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婚約破棄された令嬢とパーティー追放された冒険者が国境の隠者と呼ばれるまでの話  作者: あかね
恋人(偽)と一匹

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ナキの長い一日 2

 深夜、かちゃりと窓の側で音がした。眠れずにベッドに転がっていたナキは、外へと視線を向ければ白い物体があった。

 一人部屋でよかったと思う。そうでなければ、同室のものが悲鳴をあげたに違いない。窓をすり抜けて、とんと軽い音がする。


「なにか、問題あった?」


 ナキは身を起こして側に置いていたランプに火をつけた。暗闇でも白猫は発光するので、明かりは不要だったりもするが、幽霊みたいで慣れてもびくっとする。本人の意志でオンオフはできるようなのだが、今は存在を主張したくて発光しているのだろう。


「うむ? 起きていたか。早く寝るのだぞ」


 咎めるような口ぶりでナキは少々困惑した。用事があった、と言うわけでもないらしい。


「様子を見に来ただけだ。眠っていたら、そのまま帰るつもりだったぞ」


 困惑を見て取ったのか白猫はそう言って顔を洗っていた。それをするときはなにか落ち着きたい時なので、なにもなかった、ということでもないようだ。


「悪夢にうなされて、寝られそうにないよ。さすがにあれはグロテスク。トラウマものだって」


「うむ。本人が見なくて幸いであったな」


「本当に」


「本人は多少疲れてはいたが、宿屋でぐっすり眠っている。安心して良いぞ」


「そりゃ、良かった」


 この白猫に任せておけば多少の事は処理してくれるだろうとは思っていた。彼は人の世を渡り歩いて長い。

 場合によりナキよりも人の世に詳しかったりする。


 その姿も警戒心を呼ばない子猫なので案内役にはぴったりだった。


「それで、これからどうするのだ?」


 ひょいっと白猫がベッドの上に乗ってきた。一人部屋ではあるが、壁は薄く隣の部屋に声が聞こえることはある。なにを話しているのかはわからなくても、小さい声で話すにこしたことはない。


「そうだなぁ。たぶん、代役探すと思うんだ。連れて来て死なせました、なんて言えないだろう? 彼女を捜すわけではないけれど、赤毛の年頃の女性ってところで引っかかるかも」


「言われてみれば、この地方には赤毛は少ないのぅ。しかし、染めるのも難しかろう」


「そうなんだよね。

 だから、しらばっくれるしかない。うーん、もう一回、死んでおく?」


「物騒な話をするでない。帝国内に戻らぬのか?」


「そっちの方が、逃げにくい。今度のは、皇子様って話ではなく、国家規模の話になるだろ。そこまでは付き合いたくない」


「面倒だの」


「そうだね。他の良い子が見つかるといいんだけど。

 あ、そうそう。ちょうど良い崖探しといてよ。それで、そこから落ちてクリス様の上に落ちれば怪我しない。でも死んだと思われる。とても良いと思わない?」


 ナキは冒険者証があるので、勝手に国を抜けるわけにはいかない。必ず、手続きを経てでていく必要がある。そうでなければ、この先、生活に困ることになる。

 紛失したと言って別人になりすますことも可能ではある。システムの不備なのか重複の登録は可能だ。ただし、ばれると犯罪者である。この点は登録時に説明され、どの程度の罰則なのかを入念に説明される。


 さくっと先の自分を屠っておけば、抹消期間を待ってから新たに登録し直せばよい。その話をしたとき、白猫はかなり呆れた顔をしていた。まず、死んだと思われる状況をつくるのが難しい。やるバカはいない。


「……我、クッションではないのだが。そんなことしないで済むように立ち回るように、と言っても無駄な気がするのぅ」


「二人で心機一転ってのも有りは、有りでしょ」


 最悪の最終手段だとしても念のための用意は必要だ。

 ナキとしては無事国境が開いて、どこか遠くの国まで逃げ去りたい。もちろん、国同士での争いが発生していない状況下で、だ。

 緊張状態も交戦一歩手前でも、おそらく彼女は残る。


「下心満載。惚れたのかの?」


「は? 俺なんか、相手にもされないよ。そういや」


「なんじゃ?」


「……いいや」


「気になる」


「彼女の目は、陽の光の下では、どうだった?」


 白猫の沈黙と半眼が痛かった。


「……想定を越えて、くだらなかったの。自分で確かめるがよかろう」


「いないかもしれないからさ。どこか行くって言うなら、ついてってあげて」


 白猫は呆れたように頭を横に振った。


「下らぬ。我の相棒はナキである。それに、彼女は去らぬよ」


「まあ、そっちの方が都合が良いけどね。すぐに捕まっちゃいそうだから」


 いくら聖獣様がフォローしても物理的に追いかけられたら逃げられそうもない。ぬけるように白い肌は、あまり運動をしていたようには思えなかった。


 不本意ながら目撃した色々が蘇ってきそうでナキは慌てて頭を振った。人形の姿は似てるけどきっと違う、はず。きっと、たぶん。本人を見たわけではないからセーフといいわけを並べ立ててみても、忘れるのはちょっと難しい。

 眼福でしたと白状して殴られておけば良いのであろうか。ナキは自己嫌悪の海に沈みそうだった。


「……既に捕まってしまっているような気がせんでもないが」


「ん?」


「ナキは、ミリアの目が気に入ったのか?」


「そうだなぁ。

 気に入っているって言うかあの色が故郷の海に似てるんだ。そんで、暗い青が、陽光で透き通った明るい色になって、きらきらするのが好きだった。だから、彼女はどうかなって」


 この二年どころか、向こうにいたころさえ思い出しもしなかったこと。

 懐かしい色。永劫帰れない場所を思えば、なにか悲しい気もしてくる。ナキは自分の死がどのように、誰に伝わっていったかを知らない。

 だいたいの死者はそうであるのだからと気にしないようにはしていた。

 ただ、泣く人は、傷になる人は少ないといいと思うだけで。


「ふぅむ。承知した。次は来ぬぞ」


「はいはい。よろしくね」


 少し心配げな白猫をそっと撫でる。いつもは子猫なのだが、時折、保護者のように振る舞う。なんとなく、ナキが不安定なのを察しているのだろう。


「クリス様」


「なんじゃ」


「ありがと」


「ふん」


 照れたようにぱたぱたとシッポが揺れる。

 白猫が窓の外の闇に消えるのを確認してナキはベッドにもう一度転がる。それにあわせて睡魔がひっそりとやってきた。体は睡眠を求めている。

 ナキは先ほどよりはだいぶましで、ある意味悪夢のような夢に落ちていった。


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