幽霊より人が怖い
ふぁあと気の抜けたあくびをしながらナキは食堂に顔を出した。少々昨夜は夜更かしをしてしまった。ちょっと、見つかるとまずいような場所の探索は相棒の役目だったのだが、今は致し方ない。
スキルのおかげで夜目が利くというのは便利である。
この世界はレベルとスキル制で運用されている。冒険者カードの更新時に、測定を義務付けされていた。外には開示されないが、ギルド内では共有されているらしい。冒険者ギルドというのも一つの組織というよりは協同組合なので、色々ある。元々民営なのか官営なのか微妙な上に、色んな国に存在するくせに相互協力は微妙。同じ名前の別組織といった具合だ。
うっかりそのあたりを受付でつっこんで聞いて、要注意人物扱いされたこともあった。
そうでなくても最初よくわからずに隠さずにスキル全開示したときから問題があったわけではあるが。
ナキはなにもわからずにこの世界に放り込まれたが、チートらしきものがないわけでもない。あまり利用していないだけである。
相応に対価を要求するものばかりで、チート? と首をかしげるようなものばかりだ。
供物を代償に異界から召還する。
レベルを代償にスキルを増やす。
スキルを代償にレベルを上げる。
こんなものばかりだ。最初はどうして良いのかわからず、スキル増量しすぎてレベルは1から上がらないし、壊れない武器と考え抜いたあげくに供物代が足りず借金もした。
よく二年も五体満足でそれなりに健康でいれたものである。
なお、一番のおかしな産物が使っている槍だ。合金製で見た目よりもずっと軽く、硬く、だいたいのものは破壊できる。
さびない、なまくらにならないという優れものではあるが、ナキ以外が持とうとすると途端に重くなるらしい。
現在、部屋の飾りと化している。
「おはようございます」
だれにともなく、挨拶をすればバラバラに返事が戻ってくる。今雇われているのは個人で活動中の傭兵、冒険者が多い。どこかのパーティを一つということはない。前衛ばかりに偏っているのは気にもなるところだ。
現在、夜間の見回りと昼間の見回りで四チームに分かれていた。朝食の時間に出てくるのは、昼間の見回りのものだけだ。食後、夜間の見回りと交代後、朝食をとるスケジュールである。なお、兵士たちとは食事時間が違う。彼らはもう少し早起きだ。
ナキは厨房にも挨拶し、朝食をもらう。朝食は毎日同じである。昨日の夜から小さい袋がついてくるようになった。中身は堅焼きのビスケットと飴が数粒。ビスケットの数まではうるさくは言われないから出しやすかったのだろう。飴は砦として保管していなそうなので誰かの私物と思われる。
夕食後に出ることが出来ず、夜も遅くなってから外から落としておいたが彼女は気がついただろうか。
まあ、朝には気がつけばよい。まずければ相棒がどこかに隠しておくだろう。
ナキは空いている席に座った。
「きいたか?」
「聞いた聞いた」
「……なんのはなしー?」
同じテーブルの3人がこそこそ話をしている。
噂話はいつでも暇つぶしである。ナキも時々は混ざるようにしていた。たまに役立ち情報が入ってたりする。
「おう。おまえ、びびんなよ」
「ん」
大人も恐がりそうな強面が、顔をしかめながら薄い葡萄酒をちびりとやった。葡萄酒といってもほとんどアルコールの抜けている渋いジュースのようなものである。傭兵などが良くやる習慣のようなものだった。
「ここは女と猫の幽霊が出るんだとよ!」
ナキは表情を引きつらせた。
「……へ、へぇ? こ、怖いねぇ。どこで?」
「わからんが地下から猫の声と女の声がするんだって。
もちろん、若い女」
同席した若い傭兵が、身を乗り出してそう話を続ける。
なにがもちろんといえば、若くない女性もいるからである。わざわざ言って厨房の奥からぎっと睨まれていることにこの若い傭兵は気がついていない。
ナキには羨ましい鈍感さである。
僕は違いますよと慌てて横に首を振ってみるものの今日の昼食は期待できないかもしれない。
ナキのそんな様子に他の者も苦笑する。こいつこいつとわざと指さしたりもするので、厨房のご機嫌は損ねたくないのは一緒らしい。
当人だけがきょとんとしている。
「つっても、どこの戦場でも砦でもよくある噂だよ」
「あ、俺、この間いった城でこんな話聞いたんだけど」
皆が暇なのか怪談話に花が咲く。だいたいのオチは生きている人間が一番怖い。
まさしく、その通り。
「おまえはなんかないの?」
「ないねぇ。元々パーティ組んで、モンスター討伐ばっかりしてたから」
話を振られてもナキは今のところ、幽霊の類に会ったことはない。半透明の幽鬼という類似品は知っている。殴って消えて、おまえどういう体してんの? とびびられたことがある。
そのときは必死だったので全く憶えていない。
つまんないという顔をされたものの1人が思い出したように、あ、あれ。と言い出した。
「なんか珍しい長槍使ってたよな。あれ、重くない?」
「すっげぇ重い。でも壊れない。とても大事」
「ああ、そういう方向のヤツね。なるほど。で、なんで抜けてきたんだよ」
「ん? 若い女の子が、パーティに入ってきた事による痴情もつれに巻き込まれてクビ。好みじゃないからスルーしたのが気にいらなかったっぽい?」
改めてナキが振り返れば、それのような気がしてきていた。おねだりだのリップサービスだのされた気がする。彼女はお姫様のように君臨したかったのだろう。
その当時、ナキはそういうのに全く気がつかなかったが。
「それが一等怖いわ」
おお、怖い怖いと言いながらちりぢりになっていく。
なぜかと首をかしげる前にそれの原因を見つけた。食堂の入り口に見たことのある顔があった。
皆食事は終わっていたし、入り口に砦の兵士の姿が見えたからであろう。あまりサボっていると思われるのもよろしくない。直接雇用時の面談をした相手だから余計だろう。
兵士長などという肩書きらしいが、嘘くさい。一般市民の出ではないだろう。物腰が既に違うし、粗野に振る舞おうとしているが上滑りしていて時々笑いたくなる。
というのが彼らの見解だった。
皆が何となく、この砦の状況がおかしいことには気がついている。そして、容易には逃げ出せそうにもないことも。
ならば必要以上知らないふりをすることが得策だ。兵士にとって傭兵も冒険者もその命は軽い。邪魔だから排除というのに躊躇はない。
「おまえ、確か」
「ナキと申します。なにかご用でしょうか?」
ナキは食事の手を止め、立ち上がる。
下手に出た方が良い相手である。妙に興味も引かれたくもない。彼は手振りで座って良いと示してきたのでナキは大人しく従う。
なんて名前だったかな? ジャックとかなんとか言ったような? ナキはなんか似合わない平凡な名前と思った記憶しか残っていない。
まあ、ジャックでいいかと思う。どうせ、名など呼ぶ機会はない。
ジャック(仮)は周辺を見回していたようだった。
「猫を連れてなかったか?」
「連れてますけど。気ままなヤツなので、外で遊んでると思いますよ。あれ? 砦の外に出せとか今更言われても困るんだけど」
「いや、いるならいい。なにか変な話を聞いたものでな」
「え? なんか幽霊とかの話ですか? 今、なんか聞きましたけど。うちのは元気よくネズミを追って、おやつをおねだりするようなヤツです」
ナキは全く動揺せずに言うが、心臓がばくばくしていた。ばれてはいないが、疑われているらしい。
ジャック(仮)はなおも不審そうに見下ろされていたが、呼び出せとまでは言わないらしい。ナキは食事していいだろうかと言いたげにパンだけ手にとった。
そうしていると不意に視線を外される。
「そうか。邪魔したな」
「いえ」
あとは、全く振り返らなかった。ナキはジャック(仮)の後ろ姿を見たのは初めてだが、肩を越えた緩い巻き毛の金髪はやはり、一般兵とは思えない。一つに結んではいるのだが、慣れていないのか少し歪んでいる。
その姿が見えなくなってからナキは食事を再開した。
スープは冷えてくると塩分やけにしょっぱく感じられるものだ。
「お代わりはいるかい?」
ナキのあまりにも食が進まない様子に業を煮やしたのか料理長が厨房から出てきた。
少し心配したような声音にナキはぱたぱたと手を振った。
「大丈夫。うーん。なんかあの人、ジークフリートって感じしない?」
「……余裕だね。これはとっときな」
「はい。ありがとうございます」
料理長から小瓶のジャムが追加された。そして、ナキはなぜか肩をどーんと叩かれる。
「ほら、とっとと食べて仕事いきなっ!」
「はぁい」
ナキは冷えているスープとパンを平らげることに集中することにした。