第4部 村……見付かる
転入歴元年八月
*)村……曰くありげな寒村
どうも俺は都市に出る方角とは真逆の方へと進んでいったらしい、ま~結果論ではあるが。
左に進んで更に十日が過ぎた頃か、十日といっても本当は八日とかだったりしてな。俺の記憶力は自慢ではないが数を長い経過日数にわたってカウントが出来ないな、直ぐに前の数字を忘れてしまう。
小高い山を越えたら眼下に村の建物が見えた。見える範囲では二十六軒だから村としては軒数が少ないか、これに小屋が含まれるとして人口は百人もないだろう。
この近辺には魔物が生息しているというのに、村は狭いながらも開けた土地を造りそこに家々を建てている。魔物から村を守る柵などは無い、見当たらない。他に魔物対策が施されているならばいいがね。
村の周りが拓いた土地で所謂、農地が広がっていて、あちらこちらで農作業が行われていた。その奥の方が牧草地らしく牛が放牧されていて頭数が十頭とか少なすぎるだろうか。
「ま、俺が心配しても始まらないか、俺さえ無事ならばね。」
魔物以上に怖いのが人間だったりする。だから見た目は非常に重要だと考えるが、実際は着たきり雀の男の性格だ、何処行くにも一向に気にしない。銀行へ預金しに行くではなし……今の世は保険契約者が上客らしい。
だがここは異世界だ、誰も俺を守ってはくれないだろう。
俺は身だしなみを調える為に亜空の袋から服を呼び出して一番綺麗な服を選んだ。何だか宣教師が着るような法衣で、これをを選んだのはエビ茶色で一番落ち着いた色だったからだ。疲れた今ではそれ以上に深く考えることも出来はしないから、ひとえに薄汚れた顔が隠せる為だけというのが本音であるが。
「あ~風呂に入りて~……。」
この服は村人から嫌われないもの、ただそれだけの事の意味で選んだ。亜空の袋に人間がいたら全員が素っ裸……だったとか笑える~。ここに出た服に女物が無かっただけ……マシかも!?
「もう一度、今度は女物の服も~出して……いや止めておこうか。」
選んだ服以外は最初は数えていたんだが、亜空の袋に全部を戻しながら……面倒くさい。
「あ、あっ、あ、村に手土産でも用意すれば良かったかも!」
しかし何が用意できるのか分らないから手ぶらで行くしかないし、後は出たとこ勝負だね。
「可愛い女の子がいたらいいな~!」
ゲスの極み乙女っていう名前を考えついたがどういう意味だろうか。気になって検索してみればロック・バンドだった。この名前をぱくるのは良くない、ならば「ゲスの極みが望む乙女」これでいい。俺はゲスもいいところだと自己分析で納得している。悲しい……いや悲しすぎるだろうが、もうこんな事なんてどうでもいいや。
あの村は貧しいと思う。赤い屋根瓦は綺麗だからいいとして、ところどころが茅葺きになっているは割れた瓦の補修なのかと思われる。もし袋に瓦が在れば出す、これが出来れば手土産になるだろう。
あんな屋根の補修で本当に雨が防げるのかね。木の瓦とか作ればいいのにと思ったね。日本人からみて世界は同じ様に晴れて同じ様に雨も降るものと勝手に思い込む。
それは大きな間違いで、ヨーロッパなんて日本の雨量からしたら毎回が小雨、傘もささなくて良いくらいの小雨なんだから。もしかするとこの世界も雨が少ないとかあり得そうだ。
今では疲れたという理由で剣を肩に担いで、その鞘に亜空の袋の紐を掛けて担いでいる。みっともない姿であるからして賢者の行いではない。暫くは逗留して疲れを癒やすのも必要だよな~、出来るかな~出来たらいいな~。
今が昼過ぎの十五時くらいか、これでは村人の炊事を邪魔するかもと考えて俺はまた道を戻った。村人からは見付からないだろう……という場所にキャンプを張る。
「明日の朝になって村に入るとするか……。」
*)ネギガモ村
──翌朝──
今日は雨だった。起きたら、いや雨に起こされたと言うべきか。今までが雨に降られていないのが、魔物の危機的な遭遇と併せて奇跡だと言える。
「雨の対処は考えていなかったな~……どうすんべ!」
一番大きな木の辺に佇むしか出来なかった。最初の村で数日が過ごせていたら少しは知恵が付いたであろう案件だ。雨合羽の代用はこの時代にもあるはずだろうが。ま、生きていたかは定かではない。咎人扱いにされて殺されていた可能性も否定出来ないからね。
日本での一番のノッポ杉が四十六メートルほどらしい。縄文杉が一番だと考えていたのが恥ずかしい、あれが約二十五メートルほどとか。
「これでは焼き物が出来ない……おやま~。」
昨日に使用した岩からは大量の蒸気が立ち昇っていて、これでは村から見えると判断した俺は急いで大量に水を掛けた。更に蒸気があがるのは愛嬌……。
「どうせが雨だから誰も外には出ていないだろうて、俺だって動けね~し。」
諦観する訳ではないがこれでは何も出来ない、いやする気すら失せている。もの書きからしてみれば雨が降ろうが雪が降ろうが全く関係ない。やれ灯油が切れた、やれ食い物が無くなったと言っては天気に関係無く外出するだけだから。いやいや物書きが仕事ではない別に本業があり、ここはタダの趣味であるよ?
細君からは庭掃除しろ!……もってのほか。部屋は埃が堆積し沈殿していて、その上をゴキが黒テカのヘルメットを被り這いずり回る部屋で生活だと誰が考えようか。
偶に俺の寝顔にキスをしてくれちゃって……この~殺してやる!
そんな生活が懐かしく思い出されてきた。憂鬱というか時間が過ぎ去るのがとても早く感じるのは、時間を潰すにはものぐさ太郎が最高だ。こうやって俺の最期は孤独死なのだと思う。
寝顔にキスはまだ他にもあって、福岡の某放送局の依頼でアメリカザリガニを確保してポリバケツに入れていたが、こやつが真夜中に脱走して俺の顔にちょっかいを掛けに来た。それで目が覚めたら目の前に紅いエイリアンが鋏を振りかざしていたな。
この某放送局の依頼が横暴で「真冬にザリガニを売れ」というから参ってしまう。ザリガニさんは普通冬眠してるよね? 横着な奴だった。局は違えど二度目もあって同じく真冬にだな、それで他の店には無いのかと問えば、「無い」だった。だから俺はガソリン代にもならない小金で探してきたね。
「神官さま、……神官さま、」
「あ、ザリガニ!……あ?……夢か。」
俺の身体を揺らして起こす村人がいた。痩せた村の女の人だった。
「? ここで寝ていましたら食われて死んじまいますよ、ほらもうこんなに身体が冷え切っています。」
「……ご婦人、」
「はい? ゴフジン? なんですかそれは。」
「あ、綺麗な女の人と言う意味ですよ。」
「やだ~……綺麗だなんて今宵はうんと奉仕させて頂きますから~。」
「そうだ! この村で宿泊が出来るような小屋はないだろうか、金が無いので宿屋には行けないんだ。」
「家にくればいいさ、なに、宿六と小娘しかいないから遠慮はいらないよ。」
「そ、それは困る。貴女のご主人から殺されてしまう。薪小屋とかは無いのか。」
「それなら在ります、もうすぐ夜になりますから行きましょうか。」
「すまん……案内のお願いを……、」
身を屈めた女の人の胸が見えてしまった。こんな事は何十年ぶりだろうか、その拍子に少し驚いてしまったが、ジジィには生乳の耐性は……ないようだ。
ククク……と笑う女の人だったな。夏だから薄着なのよとは言わないが脱いだ上着を脇に挟んで籠を持っていた。
いつの間にか眠っていて時間もかなり過ぎていたらしい。辺りは小雨で暗いとは思ったが時期に夜というのであれば理解できる。家にいても外に出る訳でもないが確かに雨だと気分も滅入る。パソコンに向かってキーボード入力をしながら、時々は住所地の天気予報を見ては諦めていた。
「ほらほら神官さま、どうされました?」
「あ、いや、昔の事を思い出していました。では案内をお願いします。」
偶々選んで着ているこの神官みたいな服で俺を信用しているのか、この世界では俺の顔はゴブリンと同じかもしれないというのにな、どうしてだい。
……ネギがカモ背負って……? 鴨が葱を背負ってくる、これだった。
「この小屋は自由にお使いなさいまし。」
「お、これは有り難い。でも牛さんは怖いかな。」
「神官さま、晩飯はまだでしょうから食べて行きなされ。」
私の声は聞こえない? それとも無視してくれたのか、俺が牛を怖がるのも気にしそうもないや。
「あ、自分で用意出来ますので奥さんは家族の分だけ作って下さい。」
「その袋に……?」
「はい、干し肉や塩も入れていますから大丈夫でございま………………す?」
「へ~私も欲しいよね。」
女の人の目つきが変わり、暫くは私の亜空の袋に食い入るように眺めていた。
「便利ですよ、これが無かったら長い旅路も歩いてこれませんでしたわ。」
俺は少しドン引きをして亜空の袋を腰の後ろに回して隠すのだった。それでこの女の人は改めて俺を見てくれたが少し残念そうな表情が見えるというか、あからさまに隠す気はないのかも。
言葉は考えて選ぶもの、俺は口がまめらないので、いや頭が回らないので失言が多すぎて禍を呼び込む性格だ。あ~今日も失言が~……。
「宿屋は村長が引き受けているよ、母屋の横の小屋がそうさ。旅人なんて来ないがね、たま~に馬車を引いて商人が来るさ~ね。」
「どれ位の頻度で村の外から人は来るのかな。」
「月に一度、それも一人か二人だね。こんな何も無い山里に用なんてありはしなさ。分るだろう?」
「え、えぇ……もちろんです。それで商人は何時になれば来ますかね。馬車に乗せて貰えば御の字ですよ。もう足も痛くてね歩きたくはないですね。」
「おや、破れた靴だね。そこの藁でも突っ込んでおけばいいよ。」
そう言えば俺の靴は使い古した物だからか親指の付け根が破けていたよな。新しい靴をこの女将に頼もうとしたら、
「おや、その袋に入っていないのかい?」
「あ……そうでした。後で探してみます。」
「有ればいいね……。」
そう言われて初めて気がついた。この亜空の袋にも沢山の靴が在るだろうという事を。
この女将は何気なく会話を続けるつもりらしいのか、一向に家に帰ろうとはしないのが気になりだす。俺は女将が話す会話の意味を分らないまま聞いていて、それならばと今度は俺から村の事を訊いてみたら、
「この村は貧しくてね~小さな動物が狩れればいい方なんですよ。奥まった森には魔物が棲んでいますので大きな動物が狩れないのですよ……。」
何だか残念そうな顔をして話してくれた。小さな動物が狩れればと言う事は、要は俺の肉が目当てだったとようやく悟った。
「あ~ご婦人、お待たせしました。少ししか持ち合わせがありませんが干し肉をこれだけですが、宿賃として献上いたします。」
「あら~そうかえ、この先もここに居ればいいさね。」
「はい、お世話になります。」
外は本降りになったようで、空を仰ぐも黒い雲が冷たい雨を降らせているだけだ。明日もこのまま雨だったら嫌だな。ここに逗留すれば更に干し肉を献上する羽目になるのかと考えたら、先ほどは悪手だったか。
「明日も雨でしょうか。」
「そうさね~暫くは続くと思うよ、あたしは宿六と娘の世話が大変だよ。」
晴耕雨読の生活なのだろう、畑仕事も山に猟に行くのも出来ないと言いながら、重たい尻を振って出て行くからあの尻は機嫌がいいかも……。
お天気の話題もこの異世界でも通用するらしい。雨が上がって早く商人とやらが荷物満載にして来てくれればいいが。商人……主に生活必需品を運んでくるという説明だったが、物々交換もあるとか。何が交換されていくのかね。
この時は****だとは知らなかった。こんな限界集落が維持できるとても有り難いシステムだと気づいたのは、この家の娘が俺と旅を同行したので判明した。
この村には幼児の娘が意外にも多い。