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彼の仕事と猫



 砦での生活は意外と規則正しい。

 ナキは正規の兵との生活は別に苦ではない。規律に沿った行動というのはなにか馴染む気がする。

 それは、冒険者や傭兵などをしているのであれば、少数派に属する。なぜなら、その規律やルールから逸脱した、あるいは逃亡した者がなるものだからである。


「あーだるぅ。良く真面目にやるよな」


「難癖つけられるのも、報酬減らされるのも嫌じゃない? 見えるところだけ真面目にやりゃあいいよ」


 二人組での巡回は、砦の外での一周。外壁の上を一周。内部の建物の外回りと内部でも屋上なども見回る。

 思いの外、移動距離は長い。


 現在は砦の外に出て少し歩いたところであった。


「少しは使えるとこ見せないと使い潰されるからね」


「確かに」


 アーガイルと名乗った若い傭兵はそっと上方に視線を向けた。

 ナキもつられて視線をあげる。

 視界に金色の髪が煌めいていた。どうやら外壁の上にジャック(仮)がいるらしい。


「あの人なんて言ったっけ?」


「えっと、ジャックとかそんな感じだったと思う。偽名くさいとしか記憶ないな」


 アーガイルも首をかしげている。それなりの育ちの良さと平凡すぎる名前がそぐわないのだ。

 貴族的平凡な名前ならわかるのだが、平民的平凡な名前ではすぐに看破されるだろう。

 という程度も理解してないくらい上の人間なのだ。


 ごく希にああいう容姿の一般市民もいるが、だいたい孤児で貴族の隠し子であったりする。そうなると育ちの良いとわかるような者は貴族であろう。


 挨拶も特にいらないだろうとナキは歩き出した。砦は山の中腹にある。森の中に隠されているように存在していた。

 とても古いもののようだが、手入れはされていたのか砦の周囲を囲む壁も崩れはない。


 出入り口は二つ。正門として運用されているところと裏口がある。裏口のほうにも今は見張りが立っている。

 暇そうにあくびをしている二人組はまだちゃんとしている方だった。

 雑談、座り込み、果ては賭け事と正規の兵士でも乱れているところは乱れている。誰も来ないし、来たとして傭兵や冒険者なら取り繕う気もないだろう。

 少々の暇つぶしとして立ち話をすることもあるらしい。


「よぉ。今日はどんな具合なんだい?」


「平和過ぎて死にそうだよ」


「いいことじゃないか」


「そうすると隊長がやる気出して、訓練言い始めるから嫌だ」


「それは困ったな」


 一人はアーガイルの顔見知りだったらしい。気さくに話しかけている。相手も嫌な顔をせずに話をしているのだから、関係は良好な部類なんだろう。

 もう一人は我関せずといった様子だったが、ナキに視線を止めて不思議そうな顔をしていた。


「あれ? 猫は?」


「……逃亡中。見つけたら捕獲して。好物は、干し肉」


「そういや、洗濯婦があの毛むくじゃらーっ! って怒ってた。捕まって皮剥がれたりしてないといいな」


 ブラック過ぎるジョークだ。

 ナキはちょっと嫌な顔をして肯くに止めた。今ここで、相棒に関してなにか深く聞かれるのは困る。

 仕事を離れると洗濯婦にだって大人気な白猫は今頃、ご令嬢の膝の上か、撫でられているか、遊んでもらっているだろう。


 羨ましい。


 ご令嬢は見事な赤毛の美女だった。驚いたように見開かれた目は深い海の底のような青。膝枕を羨ましいと言えば、こっちに来いなどと平然と言われた。

 こちらの動揺など気にも留めない冗談はたちが悪い。


 もしナキが実行したら、頬に跡が残るほどに平手打ちされそうな気がする。

 うん、でも、あの谷間はけしからん。


「……いっそ、ネコになりたい」


「なんか、疲れてる?」


「朝からそっちのたいちょーに絡まれてたから」


「ああ……。なんか、機嫌悪くてほんと困ってるんだ。無言で威圧してくる」


「そういや、慌ただしい感じがしてるけど何かあった?」


「なんだろうなぁ。俺たち下っ端にはわからんよ。さて、お仕事お仕事」


 兵士たちに急に手で追い払われる。

 こそっと手振りで上を示されたので誰かがやってきたのだろう。なんの話をしているかわかるほどには近くはない。ただ、話しているということはわかるだろう。


「なんかおまえしたの?」


「知らないよ。猫の幽霊とかいうから気になったんじゃない?」


 ナキがちらりと見上げればやはり同じ金髪が見えた。

 暇なのか、ものすごく警戒されたのか。どちらにしろやりにくくはなった。この調子では彼女のところに行けるかも怪しい。


「もしくはあの魅惑の毛皮の虜なのかもな」


 ぷっと少し離れたところから吹き出す声が二人分聞こえた。

 隣からはもっと遠慮ない笑う声が聞こえる。


「確かにっ! もふもふは正義と姉ちゃんが言ってた!」


「しっ。僕が睨まれるよ。あーもー、あいつどこいったんだろ」


 ナキは心底困っていると言いたげにぼやいてみせる。その後の巡回中もアーガイルは機嫌が良さそうだった。

 まあ、それもお昼を食べるまでだろうなとナキは哀れむ。

 朝食での出来事を彼女たちは忘れないだろう。砦という性質上か、毎食多少の肉は出てくる。数少ない良いところだ。

 その楽しみの肉が減っているのは悲劇である。若いならなおさら辛いだろう。


 屋上までの巡回を終えれば昼食に行ってもいいことになっている。


「今日のお昼は何かなーっ!」


 絶望しないといいけど。ナキはひっそりこっそり、その後ろを離れることにした。

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