二人と一匹の答え合わせ2
少々の葛藤の末、いないならいないで困るのでミリアは白猫を引き取った。
膝の上でうにゃうにゃ言う生き物は困った事にとても可愛らしい。ふわふわでなんだか無心に撫でたくなる。
「……なんか、ずるい」
「行動せぬ方が悪いのぅ。それで、なにか楽しいことは?」
「ないわね。皇女殿下がお見合いに王国に向かうそうよ。なにか聞いた?」
「忙しそうではあった。王城の中は子猫がうろついていてはおかしい場所ではあるからの。執務的なところは見れぬ」
「そうよね。
年頃からウィルが最有力だと思うけど、どうかしら。あの子、ちょっとデリカシーがないのよね……。弱者には優しくと言い聞かせてきたけど、女の子の扱いを教えておけば良かったかしら」
「侍女やメイドなどには人気があったようではあるな。下働きたちの評判も上々、というより母の評判をそのまま引き継いでいるような気配がある。
代わりに年頃の少年たちにはウケがいいが、少女たちはどう扱っていいのかわからぬと戸惑ってもいるようだ」
「心配しても仕方ないんじゃない? なるようにしかならないし」
「どうしたの?」
ナキの声に少しばかりの不機嫌を感じた。表情は先ほどからご機嫌斜めだ。わかりやすいと言うより、ミリアがその表情を読むことになれてきたからわかるようになった。
なお、機嫌が良いのはとてもわかりやすい。白猫の機嫌はシッポの動きで大体わかる。
「別に。その関係で俺も少し不在になるから。クリス様はミリアを頼むね。
ここまでは来てないみたいだけど、赤毛の子が行方不明になる事件があるみたいだから油断無く」
「にゃ、にゃ、にゃあ。にゃっ! んにゃっ!!」
「やかましい」
そう言ってナキはミリアの膝の上の白猫をむんずとつかんで、机の上に乗せ直す。白猫は毛並みが乱れたと言わんばかりに毛繕いを始めている。
この聖獣様はミリアに聞こえないようになにを言ったのだろうか。
はっきりと不機嫌な表情に変わったナキをそっと見る。少々殺気立っているようにも思えてちょっと怖い。指摘すべきか迷ってやめた。理由がよくわからないのだから、仕方ない。
「私の代わりをお探しのようよ」
「ここ兵士多いし、既に多くの人にミリーは赤毛と認識されているから探せば見つけるのは容易だよ。今更隠すのもやましいところがあるって認識されそうだし。
それに、皇女様に会わなきゃいけないんだっけ? そっちもちゃんとついていってあげてね」
「情報が多いのぅ。それで帝国の皇女というとルーの方か? 母親とは知り合いではあるが、本人とは会ったことがない」
「イーリス様は元聖女様と聞いたけど、本当なの?」
「西方のお方の依り代として、任命していた。教会にいるのが不服、好待遇の後宮に行くとごねられて子が生まれるまでそちらで活動していたはず。
別に子が生まれれば聖女をやめるというわけでなく、体力的限界を訴えられてのことだった。現在は、教会が任命した者はいるが西方のお方が任命した方はおらんよ。
ミリア、なってみるか? 連絡をつければ東方のお方も興味を持つと思うのだが」
「そんなに気軽に言うものなの?」
「資格があれば誰でも良い。ただ、特別な血縁が必要でな。血のつながりがないと乗っ取れない」
「……考えておくわ」
乗っ取るってなに!? と聞きたいが、遠く話が脱線しそうな気がしてミリアは保留した。
「聖女ならば我らも万全にまもってやれるのだが、旅の付き合い程度では出来ることに限りはある。まあ、東方のにはつなぎはとっているのだが」
「……え、あの噂の怪鳥?」
「赤い可愛い小鳥、ただしちょっと音痴、であるな。鳥であるからそのうち来るであろう」
ナキの引きつったような表情が気になる。白猫も顔をしかめているように思えた。
ミリアはそんなの呼ぶなと言いたくもなる。ただ、呼ぶというのは役に立つということだろう。いや、そもそも安易に聖獣を呼ぶというのも問題がありすぎる。
微妙な沈黙が場を満たす。
「……とりあえず、現状の情報整理しようか。訳がわからなくなってきた。
王国側はミリアルドからエリゼに王太子妃を変更し、そのまま挙式予定。その後、姉の子二人を養子にする。王太子は時期がくれば廃嫡、臣下へ降格と推測される。今しないのは国外の後継者からの横やり防止のため。
帝国側は皇女を見合いのため、王国側に送る。これは、今回の一件の話をまとめるための使者を送るための隠れ蓑と推測される。王国側としては皇女を嫁としてもらいたい気持ちもあるため、建前ではなく本気で落としたい。なお、ミリアルドの生死についての情報を共有するかは不明。
こんな感じ?」
「そうね」
「で、王国側では、帝国の皇女を妻にしたものを王としなければいけないことになる。国力の差が顕著であるし、他国への示しがつかないというところもあるかな。年齢が離れすぎていると帝国側も難色を示すだろうから、この時点で王太子は候補を外れる、でいいかな?」
「そんな感じね。さすがに十は離れ過ぎだと難色を示すでしょうし、ルー皇女は私と親交があったからその点からもなしね。
それとは別に帝国ではミリアルドが皇太子妃として擁立されるでしょうね。見知らぬ誰かには本当に悪いけど、そちらのほうが双方に良いことでしょうし」
「……見知らぬ誰か、だといいよね」
「本当に」
思わず遠い目をしてしまう。このまま国境が開かない場合、ミリアが捕まる可能性はある。本当に赤毛は少ない。その上、年頃ともなればかなり数が減らされる。染めたりしても良い気もするが、それは最終手段とするだろう。
それ以前に、ミリアは皇女と会わねばならない。
彼女は気がつくだろうか。そして、それを誰かに言うだろうか。今までの付き合いで言えば、言わないであろうとは思う。むしろ、匿ってさえくれそうな気はするがそれはそれで危険でもある。彼女の父は皇帝で、兄はあの皇子だ。
黙って見逃してくれることが最良ではある。
「これならばいきなり交戦となることもあるまい。少しは安心出来たのではないか?」
「代わりにミリアの危険度があがったかな……。本格的に生きていては困るという領域に足つっこんだ感じ」
「あるいは、私が私の身代わりね」
それは嫌だとミリアは思う。
やはり、あの皇子は受けいれがたい。己が、ある程度のことを全て苦無く手にしているためか、他人に求めるものが多すぎる。
ミリアの相手をするときもそうだった。自分と同等の知識があるかと試されている気になる。知人、友人としてならば耐えられそうな気がするが妻として一生と思えば遠慮したい。
しかも今なら、監禁されそうで大変恐ろしい。閉じ込められ誰にも会えず、死ぬことさえ許されぬような生活というのは、面白くはなさそうだ。
「ねぇ、そうなったら」
「ん? ちゃんと助けに行くから待っててね。僕はあまり役に立つかはわからないけどさ。クリス様は頼りになる」
「ある程度は任せよ」
白猫は自信たっぷりで、ナキは少し困ったような顔だった。
「大丈夫」
子供を宥めるようにミリアの頭を撫でる手は、優しい。
「にゃあ」
「……それが、余計だって言うんだ。さて、そろそろミリアはお仕事で、俺も色々やってくるかな」
またあとで、と、いつもと変わらない態度で外に出ていくのをミリアはそのまま見送ってしまった。
なにを言えば良かったのか、わからない。
「では、我らも日常を過ごすかのぅ。今日はどこなのだ?」
白猫も何事もなかったように机から飛び降りた。ぱたぱた揺れるシッポは少々落ち着きがない。
「いつものお店で議事録のまとめ。愚痴なのなか議題なのかよくわかんないことばかりよ」
「うむうむ。楽しそうじゃのぅ」
「そうね」
ミリアは準備をして、そのときを待つしかないのだろう。




