多少の誤解とすれ違い2
国境を越えたと言われてしばらくしたころ、暗い森の中にちかちかと白い光が見えた。淡すぎる光のはずなのに一度気がつくとずっと目に付く。
「見つけた」
詠歌は呟くとそのまま高度を下げていく。慎重なのか、ゆっくりとしたものだったが途中で不穏なことを言い始めた。
「小さくないと降りられない」
「……そうですね」
森の中に巨鳥が降りれる場所などない。ミリアは嫌な予感を覚える。
「クリス、受け取れ」
「……!!」
ミリアは悲鳴も出なかった。いきなりポンと空に放り出される。
のんびりを見上げた白猫が、慌ててその姿を変えた。ちょうどよく、その上に落ちたのは運が良かったのだろう。
すたっと詠歌は人型になって降り立っている。その姿は優雅で、ミリアは非常に不満だ。
「な、なにするんですかっ!」
「おんぶしててもいいけど、なんか、殺意向けられそうだからやめた」
「……何をしているのか聞きたいが、それはナキに譲ろう」
言い合っているミリアと詠歌にそう言って白猫は小さくなってから毛づくろいを始める。
ぎぎぎと音がしそうな気がするぎこちない動きでミリアはナキへ視線を向けた。
びっくりしたと言いたげに目を見開いている。ミリアと詠歌を交互に見つめて、首をかしげてからの動きが早かった。
「え、な、何しに来たのっていうかなんで連れて」
動揺のままに何か言いだすのは、ごくまれにあったがこれは見たことないなと現実逃避した。
詠歌の肩をつかんで、揺さぶっている。あれでは答えるどころではないのではないだろうか。
「怒っているというより混乱しているというほうだのぅ」
「でしょうね」
ミリアが安全なとこにいるほうが俺が安心と言っていたのだから。
「なぜ来たのだ? 一人では出ぬように、まじないをかけておいたはずだが」
「燈明様が一緒に行こうぜ!って」
「……微妙に似てるのぅ。寒気がしたわ。なるほど、出てくるな、でよかったのだな。まあ、来てしまったのは仕方あるまい」
諦めたようなため息を白猫がつく。いつでも、可愛い子猫らしからぬ老成した態度にミリアは不思議な気がした。
しかし、一応は長く生きている聖獣様でその態度もおかしくはないはずなのだが。声も渋いしと思うもものやっぱり不思議だった。
「いやぁ、ほらさー、都合よく皇子もあのムカつくお付きもいるし、人前で恥かかせてからの制裁でもしてやろうかなぁって俺、やさしー。見てる前でやったほうがスカッとすんでしょー」
力任せに揺られながらも言い募る詠歌の図太さが恐ろしい。体を乗っ取っているというからのたいどなのだろうか。
外身の燈明がどうなってもいいというのはさすがに横暴な気がする。
白猫も呆れたように、そろそろやめよ、と言いだしていた。
ミリアは周りを見回した。深夜の森は暗いが、白猫と詠歌が淡く輝くせいかあたりは良く見えた。
王国側で待っていた森とは違う。狩りのために整えられたような森だった。ある程度、人が動きやすくなっている。
「これって相手からもよく見えるんじゃないの?」
「そうなんじゃが、見つけてほしくて」
「クリス様っ! いいから、ミリアは帰って」
「ほらほらクリスは俺に付き合う。あ、そっちは、しばらくそのままでいいよ」
混沌としている。いつもはそれなりに冷静なナキがイライラしているのでより悪化しかねない。
ミリアはすっと息を吸った。こういうことに大事なのは、声の大きさではない。
「皆さん少々落ち着かれてはいかがでしょうか」
ぎょっとしたような視線が集中したような気がするが、気のせいにしたい。恐れおののかれているような気がするのも気のせいだ。
ミリアはなんでこんなことにと嘆きたいが、元々の原因は自分だと思い出してその事実から目をそらした。
「一人ずつお話していただけますか?」
「あー、我はナキの付き合いなのでパス。皆の意見に従うぞ」
尻尾をくゆらせて白猫はミリアの足元にすり寄った。
「ずるっ、いや、俺は東のお方からの任務遂行中で、ついでに傷口に塩でも塗りこんでおこうかなあって思って。
さすがにトレースするのはある程度接してないと難しいし」
「トレースってなにすんの?」
ナキが胡乱な視線を向けている。
少し前にナキも似たようなことをしていたが、ミリアの擬態はそんなに簡単なのだろうか。いや、あれは見た目はミリアで参考にしたのは白猫だった。自分ではない自分の可愛らしさに衝撃を受けたのだが、燈明も同じようにやってのけるんだろうか。
「こういうの」
燈明である外見は女性の姿に代わり、穏やかに微笑んだ。服装も簡素なドレスに変わっている。初対面からこれであれば、ミリアの対応も穏当であっただろう。
いや、似すぎて、妙に対抗意識を持ってしまったかもしれない。きっと燈明はあれでいい。
勝手にそんなことをミリアは考えていた。
「似てない?」
反応が返ってこないことに詠歌は不安そうな表情を浮かべている。
「似てない」
「似てないのぅ」
「え」
思わず、ミリアは声をあげていた。ミリアルドには似ていた。こういう顔をしていたはずだから。
ナキはミリアの反応を見て、慌てたようだった。
「あー、ミリアルドでいいのか。そっちなら似てるかも。俺、あんまり会ってないからしらない。クリス様は?」
「うむ。それなら、ご令嬢ですという態度でいいのではないか? あとは髪は長い」
「このくらいかな。ま、暗いんだからごまかせればいいんだ。で、クリス連れてふわふわと現れて、断罪してくるっての。
言いたいことがあれば言ってくるけど」
「……それは生き返ったというものでしょうか」
「いいや、東のお方からの言葉を伝えるために例外的に一時という感じかな。これから輪廻に回るとか言っとくよ」
「それならば何も。二度と、関わりたくない」
痛ましげに詠歌に見られたのにミリアは違和感を覚えた。なにがあったのか、すべて知っているかのような態度が落ち着かない。
白猫にもナキにも言っていないことはある。
「ま、痛い目には合うから楽しみに」
「それよりもナキが心配という気持ちに付け込んで様子を見に行くという話でしたのに。それとは全く違う用件なのはひどいと思いませんか?」
「うっ。い、いや、埋め合わせするよ。きっとクリスがっ!」
「わ、我が!?」
「東のお方に苦情の申し入れで、いいと思うよ。なにしてんのかな。この聖獣」
呆れたような表情のナキにミリアは向き直った。問題があったのはそっちだけではない。
うっと一歩引いたところになにか後ろめたいことでもあったのかと察する。
「ナキは、どうして、こんなところで追われてるの?」
「い、いやぁ、話せば長くなるから、あとで……」
「うむ。我と燈明、じゃなくて中身は詠歌か、ま、二匹で楽しき制裁タイムをしてくるのでゆっくりするがよかろう。
予定通り、崖落ちはせねばなるまいがな」
尻尾をフリフリ余計なことを言いながら、白猫は詠歌に近づいた。抱っことでも言うようにうみゃうみゃ鳴くがむんずと首根っこをつかまれている。
ナキは、え、クリス様、え? 捨てられた? と聞き捨てならないことを呟いている。まるで、ミリアが取って食うかのようではないか。
尋問はするので、それほど間違ってもいないかもしれない。
「お時間ができましたので、お話しましょ」
「はいぃ」
完全に怯えられていた。




