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婚約破棄された彼女。

 それは明るい日差しの五月のある日のことだった。


「ミリアと婚約を破棄し、妹のエリゼと婚約する」


 その宣言がされたのは、両陛下が不在の茶会のことだった。夜会は不在時には開けない決まりになっている。

 そのお茶会が開かれるということも、ミリアは知らなかった。


 王太子が、開くお茶会を知らない。最初から嫌な予感しかしなかった。


「殿下、それはあまりに酷ではありませんか」


 最近、妹が大人しいとは思っていた。その結果が、これかと。

 ミリアが周りを見回せば、あまりにも若いことに気がつく。分別より感情を。国政より次期王への心証を優先させるかもしれない。


 こんな時に役立つ老獪な狸たちは今はいない。本来は目付役として1人や2人は混じっていてもおかしくはないはずだ。

 陛下のみならず妃殿下までも不在なのは、年に一度の儀式のため。毎年、一週間ほど不在となる。今年は、身内の不幸がありミリアは同行しなかった。代わりとして、何名か連れていったのだろうと思う。


 間が悪いのではない。

 謀られたのだ。


 ここ数日の寝不足の頭では、よく考えがまとまらない。不在の穴を埋めることはできないが、緊急事態への対応はしていた。

 肝心なときに役に立たないクソじじい。と心の内で唸りながら、習性となった笑みを浮かべた。


 笑え。

 相手に動揺を悟られるな。


 ミリアはひたと王太子とその後ろに隠れる妹を見た。

 可憐で、庇護欲を誘うか弱い妹。幼い頃より病弱で、両親に大事にされた温室のバラ。外では生きていけないであろうと嫁ぐ先も決められぬかわいそうな娘。

 その実、皆の愛玩物であった。


「妹にはつとまりません」


 内々で、寵姫として王太子に囲われることは決まっていた。本人が知らないとは、思ってもみなかった。

 しかし、言えば全て広まってしまうと思ったのだろう。その様な分別があれば、こんなことをやらかしはしない。


 明るい日差しの中で、若い男女が集う気軽な庭園での茶会。しかし、囁き声さえ消えてしまった。

 まるで凍り付いたような時を溶かしたのは、若い男の声であった。


「確かに可愛らしいだけの娘には荷が重い。笑っていれば済むものではないからね」


 からかうような口調に混じる侮蔑にどれほどの人が気がつくであろうか。

 ミリアは冷ややかにその人物を見た。エディアルド王子と心の内で呟く。ミリアは気楽にエディと呼んで欲しいと言われたこともある。

 彼は一年ほどまえから隣国より留学しているのだ。友好のためと相互に王族を預ける習慣はあったものの、皇太子がきたことはほぼない。

 そのときから、きな臭くはあった。この場にいることは、なにか企んでいるとしか思えない。


「エリゼには俺を癒してもらう大事な役目がある。王はこの俺であり、代わりはいらぬ」


 王太子は自信ありげに答えた。

 ミリアはため息を押し殺すのに苦労する。そうであれば彼女が十年にも及ぶ、王妃教育を必要としなかった。


「陛下がお戻りになってから、結論をお聞きいたします」


 これはなかったことにしてしまおう。

 ミリアはそう決め込んだ。狸が、狐が、何とかするだろうと放り投げたい気持ちでいっぱいだ。


「エリゼに行った無体の数々を知っているぞ。良き姉の顔をしながら、全て奪っていったではないか。俺が、全て戻してやる」


 怪訝に思いながらも妹を見れば怯えたように王子の背に隠れた。あれでは、ダメだというのに。


「本当の妻は私であると聞きました」


「誰にきいたの?」


「お教え出来ません」


 エリゼに余計な事を吹き込んだのは、誰か。

 ミリアはちらりとエディアルド王子を見る。曖昧な笑みを浮かべたままの彼は、動揺したそぶりもない。


「実質的にはそうでしょうね。それは陛下とご相談ください。私には権限がございません。父には話は通してありますよね?」


 父には権力も寵愛もあわよくば、孫を次代の王にできる千載一遇のチャンスだったはずだ。それを潰す気はなかろう。


「すぐにわかってもらえるだろう」


「そうですわ。お姉様が邪魔しなければよかったのです」


 邪魔ねぇ? ミリアは別種の笑みが浮かんでくることを自覚した。感謝して欲しいくらいだというのに。

 並み居る令嬢の中で特別に出来がよかっただけでミリアは選ばれた。その妹が図らずも王太子に気に入られただけの存在でよく言う。

 王家は未だに良い顔をしていない。妃殿下などあからさまにきらっていたというのにおめでたい。


「承知しました」


 黙って頭を垂れた。嘲笑しか浮かびようもない。


「お姉様はわたしが嫌いなのだわ」


「もう、なにもさせはしない。どこへなりと行くがいい」


 ミリアは、黙ってその場を去ることにした。陛下が戻ってくる前にさっさと修道院に籠もろう。戒律の厳しい、簡単には出ることのできない場所がよい。

 この扱いには怒りもしてもよいだろう。


「ならば、私がもらうよ」


 楽しげな声にミリアは、視線を向けた。獲物を見つけた獣のようだ。

 ミリアは知らず距離を詰められ、触れられそうなことに気がつく。


「どうぞ。我が国においでください。ミリアルド嬢」


 跪いて、懇願される。

 物語の一部のように皇太子は、美しい。誰かが、悲鳴をあげていたような気がした。


 ミリアは……。


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