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まどろみの中で

 用意されたのは、わたしひとりだけが使える大きな部屋だった。

 ベッドもクローゼットも、ベランダだって独り占め。おまけに自分専用のシャワールームだって付いている。机は、勉強用と、身だしなみのチェック用と、軽くお茶を飲んだりできるテーブルが3つ用意されていて、椅子も3つ、さらに二人掛けの大きなソファーまで置いてある。こんなに立派な部屋は、わたしの記憶している中では初めてのことだった。孤児院の質素な相部屋とは比べ物にならないほどだ。

 ベッドに飛び込んで身体をうずめると、身体の分だけ、マットレスが沈んだ。身体を動かすたびに下でスプリングが軋んでいる。なんてふかふかなの! こんなに寝心地のいいベッドで眠ったら、もう、一生ベッドから起き上がれなくなるのではないかしら?

 その日は朝から長い間馬車に揺られていて、ヘトヘトに疲れていたおかげで、すぐに眠りについた。そして夢を見た。



***


 視界いっぱいに広がる緑。人気ひとけのない静かな町。

 一瞬、ハワースの村かと思ったけれど、そうではない。隣には知らない男の人が2人いて、優しく笑いかけていた。


「マーヤ、わたしの可愛いマーヤ、叔父さんのお膝においで」


 穏やかな顔つきをした男の人が言う。マーヤ――わたしの名前。彼はわたしのことを知っている? 叔父さん、確かにそう言った。彼はわたしの叔父なの?


「私のお嬢様、あなたはとてもいい子ですね。あなたのような子は、私、好きですよ」


 背の高いほうの男の人が言った。きりりと吊り上がった眉、ぴっしりと撫でつけた髪。スウドではない。スウドはこんなに優しい顔をしない。


 改めて見ると、わたしの身体は、今よりも一回りほど小さかった。


 みんなが寝静まった夜。小さなわたしは、ベッドを抜け出してお屋敷を忍び足で歩いている。

 ふと漏れてくる灯り。あれは叔父さまの部屋だったかしら?

 耳を澄ませていると、部屋の向こうから、途切れ途切れに声が聞こえてくる。叔父の声だ。

『兄さんが……子どもを?……子どもはどこに……母親は?……亡くなった……場所……場所はロンドンの……』

 初めて会った時の、叔父さまの優しい笑顔を覚えている。

「初めまして、マーヤ、今日から一緒に暮らすんだよ」

 そうだ、わたしはこの人のことを覚えている。優しい叔父さま。大好きな叔父さま。全部覚えている。叔父さまが、難しい病気に罹ったときのことも。移るからいけない、と部屋への出入りを禁じられ、会うことすらままならない日もあった。

 わたしはロンドンの孤児院へ送られ、そこで出会った古い修道女から、叔父はサナトリウムというところへ行ったのだと聞かされた。あの背の高い男の人も一緒だと。去って行く彼の背中は、いまでも覚えている。

 本当は、わたしも行きたかった。

 叔父さまと一緒に。いつも叔父のそばにいた、あの背の高い男の人と一緒に。


「いかないで……」


 そのひとことを、口にできればどんなによかったことか。

 だけど、言えなかった。

 言ってしまったが最後、叔父やあの男の人を悲しませることになるとわかっていたから。

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