15 「なんで他の奴らに言ったんだ。俺と姫奈が付き合ったって」
環奈に対し、男友達の家に泊まっていたと主張した葵太だが、実際問題、両親にはそういう風に説明していた。高校生がなにも言わずに外泊できるわけはないので、当然の話と言える。
そして、その相手は天満三郎という男子生徒であった。
葵太と仲のいい男子のひとりで、1年2年と同じクラス。つまり、姫奈とも2年連続で同じクラスだった。
それゆえ……というのかはわからないが、天満には葵太と姫奈の関係性の進展を以前から願っていた。いわゆる出歯亀というやつで、葵太が姫奈に長く想いを寄せていることを知ってから、事あるごとに「告白しろ」「デートしろ」とけしかけていたのだ。
だからこそ、家に泊まったことにしてくれと葵太がLINE通話したとき天満は喜んだし、本当の宿泊先が姫奈だとわかると、もはや狂乱狂気になっていた。
その結果である。週明け、葵太が学校へ行くと、
「おい梅田っ! お前、中崎さんと付き合ったらしいなっ!!」
「えっ? な、なにそれっ」
「とぼけんなよ! ネタはもうあがってるんだよっ!!」
「あっ、こんなところにいいサンドバッグが」
「ぐへっ!!!」
「俺も最近運動不足だからボクシングしよっと」
「うげはっ!!!」
クラス中の男子、いや他のクラスを含め、様々な男子から手荒い祝福を受けたのだった。大半は軽く力を込めるくらいだったものの、中にはガチで本気な者もいて、輪の中には入ってこなかったものの少し離れたところから殺意に満ちた視線を向けてくる者もいた。
でも、そうだよね。俺みたいな冴えない男が、実質幼馴染ってだけで姫奈と付き合うことになるんだからね。腹筋のひとつやふたつ差し出すのが自然だよね……。
などと葵太は思いつつ、1時間目の授業を迎える頃には腹筋が完全に悲鳴を上げていた。これじゃ、ボクサーの練習だ。いかに姫奈に想いを寄せていた男子が多いかを、まさに身をもって感じた。
……まあでも仕方がない。今日は、姫奈が学校に来ていないから。
もともと2日と予想していたロリ化だけど、3日だったようで今日は登校できなかったのだ。(朝イチにその旨を伝えるLINEがきた)
その結果、姫奈に聞けなくて、暴力的行動に出る男子が多かったのだろう。
「よう、リア充」
と、そんなことを思っていたら、隣の席に座ってきた男子。天満だ。顔立ちそのものは整っており、軽いウェーブの髪型もおしゃれだが、顔に隠しきれないゲスさがにじみ出ている。実際は整った歯並びをしているのに、今の葵太の目には、出っ歯野郎に見えた。
遅刻ギリギリに入ってきたためできなかったが、盾にしてやりたいと思った葵太である。
「幸せでニヤケが止まらないって顔だな」
「苦痛で顔を歪めてるんだよ……誰かさんのせいでめちゃくちゃ腹筋殴られたぞ」
「おいおい、いくらなんでもその言い方は姫奈ちゃんに失礼だろ。せっかく告白受け入れてもらえたのに、恨まれるのだって覚悟してたろ」
「違うわ、お前のことだよ。なんで他の奴らに言ったんだ。俺と姫奈が付き合ったって」
担任がショートホームルームをしていることもあって、葵太が小声で尋ねると、天魔はニヤケを加速させる。
そうなのだ。あろうことか天満は、葵太と姫奈が付き合ったというころを、土日の間にクラス中、いや学年中に広めてしまったのだ。
しかも問題は、葵太が付き合ったことを認めていなかったこと。外泊の理由をつくるために、姫奈の家に泊まることまでは伝えたが、それ以上を尋ねるLINEは全部無視した。無視したのに、天満は勝手に付き合ったと判断し、あちこちに情報を拡散した。
「もし誤報だったらどうするんだ」
「そのときはお前が否定すればいいだけだろ。『中崎姫奈さんはお友達のひとりで、交際関係にはありません。天満の勘違いです』って」
「なんで俺が否定するんだよ」
「芸能人も年始に先走った結婚が出たときにやってるだろ」
「週刊誌のやり口かよ。俺は芸能人じゃないんだよ」
「そんなこと言われなくても知ってるよ」
「お前が言ったんだろっ!」
軽く声を発したら、
「おい梅田。いくらホームルームと言っても勝手に喋るなよ」
「はいっ、さーせんでした」
担任に軽く怒られた。その場で頭をぺこぺこ下げる葵太に、天満は机に突っ伏して、腹を抱えて笑いつつ、
「まあでも結果、事実だったんだから良かっただろ。いつかはバレることだし、もしバレたときに隠してた期間が長いと心象も悪い。だから周りが無理やりバラすくらいがちょうどいい。むしろ、俺としては感謝してほしいくらいだね」
などと言う。
たしかに、天満の言うことには一理あると思った。数十人レベルでお腹を殴られたものの、今後数週間に渡って色んな人から聞かれるのはもっと億劫だ。そして、あんなふうに暴行めいた仕打ちを受けたことで、気分がスッキリした人もいただろう。殴ってきた奴らがそこまで考えていたとは思えないけど。
その結果、
「……ムカつくなこの野郎。完全にムカつけないところが余計にムカつく」
机に顎をつけた体勢で、葵太はつぶやく。
それを見て、天満はどこか保護者めいた優しい笑みを浮かべながら、クククと小さく笑いをこらえた。




