二日目 2
目をさまして早々、至急伝えたいことがあるとナキは白猫から伝言をもらった。至急とは言ってもそう簡単に顔を会わせられるような状況でもない。お昼頃にはと返答を返しておいた。
寝起きは良い方なのだが、今日はなんだか妙に体がだるい気はする。
変に気を張っていたせいかもしれないなと昨日の出来事を思い出してため息をつく。
なぜか昨日の昼ぐらいから兵士たちの視線が向けられることが多くなった。敵意から好奇心あたりに分布するものはあまり好意的とも言えない。
そうでありながらなにを言われるわけでもない微妙なものに首をかしげるしかなかった。
その解答はリンが教えてくれた。
曰く、ユークリッド将軍は兵士には冷たいのだそうだ。正確に言えば、ある種の熱狂的支持をうけており誰かに声をかけただけでもその者が嫉妬されるとかいう事件が頻発し、最終的に事務的に対処以外やめたのだそうだ。それ以外の人々には気さくな人物で知られている、らしい。
現在は、皇女の守り役をしているが将軍の称号はそのままとのこと。名誉職と本人は思っているようだが、実権はそのままあるらしい。
そんな話をしていれば他の傭兵も色々逸話を教えてくれた。
生まれはどこかはわからないが、聖女の守護騎士として頭角を現し、彼女が後宮に入るときに皇帝へ仕えるようになったと。そこから色々活躍したらしい。
当代の英雄といったところだ。そりゃあ、兵士たちも憧れるであろう。しかも自分たちには声をかけてくるわけでもなく、ぽっと出の冒険者が気に入られようものなら目の敵にされそうだ。
あのじいさんなにしてくれてんの!? という気分ではある。だが、ナキがあからさまに言えばさらに反感を買いそうだった。
何事もなかったようにするのが一番ましな対応だろう。
昼まではなにごともなく、旅程通りで順調だった。ナキ一人が微妙に不調が続くこと以外は。人に見られることで不調なのだろうか、と思わなくもないがそこまで繊細ではないはずだ。
久しぶりの野営が堪えるほどには、年ではないと信じたい。中身はともかく、肉体的にはまだ若いはずだ。年相応の振る舞いかといえば疑問は残るが。
「大丈夫?」
どんよりしていると昼食の休憩にリンにそう声をかけられた。
「少し不調。直らないのは変な気はする」
「薬湯。少しは良くなるといいんだが」
リンが差し出した飲み物から漂う苦甘い匂い。それは確かに良く使われるものだ。広く何となく不調の時に出される。
礼を言ってナキは一気に飲み干した。
そうでもしなければ耐え難いような飲み物である。ちびちびやると先に来る苦みと喉の奥に残る甘みでひどいことになる。
いっそ甘くない方が良いが、どちらも薬効のある成分なので仕方がない。
「飴でも舐める?」
「もらう」
スッキリとした清涼感のある飴はやや後味をまともにしてくれた。
「少しよくなった気がする」
「そりゃ良かった。向こうでも何人か同じようなヤツいるみたいだから、厄介な虫にでも刺されたんじゃないかって」
「……ふぅん? まあ、足手まといとか言われないようにはするよ。じゃ、僕は用事が」
「迎えは来てる」
「は?」
「皇女の侍女がミリーちゃんって周知しといた方が良いと皇女付きの護衛が主張したので、皆知ってる。兵士のほうは知らせてない。
多少は知ってたかも知れないけどな。王都のほうで赤毛の娘、消失事件ってのがあるんだってよ。それが、こっちにも派生しつつあるって、各ギルドから周知されたんだと。
赤毛ってばれないようにフォローしておくから戻ったらなにか奢りなさいね、だそうだ」
「……そんなやばい話なんだ?」
ミリアからは失踪事件としか聞いていない。それより皇子への対応や状況把握を優先したが、その話を聞いていたら全く別の行動をとっただろう。
ナキは引きつりそうな表情をどうにか無表情まで戻す。
「失踪しても戻ってくるらしいが、部位的欠損、正気を失う、自殺未遂、とまあ、色々まずい感じらしい。しかも、金は持たされて戻されるらしい。それで、戻ったならと捜査もされない。かなり、上の方が関わってるとしか考えられない」
「死人は?」
「かろうじて、出てない。というわけで、全力で、がんばれ」
ばしんと肩を叩かれ、ナキはよろめいた。リンはどちらかと言えば斥候系で、細身に見えたがやはり冒険者らしく力は余っている。
本気で、叩きやがった。ナキは痛む肩をさすりながら、それについては文句は言わない事にした。
薬湯1回分はこれでチャラだ。
リンがあっちと指し示した方に確かに侍女の姿をしたミリアがいた。ナキが自分に気がついたと知ると嬉しそうに駆け寄ろうとして、すぐに足を止めた。
つんと澄ました顔を作り直して、こちらにしずしずと歩いてくる。
「しっかし、可愛くなっちゃって。なにしたら、あんなに誑し込めんの?」
「最初から、可愛かった、と思うんだけどな。……あれ?」
「じゃ、せいぜい、楽しくいちゃつくといい」
すでに背をむけていたリンにナキは違和感を憶えた。
あれではまるで、以前のミリアを知っていたような言い方ではないだろうか?
そうなると今までのリンの行動の意味は違ってくる。ナキはため息をついた。面倒なヤツが多すぎる。
「さあて、誰が味方なんだか」
確かなことは穏便に済ますハードルが上がったことくらいだろうか。
ナキはなんでもない顔を取り繕って小さく手を振った。




