたらどうだ、誘拐犯の顔は覚えているよな、リオが住んでいた村の名前は?」
「ネギカモ村、覚えたモン。」
こいつ……俺をおちょくっていやがるのか!
「ま~体のいい人身売買だな、これだと高値で売れるのは間違い無しだろう。見付かる事があっても養子に出された子供です、と言えばそれまでだから。」
「もし両親が生きていたら私も養子に出されるのかな、やだな。」
「そうだろう、こんな貧しそうな暮らしを子供に見せてな『もうお前をこれ以上に大きく育てる事が出来なくなった。ついては養子として金持ちの家に嫁いでおくれ。』と言われたどうする? 美味い飯が食える家に行きたいだろう。」
「そ、そうかしら、ここも意外と楽しいのよね、他の子供たちと遊べるから。」
「でも、両親が勝手に決めたからこの荷馬車で『ドナドナド~ナ~』出て行ってくれないか! と、言われるに違いない。それから次回にはきっと可愛い赤ん坊がこの村に連れて来られるだろうな。」
「あ!……。」
「ほら、心当たりが出て来た。」
「う~、それは本当みたい。そう言えば必ず小さな子が突然見えたりしたから。」
「そういう事ならば、何処かに書き付けが残されているから探しておきなさい。」
「うん探してみる。お兄ちゃんはどうするの?」
「俺は少しこの村を見てまわって証拠になる事を聞き出してくるよ。」
「うん分かった。」
偶には若い女も送られてくるから純粋な村娘も産まれると言うリオ。
それから俺は亜空の袋と剣を抱えて家を出た、それも極々普通の態度でだな。少し離れたら急いでこの村からトンズラよ!
一応は村の様子や子供の数を見ながら出て行ったが、俺の推測は間違ってはいなかった。一歳から八歳程度の、それも娘ばかりが見えていたし、親はとっくに干からびていても小さな子供が抱かれていたりしていたよ。
逃げている途中に家を建て直している人たちがいた。古くなって壊れたのか、それを改築してまた新しい住人を入れないと村の存続も出来なくなるからな。村の全員がジジババだけになれば村としては何も出来ないだろう。
ひと組の夫婦だけが俺を見送るようにして立っているがなんでだ? 俺の事が珍しいろうか。俺の姿に頭を下げるなんて流石は神官服の法衣だな。俺は序でだからと道を尋ねた。
「村から出るにはこの道でいいのかな。」
「はい、」
「娘をありがとうございます。」
「なんでだ?」
「夕食が美味しかった言っていました。」
意外にも学のある物の言い様に驚いた。こっちがリオの両親だったか。近くには籠に入れられた幼子がいるようだったし、まだ若い夫婦なのだからこちらは実子だろうな。
父親は寡黙で俺を眺めていて、主な事は母親が話していたが、さしたる事は何も話してこない。いやいや俺にとっては重要な事でも返事をはぐらかしていると分かった。
「神のお導きがあらんことを、」
「アーキラム様の為に!」x2
えぇぇぇぇ……俺の名前かよ……?
○────────○
訊くまででもなく村から街に通じる道は一つだけで山を下りる道しかない。これを辿ればいずれは大きな街に出るのは間違いなしだ。
「ぅわ~なんだいこの立て札は! この先魔物が多数出没……注意! かよ。これならば間違っても人は進まないだろうな。」
ま、条件付きだがね。文字が読めるかという事だが識字率はかなり低いはず。魔物の絵で悟ったに過ぎないのであって俺は文字が読めないからね。でもこの絵がクマだと思い込んだのは俺の勝手だった。
これでも村としての立派な隠れ産業であって生きる道には違いない。悪いのは女衒で村人が悪い訳ではないから、恐らくは安い金と生活必需品でたらし込まれたかと考えたら腑に落ちる。
一度金を沢山貰って受け入れたからには、大事に育てて死なせないようにするしかないだろう。だから貧乏な村でも娘らだけは太ってやがるのか。
親が先に死ぬという点は見逃していたよな、でも村全体で子どもを管理させているのさ。
「いやいや、村そのもが女衒が管理する所有物だという事もあり得るのか。」
きっとそうなんだろう罪人を役人から買い上げて村に住まわせる。それで殺されないのならば、仕事もあるのならば言う事を聞くに決まっている。だから平気で俺の荷物は盗むし村の掟が何だって? 確か、他人の物を盗むな? だったかな。
旅人の荷物は盗んでも村の掟には反しない、か。
これで子供らの素性と限界集落が存続している理由が理解出来たよ。
俺の後を追いかけているリオは、育ての親に一言お礼を言いに行った。
「お母さん……お世話になりました、」
「リオさま……元気でね。上手く神官さまは騙せたようですね、とても偉いですよ。」
「良かった。お姉ちゃんも喜んでくれたらいいな。」
「殿下も首を長くして待ってありますよ。それで神官さまには右に行くように言いました。」
「うん、それでいい。下の村から来る商人と会えるらしいのね。」
「リオさま、ロボス王国の再生が掛かっていますもの、これからも頑張って下さいね。」
「うん、明日には舞い戻ると思うけれども普通にお願い。」
「はい、承知いたしております。次の子どもはスジャータさまのお子さまでしょうか?」
「お姉ちゃんは神官さまを狙っていると思う。だって異世界からの知恵者だというからね、ロボス王国には有用なんだって。」
「へ~……異世界ですか、でもまた直ぐに死んで終うんですかいね。」
「今度は大丈夫、しっかりしたスケベなお兄ちゃんだからね。」
「リオさま、くれぐれもご用心されませ、男の急所は此処ですよ、いいですね。」
「うん、お父さんも今までありがとう。」
「いいえ~お姫様、今までご不自由をお掛けしました。」
「でもたくさん遊べたからいいよ、勉強もありがとう。」
「も、勿体ないお言葉です。」
「王宮に戻ればいいのにね。」
「はい、ロボス王国が繁栄しましたら帰ってまいります。」
「うん、元気で。」
「魔物の間引きは済んでおりますが、その一応はご注意されてくださいませ。」
「うん、多分大丈夫よ。お姉ちゃんも言っていたからね。」
それからリオは急いで俺の後を追いかける。付かず離れずで付いてきていた。この村に姫様を匿うから近辺の森の魔物らは討伐されたと言う事だ。そう言う意味では村に上ってくる商人も用心棒は二人だけと、随分と軽装だった。いざという時の為のエサも用意して積んでもいたらしいが、それが高値で俺に売られてしまうのか。
リオが俺を後追いする必要は無かったろうが、商人が神官の俺を捕まえたらとって返す可能性も捨てられないので追いかける。
「お姉ちゃんの予言は外れる事もあったからね。」