第3部 運命の分かれ道
転入歴元年八月
*)リンク……
人と獣が利用するような細い山道、途中で誰にも会わないのがその証拠。亡くなった村の住人が利用していたかもしれない。
「俺は……幽霊なんて怖くないぞ、信じないんだからな。」
死んじない……そんな言葉が脳みそに浮かんだ。亡くなった村の住人が利用していた、いや、過去に利用していたと書くべきだろうが、誰からも突っ込みがないのはこの作品に魅力がない……んだろう。
恐らくは猟師くらいしか通らないと思うと、自分の運命が拓ける道を選べなかった……ただそのひと言に尽きると考える。ゴーストバスターズ……猟師にルビを振るとしたら最適だろうさ。
大きくて広い街道を通っていたにも拘わらず、どうしてこんな獣道に彷徨い出たのかを理解出来なかった。これは単に俺を召喚したモノの意思が働いていたとか、これならば理解は出来ただろう。
脳みそが視覚に囚われずに稼働していたら、人の行動なんてあって無いようなもの、思わぬ行動に出て崖から落ちた……経験者は語るだ、ツァラトゥストラも語っているだろう、な?
無くなった村を出てさらに五日が過ぎていて、老人が山道を歩く速くはないからせいぜい百キロ程度を進んだだろうか。日数は起点を思い出せばなんとかなるかもしれない、村に着いて四日、それから当てもなく旅立っての五日の、合計で九日が過ぎた。その実十二日目なのだが思い出し計算が出来ない。
森に実りは少ない、ちょっと森に入って木の実とかを集める事は最初から行わない。だって実家の近くの森はタケノコ、椎の実、栗にどんぐり。アケビもあるがどれもが食べられるような物ではなく、イノシシの食い物にしかならない。ブドウや柿は人が植えて栽培したものだから、自然にもあるとか考える方がアホなのだ。山芋を畑から盗んで捕まって「山に自生していたから」だと弁解した野郎がいた。これはどうしようも無い馬鹿だな。
今では住宅地にも出るイノシシは五十年前には生息していなかったんだよ判る? 畑も自由に作物を育てる事が出来ていた。
アニメにある物語に実りの山は存在しない、そう思わない人がこの手のストーリーを取り入れている。
小さな小川を見つけたので休憩に寄り、水浴びして身体を洗うも、石けん類は無いから汗で臭うままであった。袋に呼びかけても出ないから頭も痒くて敵わない。ここで数日分の食料を調理しておかねばならないのは確定済み。
大きな岩がそう易々と道沿いに点在している筈が無いからここは正攻法で進む。少しは俺もサバイバル出来そうだ。
こんな形でいるから、若い女の子の連れが出来るなんて思わない方がいいだろうさ、な!
分かれ道に差し掛かり、これが運命の分かれ道とは良くある話さ。悩んでも考えて判断出来ない、ならばここで気持ちがどちらかに靡くまで留まる事に決めた。
「今日はここでキャンプして明日は右に一時間進んで帰ってくるか。明後日は同じく左に行って道筋を確認してそれから進む方向を決める。うん、これでいい。」
何時ものように草地を足で平しておく。
「う~無いな~適当な岩が無い。急な斜面がある山だったら崖崩れが起きて岩は転がるのにな~……。」
こんななだらかな山の峰が続くのは古い地層になるのか、ならば川を探す必要がある。
「くそ~大きな岩が在れば収納しておけば良かった……良かった?」
ふと閃いた、この亜空の袋には村が丸ごと収まっている。ならば石が沢山吸われて落ちている筈、決定!
「一メートルくらいの平たい岩よ、出ろ!」
「ドカ~ン!」
「うわ、危ね~……もう少しで足の先を石で潰されるとこだったぜよ。」
調理には丁度いい大きさで高さでもあった。だが失敗した。
「わ~寝床の横に出すべきだったか、道の真ん中に出してどうするよ。やり直しだ、岩よ元にもど……先に名前を書いておくか。」
岩に名前を書いて覚えておけば後々は呼び出しが楽になる。ならば~……一号。
「岩一号、元に戻れ。」
岩は他と同じように消えて無くなった。次は川に出たら魚ごと水を袋に収納もありかもしれないが、そんなことをすれば亜空の袋の中は洪水だろうがな。収納する岩に順次名前の号数が増えれば収拾がつかなくなるとは、この時は考えつかなかった。
水ごと魚を……? ここは魚を食いたいから魚が先にくる、間違いではない。
それから草地を見つけてそこに岩を出して、他、肉や魚を出して焼く。塩は手元に持ったままにしておいた。途中で塩を手の平に出して舐めたりすればミネラルの補給にいいからだ。それは余計に喉を渇かす愚行だったさ、俺は莫迦だからね。
翌朝、俺は幸運にも河原に出た。水浴びが目的だったが淀みを覗いてみたら魚が泳いでいる、これを捕獲出来ればと念じてはみても魔法の使い方が分らずに断念した。石を投げ入れて、
「バッキャロ~メ~……。」
せいぜいが叫んでお終いだ。小さな川だから河原は少なくて無きにも等しいし、川が湾曲した淵の内側に河原は成長するものでここにキャンプを張る。とはいっても藁の布団と毛布を呼び出しておいてはい終わり。
本来の目的を、魚ごと水を袋に収納も……忘れた俺である。
付近の探査で下流へ向かう。それは上流には何も無いように見えるからで、俺の小さい時のキャンプを思い出して窪地を探した。岩に囲まれた窪地には水溜まりがあって、夏に泳いで身体が冷えた時はボウフラと共に身体を温めるのに良く浸かっていたな。
本当にお湯であり温泉のようでもある。洪水の時と雨水でしか水の供給はない、やや汚いとも言えるが、今は葦が茂っていて見る影も無い。河原が草地だけで土筆も採っていたのが夢のようだ。ノロウイルスなんて知らないぞ、ボウフラが湧いていても一緒になってお風呂気分を味わっていた子ども時代。
雑炊で取り残された小魚か泳いでいる、これはもう……鍋だな。いや露天風呂がいい!
「お、あるぜよ。ここならば水を入れて熱くすれば風呂の完成かな、露天風呂~。」
それから窪地にある石を順次放り投げて、大きい石は亜空の袋に送り込む。その度に亜空の袋は大きく揺れるからな~、ここで細かいことはいい気にしたら負け。これで完成したのも同じ。
「さ、ここに水を入れる……水よ出ろ!」
「ドパーッ……。」
「俺に掛ける必要はないだろうが。次は俺の得意のスキル……ファイヤーボールで付近の岩に熱を加えて……はい、できあがり。」
何故かナマズが数匹浮いてきて……熱すぎだろうか、これはこれでありなのだ。後で塩振ってワインと一緒にありがた~く頂こうか。
「う~熱い、水の追加、水……半分!」
「ドパッ!」
「お、調子いいじゃんか……丁度いい湯加減、さっさと入るに限る。」
しかしなんだ、岩に加えた熱量が上回りカエルの生煮え状態に陥る。熱風呂になっていくな~と思い追加の水を多めに出した。これでいい湯加減ではなく今度は冷たい。
それから調整を加えていい湯加減に仕上げるも、もう茹でダコ状態の俺。川に足を浸して体温を下げる。汗を掻いたままなのでまた風呂に入って汗を洗い流す。
「で、今まで望んできた……フリチン……。これはいい、とても気持ちがいい!」
そのまま夕食の準備を始めるも、今度は湯冷めかね、
「は、は、バ~クション! ひぇ~、」
でかいクシャミが喉から出る。クシャミは鼻の穴から出すと大いに問題がある、だって鼻腔を痛めるから。
俺のクシャミが原因で草むらから小さな動物が飛び出してきた。どこかしら間抜けな顔立ちに癒やされたが食い物には違いないから、剣のレイピアを抜いて襲い掛かる。
逃げるよね当たり前だね。こいつは俺を馬鹿にしているのか、剣が届かない処まで瞬時に跳んでよけやがる。次々に俺は剣を振って追い詰めるがいったい何処に追い詰めているのやら。十分ほども掛からずにゼ~ゼ~と肩で息をしていた。
「しめた、この先は川になっている。河原に追い込めば~……、」
水面を飛び跳ねて川向こうへ逃げてしまった。俺を馬鹿にしやがってと怒るにも気力と体力が必要だ。川の水で喉を潤すだけのとてもいい運動になった、そう思わずにはいられないよな。
水面を飛び跳ねるなんて……できっこないはずだ。
「俺、少しは痩せたようだな。毎日毎日苦労して歩いていればこうなるだろうさ。脂ぎった肉が食えないのは問題で、体力・気力が出なくなったぜ。」
もう~独り言は嫌いだ~、旅の連れが欲しくなったが面倒な奴はお断りしよう。森の熊さんでもいいかな。
ベースに戻る途中で俺の振り回した剣が、大きな樹の幹に当った瞬間にそこが変なのに気がついた。そこの処だけが薄ぼんやりとした三十センチ程の黒い空間に見える。
「なんだ……? これは何かの空間だろうか。枝を突っ込んでみるか。」
俺は足元にあった枝を掴んでその淀んだような黒い空間を突いてみる。思うに変化は無いようだが何かの手立てで調べる必要はありそうだ。
「枝は差して戻せば変化無し。次……投石。せ~の……入ったまま何も起きない。」
この薄暗いもやもやが亜空の袋の中に通じているとは思えないが、確認したくなって大きめの石に番号を付けて放り込む……重たい、重た過ぎだろう持てない。
他にも剣の切っ先が地面に当った処もあるが、そこは別段何も起きてはいないし、序でに近くの樹に剣で突いてみても変化はない。
「先ほど投げ入れた石……戻れ!」
「シーン……。」
「何だ、イッチョン判らん!」
少し怖い気もするが剣先でそのもやもやを突いてみる。三秒ほど差し込んだままにして剣を引いた。すると、そのもやもやは消えて無くなる。流石に腕や足を突っ込む勇気は無いか。
「三秒が……?」
今度は同じ樹の幹に剣を一秒ほど当ててみたら、なんとさっきと同じもやもやが出来たではないか。次に同じ条件で横の樹にも、もやもやが出来ればいいわけで即実行だ。
「お、出来るぜ出来たぜ! ここに石を投げれば横から出てくるとか?」
ものは試しと直ぐに投石してみたら……本当に出て来た。
「これは面白い。地面にも出来れば……? 動物の捕獲用の罠が出来るな。う~ん、これは有意義な罠が出来るぞ!」
俺はすぐさま実行に移した、地面にもそのもやもやは出来るものだからこれを数カ所作っておいて次々と石を投げ入れた。
「ウキャ、ウキャ……わ!」
四方に投げ入れた石は別なもやもやから出てくるのはいいが、方向性は……なんだか決まり事はないようだ。
う~イッチョン判らん!
石を十個ほど掴んで離れた処から同じもやもやに投げ入れた。一個目はその隣のもやもやから出て来た。次……二個目、同じく。三個目も同じ結果に繋がった。
俺は腹が減った事も忘れて次々と実験を繰り返した。何の事はない、長めの枝で実験すれば良かっただけだと、投石を終えて気がついた。
「ならばこの長~い枝を入れたらどうだ!……成功だぜ。」
抜き差しを繰り返しながらこの法則を考える。ある事が閃いた。
「飯食って考えようか。」
だった。実験の途中から頭もぼんやりとしてきたらだ。空腹だと頭も働かないのは周知の事実、ならばと火を用意した露天風呂で煮立てたナマズがある処まで引き返した。
「うほ~風呂が煮たっているぜ、もう地獄のお釜だな。小さな支流を見つけてそこに風呂を作れば天然温泉に早変わり~……ってか。剣を洗っておくか。」
それからお湯に泥や樹の樹脂が落ちやすいようにと、剣を少しの間お湯に浸けてから布きれで拭いてやった。これが……どう作用したのかは不明。
「肉、肉よ出て来い。」
お決まりの文言を唱えて肉やワインを呼び出した。木の枝の先を石に擦りつけて突き刺す棒を作って肉を突いて食べる。お箸用には別に作っておいた棒きれを利用する。
肉とナマズを熱い岩の上に置いて温める。年寄りには絶対に温かい食事がいいに決まっている。
森の中で火を利用しなくても調理が出来て、剰え暖すらも出来るとはもうこれは最高に使い勝手がいい。……だが今は夏だよな。
至福の到りここに極まる、……寝た。もやもやは放置したままに寝る。実際は……酔って忘れたのであろうな?
*)もやもやの続き
朝起きたら体調が悪いようでなんでか熱が出ていて、身体全体が火照るような? 感じがする。
「今朝は冷えすぎだろう……湯冷めして風邪を引いたかぁ?」
「う~ブルブル。」
温かい水から蒸気があがる。
昨晩に召喚しておいたコップで風呂のお湯を飲んだが、俺のダシが出ていて美味しい訳はない。いや俺の悪臭以上に……か?
冷え込んだ朝に立ち上る湯気は多過ぎだろう、風呂の中央は見えない程だった。兎に角お湯はマズいし、どうも臭い、臭う。俺の入った風呂が……そこに、
「うぎゃ~……!」
と、なった訳よ。その煮立った風呂に動物が腹を見せて入浴してやがるよ、これはたまげたよな。
「こ、これは……獲物が風呂に入りにきたと言うのか! あり得んだろうが。」
長い棒きれでも届かない風呂の中央部分、差し水をして湯温を下げた。フリチンになって動物らを掴んでは投げ、掴んでは投げ……八匹の肉を投げ上げた。
獲物=肉だ、動物の名前が分らないから当然だろう。他に言いようがあるか!
動物を丸ごと煮込む事はしない、内臓を出さないから当然う*ちも腹に収まったままだから。しかしだ、このまま捨てるには勿体ないか。
「川の水で洗って焼き直しすればどうだろう、食えるのではないだろうか。」
胡椒……中世のヨーロッパでは肉料理に胡椒は欠かせなかった。その理由が何とも肉が古くて臭うから臭い消しに利用したとか。日本ではその代用が味噌を主に利用されていた。生肉は味噌に漬け込んでおけば数日は美味しく頂ける、いや寧ろ旨みが増すそうだ。おまけに肉も軟らかくなるらしいと聞いた。何処から? 大学時代の登山家たちからで信用出来る情報よ、彼奴らの携行食だそうだ。経験がものを言う……。
アメリカ牛の味が国産牛の味に昇華するからね。それと、缶詰を持って行ったが缶切りを忘れて~……という話しを聞いてもいたな。
野草のハーブなんて気の利いた知識はない。だから亜空の袋に味噌を命じても出て来ないか、当然だな。
「香辛料、味付けが塩だけかよ。誰でもいいから知識人を連れに欲しいよ~。」
熱で頭が冴えない、そんな身体で兎に角食材確保にいそしむ。綺麗な剣で動物を解体するのには気が引けたが、他には道具がないからしょうが無い。
動物の解体なんて初めてだ、魚は沢山してきたが毛むくじゃらな物は初めてだよと、泣きが入る。
「もう~無理、脚のもも肉だけで終わらせよう。」
残った残骸は地面に作ったもやもやの直ぐ横に置いておいた。これをエサに大物の動物を捕まえる。出た処はお湯だからいくら丈夫で強い動物も驚いてショック死するだろう。今宵は寝ないでお湯に落ちた獲物を取り出そう……でも一体どうやって?
「この俺も流石には煮えた風呂には入れないよな。」
肉の一つに塩振って齧り付いてどうにか食べてしまった処で、
「もうダメ、寝る。」
熱が引かない、川の水で冷やすのは良くないのかもしれないと考えて、今度は少し涼しい場所に藁の布団を持ってきて寝た。夕方まで寝たら熱が引いた様子、どうも風邪ではないらしい。ならば……なんだ、
「あ~あの岩からの遠赤外線が身体を熱していて、低温火傷ということかい。暫くは風呂なし休養あるのみ!」
「うぎゃ~……!」
と、なった訳よ。その煮立った風呂に動物が腹を見せて入浴してやがるよ、これはたまげたよな。本日二度目だね!
同じく川の水を大量に注ぎ込み低地に風呂のお湯を流し出す。当然そこには動物も流れ着く。又、内臓を取り出し皮を剥いで焼き肉にしておいた。こうすれば保存も出来るから亜空の袋に仕舞っておいたが、後日に取り出すが全然出て来ないのだな。
この事実からして亜空の袋の中には、俺の肉を喰らうモノが存在しているとそう認識してよさそうだ。
後はフリチンになって川に身体を沈めて……はい終わり。幾分か楽になった気もするがどうだろうか、暫くお風呂はしない。もう罠はいいからと剣先を風呂に浸けて罠の解除をしておいたら、翌朝には確かに何も浮いてはいなかった。
翌朝になって地面に作ったもやもやを消しに出かけ、現場に着いて驚く。
「うわ~あれは……魔物かよ。うじゃかうじゃかいるじゃんかよ。」
前日に置いていた肉を食らっていて、罠は残っているから少し離れた処でお食事中とはいやはや。罠の回りの地面が相当に荒れているのは、地面の罠に嵌まってループしていたに違いない。
「また後で行くか。」
と、俺は来た道を引き返す。が、それもままならない、こちらにも一匹の魔物が血の臭いを嗅ぎつけてやって来たのか、こうなると今までのキャンプが平和だったのが疑問に思えてきた。
布団や食器類の荷物を亜空の袋に戻してこの場を離れる事に決めた。
「道具、寝具……亜空の袋に戻れ!……あぎゃ~魔物も吸い込まれたぜ、いいのかよ~知~らない。」
魔物を亜空の袋に送り込んで退治が出来ると学習した。
数日間の滞在でここを引き払って歩き出した。罠は放置しておいたが大丈夫だろうとは安近短な思考だった。この後に俺が罠に嵌まるかも知れないと言うのにだ。
今は地面に作ったもやもやと風呂とのリンクが切れた状態だけであって、風呂自体は残ったままだね。まだ俺の知らない状態のままにリンクは残されているな。風呂だってそうだ、数日間も煮立つ風呂が続いていたのに気がついていなかった。
それからの道程は嫌になるほどの脂汗で気持ちが悪かった。
取り敢えず今回の事は「リンク」と名付けておいて、魔物は人狼と名付ける。
俺の選んだ道、より山奥へと進む道だったとは。山奥に人が住んでいると次章に期待しようではないか、可愛い女の子がいいな~!