虹の向こうへ
「3日目か・・・・」
とある病室で白衣の男が呟く。
交通事故にあったその少年はベッドの上で3日目の植物状態に突入した。
意識は無いが確かにその心臓は動いている―だからこそ余計にどうしていいか分からないものである。
親もいなければ、当然残されているものは無い。死んだ方がマシという言葉もあるかもしれないが、そんな絶望を振り払うことかのごとく、彼の顔は笑顔に見えた。
まるで夢を見ているかのようであった。
「起きて、起きて」
僕の体を揺らすのは誰だ?
微かに眩しい。もう朝なのか・・・・
「お腹すいた、お腹すいた」
「ああゴメン。今作るからな」
僕は布団を片付け、エプロンを身に着ける。
今朝はオムレツと適当にスープを作った。相変わらず、タナトスはきれいに食べてくれる。
可愛いやつめ。と思いながらも4日目は何をしようか迷っていた。
そろそろ学校にも行かなくてはいけない。何か思い出でも作っておこうと思ったのだ。
まるで自分がすぐにでも死ぬかのような考えだった。
「タナトス」
「なぁに」
「き、今日は一緒にお出かけでもどうだ?ずっと家の中でつまんなかっただろ」
「うん!!いいよ」
彼女は気持ちよく承諾してくれた。デートとでも言えばよいか・・・・タナトスともっと同じ時間を共有したかったのだ。
「ねぇねぇ、アレ何?」
「観覧車だよ」
「あれ乗ってみたい!!」
「ああ、いいよ」
タナトスの言葉なら何でも許せてしまう。今日はそんな気分だった。
しっかり手をつないで、時には楽しくおしゃべりをして―まるで恋人のよう。
「わー、すごい、すごい!!」
一緒にメリーゴーランドに乗ったり、
「目が回るよ~」
コーヒーカップに酔ったり、
「怖いよ、もう帰ろうよ・・・・って、うわっ!!」
お化け屋敷で体を寄せ合った。
気付けばもう日は沈み、オレンジ色のきれいな空が僕らを包んだ。
「最後にアレ乗ろうか」
「うん!!」
最後はタナトスの一番乗りたかった―観覧車。
タナトスは普段見ない景色に感動し、僕はそれをじっと見ていた。それだけでも幸せ。
だけどここで打ち明けなきゃいけない話がある。ここでならきっと。
「タナトス、話があるんだ」
「なぁに」
「タナトスは僕のこと好きかい?」
「うん、大好き」
「僕もだよ」
彼女をぐいっと抱き寄せる。
「ずっと僕のそばにいてくれないか、こうして」
すこし間をおいて、タナトスは言った。
「絶対に離れないから・・・・」
キミは一体誰なんだ!?
「今日は楽しかったか?」
「うん、ずっごいたのしかった!!」
さっきとは打って変わっての、幼い悦び。たが、そんなとこが大好きだった。
「晩ご飯でも食べに行こうか」
「うん!!」
と言った矢先、眩しくこちらに向かってくる光を見た。
逆光でよく見えなかったが、なんとなく体が動いた。
「タナトスっ!!」
僕は小さな体を突き飛ばし、グチャ―鈍い音がした瞬間僕は意識を失った。
・・・・タナトス、なんて言ってるか聞こえないよ。
ハハッ、もうダメなことぐらい自分でも分かっているさ、でも悔しいな・・・こんな愛しい人が前にいるのに、身体が動かねぇ。だったら、せめて一言ぐらい言う時間をくれ、神様っ!!
「大好きだよ、タナトス」
ここはとある病室。
この前まで目の前のベッドにいた少年はもういない。
植物状態5日目でその心臓は動くことを止めた。
まるで夢から覚めたようにすうっと、脈拍が低下していったそうだ。
「不思議なこともあるもんだ」
それに死ぬ間際、彼は意識があったとも聞く。口が動いて、声にはならない何かを言っていたらしい。
それともう1つ―この前には無かった花瓶の花。それは見たことの無いような綺麗な紫の花だった。
花に詳しい友人に聞いてみたところ、それは『都忘れ』という花で、そもそも花瓶にさすようなものではないらしい。花言葉は『離別の悲しみ』。
「死神の花束か・・・」
ひょんに不思議なことであるが、これは間違いなく私の目の前に起こった事実なのだ。
彼はあの4日間何を見ていたのだろう?
推測するならば、彼が見ていたのは死神が死の間際に見せた最後の幻想ではないだろうか。
走馬灯とは違う別世界での物語
いや、私こそ幻想を見ているのかもしれない。
むしろ死を超えた先にある世界に真実はあるのだと、私は考える。
彼が見ていたものは、おとぎ話でも幻想でもない。
あれは紛れも無く、ある1つの結論としての真実である。
やっと終わった・・・
たった三部でしたけど、意外に長く感じました。
結果的に『死』とは何だということを問いたかっただけかもしれません。
物語は二の次なんでしょうね(笑)