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婚約破棄された令嬢とパーティー追放された冒険者が国境の隠者と呼ばれるまでの話  作者: あかね
冒険者と侍女と白猫

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三日目 1


 翌朝の昼前には皇女の一行は国境へとたどり着いた。

 国境というのは明確に線が引かれているわけではない。平原と言うより荒れ地にぽつりと小さな家が数軒建っていた。中心に大きな木製の門があり、あれの向こう側とこちら側で国が違うことになっているらしい。


「……雑」


 そうナキは呟いた。最初に帝国内に現れたため、国境らしい国境というのは初めて見ることになる。

 それとなくそばにいたリンにもそれは聞こえたようで笑ったようだった。


「こんなところまで人員割くより次の町以降で警戒した方がましなんだよ。揉め事があればすぐに移動する場所に砦なんてつくってもな」


「ああ、だから簡易的な感じなわけね……」


 リンの話でナキは改めて雑に感じた理由がわかった。素朴というよりやっつけ仕事のような家ばかりだ。おそらく国の境目を表す門だけがやけに立派に見える。しかし、柵があるわけでもないので国境の門を通らずに抜けていくことは容易だ。不法侵入し放題にも見える。


 それが横行しないのは通過したことを証明しないと各種ギルドでは仕事が出来ないことになっているためだろう。不法侵入が判明した場合、即犯罪者の仲間入りでありそれまでの身分証は剥奪される。通行証明の偽造などした場合には関係者全て処分するような重罪でもあった。

 一般人にとってはやってもいいけど実入りが全くないのがこの他国への不法侵入だろう。


「ここは長い方だから作り直すかもな。十年は移動してないはずだ」


「その前は?」


「国境に門なんぞ置けなかった」


 国境の門というのは象徴的意味もあって、国同士の交渉が決裂すると破壊するらしい。なにか話がつくと新たに作り直しするというのが定番だそうだ。そのため、門を傷つける行為は厳罰に処される。


 つまり、門をおけないと言うことは絶賛、交戦中だったということだ。ナキはその時期に現れなくて良かったと思う。あちこち燻っているようだが、今のところは平和そのものらしいから。それにしては色々巻き込まれたような気がしている。

 そんな話をリンから聞きながら、しばらく門の前で待たされることになった。


 こちらの旅程は予定通りではあったが、王国側の使者の用意が出来てないらしい。帝国の姫君を待たせるとは良い根性だと思う。

 その当人は待たされることを厭うわけでもなく、馬車から降りてきょろきょろとしていた。その後ろに苦い顔をのユークリッドとつんと澄ましたようなミリアが控えている。


「……あれってどうなの?」


「後宮を出されたこともないのだから多少は大目にみるというところだろうな」


 ミリアと目があったと思えば、嬉しそうに目を細められてナキはどきりとした。ナキはミリアに小さく手を振るが、それを見つけたルー皇女が首をかしげたのが見える。

 そして、なにかをユークリッドにひそひそ話しかけていた。その後、ルー皇女はミリアにもなにか耳元で言っているようだ。

 その直後、見られたのは。

 ニヤニヤ笑う皇女、しかめっ面を作ろうとして口元が笑いかけている守り役、真っ赤になって顔を覆っている侍女。


 なにやってんのあの人たち。

 ナキは脱力しそうになった。隣にいるリンもあーあ、と呟いている。


「なんか、殺気を感じるんだけど……」


「気のせいと言ってやりたいが、あっち」


 あたりを見回す振りをしてリンがこっそり示した方に視線を向ける。帝国の兵士たちがそこにはきちんと整列して待っていた。特に指示されなければバラバラにいるこちら側とは全く違う。

 そのきちんとした集団の中で一人だけこちらを見ている。


「推定ジャック氏にあんなに睨まれる記憶ないんだけど」


「二股してると思われてるんだろ。気になる女性が不誠実な男に騙されてるとかなんとか」


「といわれてもなぁ。俺が悪者で話が落ち着くならいいけど」


「さあな。さて、動くみたいだ」


 表向きはルー皇女の護衛の一人ということになっている皇子が、妹の前に現れる。それまであった緩い空気は途端に霧散し、冷ややかなものに変わっていた。


 ミリアはそっと場所をユークリッドより後ろに下がっていた。皇子からは見えにくい位置かつ顔を伏せている。

 ルー皇女はにこやかだが軽い挨拶すらしていないように見えた。建前上のただの護衛と扱うようだ。そこに冷ややかな怒りを感じるが、皇子は気にも留めないようだ。

 皇子は皇子で笑みも浮かべないが、ルー皇女の態度を窘めるわけでもない。

 ユークリッド一人が困った人たちだなと言いたげに見ていた。


 ひそひそ話なら別だが、普通に話してるくらいならば会話は聞こえてくる。当たり障りのない別離の挨拶とナキには聞こえた。


「無理をせず無事に帰ってくるように、ねぇ」


 気に入らないと言いたげなリンの口調がナキには意外だった。もちろん聞こえないような小さな声ではあったが嫌そうな顔を隠しもしない。


「どうしてこうなったか理解してるのかね」


「……どうだろうな」


 ある意味、己の欲望のために妹を差し出したという状況ではある。申し訳なさなど感じていなそうだ。

 それはルー皇女も感じているのかツンツンしたまま、わかりましたとしか答えていない。


 そのままくるりと踵を返して、馬車に乗り込むところが怒りに満ちているような気さえする。ミリアもそのあとに従うが馬車に乗り込む前に立ち止まり、小さく笑んでナキに手を振ってきた。

 ナキがミリアに小さく手を振り返すと安心したように馬車の中へ入っていった。ユークリッドは中に入らず、外で護衛を務めるようだった。


「……なんであんなに可愛いことすんのかな。こんな目立つところで」


「牽制も兼ねていそうだが、それにしたってあれとあれが同一とは到底思えない」


 リンのあんまりな感想にはナキは返答を避けた。おそらく十年とはいかないまでも長い付き合いがある人物が言うのだ。いつもと違うのは確かだろう。


 ふと視線を感じナキは隣のリンへ視線を向けた。どうせ、呆れたような顔で見られているのだろうと思ったのだが、彼は別の方向を向いていた。

 どこから見られているのか見回せば、機嫌の悪い妹を無表情で見送ったはずの皇子となぜか目があった。


「……あのさ、僕が見られてる気がするけど?」


「奇遇だな。俺もそう思う。なんか目をつけられるようなことした、か。したな。

 皇女お気に入りの侍女候補に手出ししたし」


「え。いや、だって……」


 俺のだから。

 などと言い出しそうになってナキは黙った。確実に悪化している。そもそも彼女は物ではない。自分のものといいだしていいわけがなかった。

 そんなやりとりをしている間に事態は変わっていたらしい。ざわついたと気がついた時にはあきらかに皇子たちがこちらに向かってくるのが見えた。


「近づいてくるから逃げていい?」


「もう遅い。喧嘩売るなよ?」


「自信ないなぁ」


 ナキは諦めて近づいてくる皇子を待った。その後ろからジャックとユークリッドがついてくるが、どちらもナキの味方にはなりそうもない。

 ジャックは苦々しい表情を隠してもいないし、ユークリッドは先ほどのような笑いを殺し損ねたような微妙な真顔である。

 前者は少しでも無礼なことをすれば咎めてきそうで、後者は面白がって余計なことを言い出しそうだ。なお、隣のリンは俺は関係ありませんと総スルーする予感がする。


 皇子に目の前に立たれるとさすがに威圧感を憶えた。

 本来ならば傅くなり必要だとは思うが、ナキはそれをする気はない。元々の身分として来ているわけではないからだ。もっとも皇子様として来られても、膝を折るつもりはないが。

 ナキより少しばかり背が高い、細身に見えるが鍛えてはありそうだ。冷たくも聞こえる声そのものは悪くはない。

 整ってはいるが女性的な顔だちというわけでもないのかとナキはまじまじと観察した。この人より俺の方が良いところってどこだろうか? ひっそりナキは疑問を憶える。


「おまえが、白猫の主か」


 相手も観察していたのか、問いが来るまでしばし間があった。

 思わぬ角度からやってきた問いにナキはある程度、会話の行く先が見えた。白猫を欲しがるものは今までもいた。

 飼い主であると認識しているナキから金銭やら脅しやらで奪おうとする。情に訴えるなど色々パターンがあったが、あれは仮にも聖獣で自分の意志というものがある。ナキがどう言おうと好きなようにしかしない。


 あるいは西方のお方のご意向しか尊重しない。それも時々無視するのだが、不快なときにはそれをよくいいわけにしていた。


「いいえ。あれは勝手についてくるので、強いて言えば相棒です」


 それらを踏まえての正直な解答をナキはしたつもりだったが、沈黙がそこにはあった。

 あれ? とナキが首をかしげる。


「俺、変な事言った?」


「猫を相棒という冒険者ってのは相当変わってる部類だ。そもそも猫を連れ歩くというのもおかしい」


 リンは不機嫌そうに言っていたが、笑い出すのを堪えて厳しい顔をしているようだった。なにかを誤魔化すような咳払いもあちこちから聞こえてくる。


「だから言ったではないですか。話にならないと。あの猫で機嫌はとれませんよ」


 笑いを含んだ声の主はユークリッドだった。皇子は白猫を妹に与えて機嫌を取るつもりだったらしい。

 双方嫌そうな顔をしそうな案件ではある。

 ユークリッドの言葉に皇子はしばし思案していたようだが、一つ小さく肯いてなにかを決めたようだった。


「わかった。時間を取らせたな」


「いえ。白い生き物は西方のお方の使いと言いますので、無理強いはされない方が良いと思いますよ」


 ナキの忠告に返答はなかった。皇子はすでにナキには興味はないようだった。ただ、側近には良い顔はされていない。

 去りゆく皇子のあとを大人しくついていくことにナキはちょっとほっとした。


「名くらい名乗ればよいものを。近衛とは言わないでも、優遇してもらえるかもしれんぞ」


 あきらかに笑いながらユークリッドが言う。ナキはこのじいさんも帰ればいいのにと思ったが、思うだけにした。


「僕はそう言うのは望んでないので構いません。出立はいいんですか?」


「うむ。姫が側で見たいとごねておったので、それだけ伝えにきた。断る、でよいな?」


「はい」


「さて、残り少ない日数だが頼む」


 ナキはじいさん楽しそうだなとうんざりした気分でユークリッドを見送る。それなりに名のある人物なので、周りは頼むと言われ感銘を受けているのがよりうんざりした気分にさせる。


「あー、早く国境越えたい」


「穏便に済むかね」


 リンからの不吉な言葉は聞かなかったことにした。

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