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第10話 勝利の為に 前編①

 ナタール家領内第3区画駅前。第3区画は線路周辺に人口が集中しており、スラムが多い第3区画において駅前は数少ない治安が保たれている箇所であった。建物の並びや人の活気さにおいて第2区画と比べても遜色なく――人混みに紛れることは容易であった。ミレイヌはメイド服を着て、あえて顔を隠さずに人混みの中にいた。


 その様子をフリントとゴーダンは駅前で一番高級なホテルの窓から、シェリルの双眼鏡を使って覗いている。この周辺で一番高度が高いのがこのホテルであり、ミレイヌの名義を使ってホテルを借り上げていた。金はミレイヌが貯金をはたいて――かつ裏の手口を用いてこの場所を確保し、人混みに紛れていても不能者故に目立ってしまうフリントとゴーダンは作戦決行までここに潜むことにしたのだった。


「さて……予想が正しければそろそろ来るはずなんだが……まだ来ないのか? もう上り電車は動き出すのに……」


 フリントはミレイヌの位置を見逃さないように気をつけながら、駅へつながる大通りを警戒していた。ターゲットが来るならここからに違いないと思っていたからだ。


「ったくこんな便利なもんがあるとはな……。お前の親父さんから外の情報は断片だけ聞いてはいたが、これほどまでとは思わなかったぜ」


 ゴーダンはシェリルから渡された多機能ゴーグルをつけて周囲の観察をしていた。長年の勘からフリントたちと同じように周囲に潜み警戒態勢を取っている兵士を見つけ出し、その場所にマーキングをしていく。


「……現時点で確認できて17人が周囲に潜んでいる。建物の中に12人、路地裏に5人だ。ターゲットの進行方向からさらに護衛が来ることを考えると、ナタール家のなけなしの戦力を全部集中させたって感じか?」


 フリントは鼻を鳴らして笑いながら言う。


「フン。結構結構。それなら予想が当たったって事だし、何よりシェリルから言われたこの後の脱出手段を使うのに好都合だ。……待ち伏せは少なければ少ないほどいいからな」



 シェリルは路地裏を走り、ガラス玉を置いて回っていた。一つ置くたびに魔法をかけ、そして表情が暗くなっていく。


「……これで直接死人が出るわけじゃないけど、それでも近いことが起こる……。今更、どうこう言える立場じゃないのはわかってるけどね……」



 ミレイヌは駅前の広場で買い物をしているメイドを装っていた。つい数日前までは本当にその立場なのだったからその様は板についていた。だが心の中は落ち着いていない。これから作戦が始まるということよりも、別に思うことがあった。そしてこれをシェリルにも――フリントにも打ち明けることはできなかった。


 そう物思いに耽っていると、近くの路地で爆発音が聞こえ、周囲から悲鳴があがる。――そしてその爆発音は連続し、広場にいる人間はパニックになり、騒然とし始めた。


「始まりましたか……!」


 ミレイヌはパニックに陥り方々に動き出す群衆に飲み込まれないよう、路地裏に侵入し、建物の中に入っていく。人混みに紛れながらもミレイヌはパニックに巻き込まれないように、常に建物内に避難できる位置を確保していた。――作戦が始まった。


 × × ×


 第3区画の大通りを魔動車が走っている。第1区画とは違い狭い路地ながらもそこまで人口の密集が酷くなく、面積も広いため上流階級の人間が車で移動することはそう珍しくはなかった。――馬鹿正直に歩いていけば野盗に襲われる危険性もあるからだ。


 その車の中にはティファニーと執事であるリチャード、そして紋章の化身の少女が乗っていた。ティファニーの顔は先日よりもさらにやつれていた。昨日も寝ることができず、一日中追い詰められたように策謀を練っていたからだ。


 半ば衝動的にベイシスを殺してから、ベイシスがやっていたことを全部引き継ぐことになり、祖父が裏で何をしていたか知らされるハメになった。魔剣の紋章を外に売る計画の詳細を知ったときは眩暈がしたし、不能者を集めてやろうとしていることを知ったときは思わず卒倒した。そしてそんなことをしているにも関わらず、フリントに対しては本気の友誼を持っていると判断せざる得なかったと知ったときは吐き気を抑えられなかった。


 ベイシスがフリントに紋章を預けたのは、紋章の化身をそのまま外の連中に預けては、取引がつぶされるとも限らないし、フリントに宿させて渡すことである種の人質として扱おうとしたのだろう。それは政治家として老練な立ち回りとも言えた。だがそれ以上に、フリントに外の自由を掴ませるためにこの方法を選んだことがそれぞれの計画から見て取れた。


 フリントに第3区画で行っている不能者を集める計画を伝えていなかったこと、ミレイヌの口添えがあったとはいえ運び屋にあえてフリントを選んだこと、そして最終的にフリントの意志に任せる旨であったこと――。これらが全てベイシスができる、今まで苦労させてしまってきていた”友人”への餞だった


 だがティファニーはもう止まれなかった。前に進むと決めてしまったのだから。――そしてフリントに拒絶され、ティファニーの精神状態はさらに悪化の一途をたどっていた。


「お嬢様……大丈夫ですか?」


 リチャードは酷い表情をしながら外を見るティファニーに声をかける。幼いころからティファニーの世話を見ていたリチャードは、ティファニーが唯一心から信頼できる存在であり、ベイシスの件もティファニーから打ち明けられていた。


 リチャード自身、ベイシスが行おうとしていることに内心不満を抱いていたこともあり、ティファニーがしたことにすぐに賛同した。数十年ナタール家に仕えてきたこともあり、この家の人間がどれだけ内面が下劣であるか、よく知っていたことも関係していた。


「大丈夫……じゃないわね。寝なきゃいけないのはわかってるんだけど……ごめん」


 ティファニーも外で使う言葉ではなく、普段の言葉でリチャードに接する。父であるワイスがほぼ家に帰ってこず――それどころか外に家庭を作っていたと知らされ――母も男を作って家に寄ることが殆ど無かったこともあり、フリントにとってのミレイヌのように、ティファニーにとってリチャードは父親代わりの存在でもあった。


「寝ようとすると、肩に何かが乗っかってくる感じがあるの。……そして何とかしなきゃ、今すぐやらなきゃって心臓が早鐘のように鳴って……怖くて仕方なくなるの。どうしたらいいか……わからなくなる……」


「お嬢様……」


 リチャードは何も言わなかった。ここで自分が何かを言えば、それは弱みに付け込んで自分の意見を通すことと一緒になってしまう。――それは律儀な反面、潔癖すぎるとも言えた。ナタール家の痴態を見てきた者の、一種の拒否反応でもあった。


 ――そう考えていた時だった。外から爆発音が鳴ったのは。


「何!?」


 ティファニーは外を見ようとすると、爆発音が連続してあたりから鳴り響く。リチャードはティファニーを庇うように覆いかぶさるが、爆発による衝撃が来ないことを感じ、疑問に思い外を見た。


「これは……奴らの仕業か……!? だが一体目的は……!?」


 ティファニーは一緒に乗せている紋章の化身を見る。この状況になってもなお、感情を失ったように無反応だった。――そのように調整したのだからそれはさして問題はない。だが今考えるべき問題は今の爆発が何を狙ったものかであった。――そしてそれはすぐに理解できた。


「しまった……!」


 パニックになった人の群れが大通りに一斉になだれ込んでいた。爆発音が少し遠くから聞こえていたのも、大通りをあえて爆破しなかった為だろう。――安全なルートがこちらであると判断した群衆は、一斉にこちらに向かってきていた。車が進むことも戻ることも不可能になるほどに。


「リチャード! 今すぐ付近の兵に合図して! あいつらはこの混乱状態に乗じて、この紋章の化身を奪いに来る!」


「承知いたしました!」


 リチャードは車の窓を開け、合図の為の閃光を打ち上げた。そして周囲の兵が行動を開始するため一斉に待機状態から動き出し――。


「そのタイミングを待っていました」


 ミレイヌが近くの建物の2階部分から飛び降り、車の中に窓を蹴破って侵入する。ここまでの畳みかけるような行動に、全員の反応が遅れてしまっていた。


「本当はここで貴女に手をかけるのが正着手なんでしょうが、優先すべきことを言われておりますので……! 失礼いたします!」


 ミレイヌは中にいた白髪の少女に目配せすると、その身体を背負って即座に脱出する。腰には紐がくくりつけられており、その先にはゴーダンがいた。


「確保したな! よし逃げるぞ!」


 ゴーダンが紐を思いっきり引っ張ると、ミレイヌにくくりつけられた紐が張り、先ほどいた建物の屋根に向かって飛んでいく。ティファニーがそれを追いかけようと身を乗り出すとその動きが固まった。


「やはりそこにあなたもいるのね……!」


 建物の屋根からフリントはティファニーたちの乗っている車を見下ろすように立っていた。


「さぁ化かし合いの始まりだ。俺が勝つか、お前が勝つか、あの時の遊びの続きをしようか……ティファニー!」


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