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秘密は誰にでもある 2


 外に水が欲しいと言ってはみたものの反応は薄かった。もういないのではないかと不安になって、外を覗きたくなる。

 しかし、簡単には立ち上がれそうにない。

 彼女は昨日と同じように机の上に台を置いて、その上に座っている。ミリアの膝の上には戻ってきた猫が当然の顔でくつろいでいた。ずっと一緒でしたよと言わんばかりの懐きっぷりには驚く。あなたがご主人様ですと言いたげに甘えてくる。


「仰せのままに」


 しばしの間を置いて聞こえた声は芝居がかったようで面白がっているのがわかる。ほんのわずかな間、謡うような声が聞こえる。

 あちこちの言葉を覚えたミリアでも聞いた事のない言葉に眉を寄せる。近隣の国でも訛りや言い回しは変わっても大きく言語は変わらない。

 どこから、来たのだろうか?


「にゃっ!」


 膝の上の猫が、こっちを見てと言わんばかりにミリアの手にじゃれついてくる。クリス様と呼ぶとご機嫌に撫でよとお腹まで見せてきた。

 かわいい子猫。


 それだけでは異常ではないが、言葉を理解しているかのような仕草が多すぎる。昨夜は一緒にベッドに入ろうとしたら拒否された。

 にゃごにゃごと部屋の隅で寝たふりをされてしまう。

 それでも簡易的に作ったおもちゃには反応して、遊ぶ。我を忘れて遊んでいるところを

見れば、ただの猫に見えた。


「貴方たちは変ね」


 こんな妙な猫、見たことがない。

 外の男もミリアが会った誰とも似ていなかった。そもそも猫連れで旅をするなど聞いた事もない。


 姿は見えないが声からしてまだ若い男なのだと思う。兵士のような固さはなく、しかし、傭兵のような粗野さもない。冒険者だったと言っていたが、話に聞く者たちのような無知さもあまり感じられなかった。

 ミリアがワケありとわかっても態度を変えた風もなく淡々と対処されている気がする。


 彼女の今まで会った人物像のどれとも合致しない。いや、あるにはあるのだが。


「あなたの飼い主って城の道化師みたい」


 飄々と捕らえどころがなく、意味のわからないことを言うかと思えば、核心をついてくる。どこか心配そうに頭を撫でてくれた彼はとうの昔に引退し、今は誰も道化がいないことを気に留めていない。

 けれど、あれから色々城の中が壊れていったような気がしている。なんだか余裕を無くしてしまったように。


「うにゃあ」


 同意なのか抗議なのかわからない返事にミリアは猫をくすぐってみた。

 うにゃにゃと身をよじりながらも膝から落下しないのは猫だからなのだろうか? ミリアはよくわからない事を考えながらも毛並みを堪能する。

 細くてふわふわで、手触りは極上の布のようでうっとりしてくる。無心になで回すとなぜか無表情になっていく。


「おーい。お楽しみのところ悪いんだけど、お水」


 上からの声にミリアが視線を向ければ瓶入りの水が隙間からするすると降りてくる。紐が結んであるとは言え、器用なものだと思う。紐を外せば、また紐だけが軽快に登っていった。


 それを思わず見上げていると、初めて、外の人物と目があった。

 闇より深い黒。優しげな目元が、驚いたように見開かれた。


「わぉ。美人」


 軽薄な声にはっとした。


「いいな、美人の膝枕。僕もされたい」


「にゃう!」


 得意げな猫の声が苦笑する。ミリアの前では取り繕う事さえやめたのだろうか。


「いいわよ。ここまで来れるなら」


 笑う声が遠くなる。少し離れたのだろう。


「やめとくよ。相棒が怖い。好き嫌いはない?」


「食べられるものなら」


「……なにげに怖いこと言うねぇ。お昼と夜用にちょっとだけ」


 少し間を置いて別のなにかが紙に包まれて降りてきた。


「うちの相棒はとても頼りになるから、本当にまずかったら頼んで欲しい。

 あれはお願いしないと動けないんだ」


「え?」


「じゃ、次は明日とかかな。あまり、変に動くと目立つからね」


 今度は紐さえも回収せずに去って行ったようだった。しばらく待っても、なにも声は聞こえない。


「あなたの飼い主ってなにを考えてるの?」


「にゃあ?」


 ミリアと同じような角度で猫も首を曲げる。しらないよと言うようでおかしかった。

 ミリアは台から降り、机から床へと足をつけた。こんな行儀の悪いこと今までしたことがなかった。

 机を軽く払い、今度は椅子に座る。用意されている家具は古ぼけているが、牢には似つかわしくない。

 水差しは食事ごとに返すことを要求されている。古ぼけた木製のカップだけが手元に残っている。

 水をコップにいれて口に含む。ミリアは嗜みとしてなどと言われ、多くの毒物に触れ少量口にしたこともある。多少の味の違いというものが水では出てきてしまうものだと知っていた。

 その水はひどく冷たく、全く味がしなかった。


 ミリアはつつみを開けてみることにした。中はパンになにかを挟んだものと堅焼きのビスケットだった。用意してきた、という感じには思えなかった。


 パンには薄いハムのようなものと刻んだ野菜がはさんである。ミリアは食べたことがないが、さんどいっちというものだろうか?

 恐る恐る口に運ぶ。


「おいしい」


「うにゃう」


 どうだ、と言いたげな合いの手が足下から聞こえた。きちんと座って見上げてくるところは愛らしい。


「あなたの飼い主は魔法使いなのかしら」


「にゃあ?」


「クリス様、なにか食べられる?」


 いらないと言いたげに首を横に振る。

 ミリアはそうと呟いてしばし目を閉じた。


 さて、食事も排泄もしない生き物は、果たして本当に猫なのだろうか?


 ミリアはサンドイッチも水も半分を残し、隠すように布をかけておいた。明日のいつ、再び訪れるのかわからない。空腹を覚えるまで、残しておくことにした。

 多少悪くなったところで、腹痛に悩まされる程度であろう。……たぶん。


 ミリアは小さい猫の隣に座り込み頭をそっと撫でた。


「ねぇ、助けて欲しいの。私はここから出たい。裏切ったのは、祖国ではなく婚約者だもの」


「うにゃ?」


「私は本当は、王太子妃になる予定だったのよ」


「うにゃ!?」


 びくっとしたような顔で猫が見上げる。

 あまりにも人に似た仕草にミリアの方が驚いた。そして、はっと気がついたようになにもわかりませんと言いたげに毛繕いを始める。


「クリス様は猫だものね」


 そうそうと肯く仕草はもはや取り繕えていない。

 ミリアは笑いを堪えながら、あごの下を撫でた。ごろごろと喉を鳴らすところなど本物にしか思えない。


 名も知らない冒険者と名乗る男はいったい何者なのだろうか。


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