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婚約破棄された令嬢とパーティー追放された冒険者が国境の隠者と呼ばれるまでの話  作者: あかね
二人と一匹

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一方その頃 帝国では

 ルー・ルーフィアは帝国の皇女だ。上に3人、下に4人の兄弟がいる。同腹の兄弟がいないがいた方が面倒だっただろう。12才にしてそう達観していた。

 ルーの母親の実家は歴史ある名家ではあったが、今では野心が無く男児を望むこともなかった。

 母もまた野心も野望もなく、皇帝の寵愛を求めることもなかった。今も悠々自適な生活を満喫している。彼女にとって皇帝とは自由にさせてくれる素敵な旦那様、ということらしい。ルーは最近、それって金ヅルって言うんじゃ、なんてことも気がつきもしたが、黙っている事にした。


 皇帝もその気のなさを気に入っているようで、週一くらいでお茶を飲みに来る。ただの気休めであり、そのあとで他の後宮の女のところに行くからか母が敵視されることはない。

 逆にどこの女の元に行くべきか相談しているのではないかと勘ぐられ、ほどほどに愛想良くされている。


「やあ、イーリスはいるかい? 困っているのだよ」


 そういっていつもと違う日に父である皇帝がやってきた。

 手土産を片手にしている姿は威厳の欠片もないとルーは思う。護衛役のじいやのほうが、よっぽど立派に見える。

 もっともその方が、父として甘えられるという良い点でもあった。護衛に2人ほど従えてはいるが、既に顔見知りで知人の娘くらいの距離感で気にかけてもらっている。

 継承権を持たない政略結婚するしかない皇女としては良い待遇ではあった。


「とーさま、おひさしぶりです。母様はいつものところにいますよ」


 ルーは手土産をもらい、ちらっと見えたその中身に落胆する。いつも通りの果物だ。出始めの桃はそれはそれはおいしいが、有名店の菓子をねだっていた。

 皇帝はおやおやと言いたげに眉をあげる。


「おかし、もってきてくれるって言った」


「うむ、予約が取れなかったと侍従長が投げていた。そのうち持参するそうだ」


「わかった。とーさま、だいすきっ!」


「うむ」


 でれっとした父を見て、ちょろいとルーは内心、心配になる。この調子では、他の女性にも同じなのではないだろうか。

 多少の散財で帝国は傾かないが、後宮の女性はそれなりにいる。


 兄様は、そんな事しそうにないなと思う。皇太子たる二番目の兄は、女嫌いかというほど遠ざけている。それでももてるのだから、立場と顔の良さという組み合わせは最強だと思う。

 帝位の戴冠と婚姻はセットなので、近いうちに誰かを決めなければならないのだがどうするつもりなのだろうか。二人しかいない妹であるのでルーにすら探りをいれてくるお嬢様が多くて大変困っている。


「ついておいで、今日はルーにも関係のある話だ」


 皇帝はひとしきり娘の大好きを反芻したのか、きりっとした表情で娘に促す。


「そうなの?」


「そうだよ。お姫様」


 ルーは珍しいことに目を丸くした。とことこと父の後を追う。


「あら、先触れもなく珍しい」


 母がいる場所は、だいたいが書斎だった。それも隅にちんまりと座っている。日が暮れてくるときに発見するとだいたいの人が悲鳴をあげた。

 幽鬼みたいと評される長い淡い白の髪は、確かに心臓に悪い。なにもそんな隅っこにいなくてもといっても落ち着くと主張されて現状のままである。


 彼女は皇帝の姿を見てさすがに立ち上がって、お茶用のテーブルに案内する。

 ルーに視線を止めて、少し不思議そうに見ていたが特に言うこともない。


「少し、困った事になってね」


「そうですか。お座りください」


 皇帝相手にしてはぞんざいな扱いなのだが、この2人の中では普通のようだった。侍女もこの部屋にはおらず、護衛も部屋の外で待機しているせいもあるのだろう。

 ルーもいつもの椅子に座った。

 時々この書斎で母に読み書きを習ったりはする。


 母はいつまでもぎこちない手つきでお茶の準備をはじめた。皇帝もはらはらしたような視線を向けているが、全く気にした様子もなかった。

 近頃作法も習い始めているルーの方が上手なのではないだろうかと思う。しかし、ルーが手出しをするのは許されていない。


 頃合いを見計らって皇帝が切り出す。


「あの、エディアルドがどうしても結婚したい相手を強奪してきた」


「ひゃっ!」


 見計らったにもかかわらず、母はお茶をこぼしそうになった。白いテーブルクロスがお茶の緑に染まるのはさすがに可哀想だ。


 母は何事もなかったようにお茶をカップに注いでいる。

 ルーと皇帝だけがどきどきした表情でそれをみていた。きっちり三人分用意されてようやくほっとする。

 謎の達成感がそこにはあった。


「……はぁ。周りは止めなかったんですか?」


 先ほどお茶をこぼしそうになった発端に話は戻った。

 ルーも驚愕したのだが、お茶の件で少しは落ち着いた。あの兄が、誰を選んだというのか。それも強奪というのも穏やかではない。


「ディートリヒが止めるかい?」


「嫌な顔して、手伝いますよね」


「ということだ。まあ、これは相手にやられたともいえるかもしれないね」


「まずは、飲み物をどうぞ」


 母手ずから入れられる薬草茶を皇帝は嫌そうな顔で見ている。おいしくはないが健康にはよいらしい。

 ルーは薄めてハチミツを入れて飲む程度だが、苦みが喉の奥に残るので好きではない。


「どなたです? だいたいの相手は普通に申し込めばよいのですからワケありでしょう?」


「ミリアルド嬢は知っているかい?」


「存じております。ジェヤラクの王太子の婚約者で、半年後の結婚式の招待状が届いていましたよね?

 ……は?」


 ルーもお茶を吹きそうになった。

 ミリアルド嬢ならルーは知っている。外交として帝国を訪れたときに、相手をしてもらった。私の妹が、あなたのようならいいのにと少しだけ悲しそうに言っていたのを憶えている。

 ルーはお姉様になってくださいっ! と即申し込んだ。兄はいるが姉はいなかったのだ。

 以来、年に数回程度、手紙を送り合う仲だった。


「横恋慕とも言い難いが、隙あらばと思っていたようだ」


 ふぅと息をついた風を装って、皇帝はお茶を置いた。おそらく、以後、口をつけることはないだろう。

 母は不満そうに眉を寄せたが、それについてはなにも言わなかった。


「噂によると優秀な方のようですし、手放しはしないでしょう?」


「向こうの王太子が婚約破棄したらしい」


「正式な書類で?」


「口頭で通達らしい。これは、エディアルドの証言だ。以前から婚約破棄してやると言っていたらしいが、半信半疑だったらしい」


「そこから求婚でもしたのですか? やりますね」


「断られなければもっと良かったのだが。大変、冷静にお断りされたそうだ。修道院にいきますのでと」


「ぷっ」


「あの兄様が、振られる」


「うむ。さすがに、は? と儂も言ったな」


「そこは受ける流れなのでは?」


「と思うが、ミリアルド嬢としては、正式に婚約も破棄せず、求婚を受けるなどあり得ないらしい。冷静に考えればそうだな。口頭で婚約の破棄はできないと指摘しながら、自分は他人の求婚を受けるのは矛盾が過ぎる。

 破棄が完了せずに他国に行けば亡命とされるであろうが、破棄した側ではなく、ミリアルド嬢が悪い事にされかねん」


「それで修道院」


「ミリア姉様の言いようのない怒りを感じますね」


「それで、一度持ち帰れば良かったのだ。それが、エディアルドのヤツは、シリル王子のどこへなりとも連れて行けと言う言葉をそのまま実行した」


 一瞬、沈黙が落ちた。


「……どーしましたの? 兄様」


「乱心が過ぎるような気がするわ」


「というわけでな、王国側に補填せねばならん。

 悪いが、ルー、嫁に行ってくれ」


「はぁ!?」


 今度はルーが手元のお茶を落としそうになった。これ幸いとお茶をテーブルにのせて、もう手をつける気はない。

 皇帝は眉を下げて、情けなさそうな表情を作っている。実際はどう思っているかはわからなかった。


「確か王の孫に、同じくらいの年頃の男児がいたはずだ。多大な持参金という名の賠償金をもって嫁いでくれ。

 王国と事を構えるにしても間が悪すぎた。いくつかの地域で、魔物の大量発生の報は届いている。人と争う時ではない」


「……承知しました」


 ルーは否は言わなかった。

 いつか嫁ぐ日は来る。それがあまりにも突然だろうが、理不尽だろうが。年頃も身分も釣り合うならまだ良かろう。

 それに、相手を全く知らないわけでもない。面識はないが、ミリアルドとの手紙でどういった人物なのかそれとなく紹介もされていた。

 もし、彼女がなにも問題なく王妃になった時に、嫁ぎ先として打診されたかもしれない。


「兄様には文句の一つもつけても良いでしょ? どこにいらっしゃるの?」


「国境に迎えに行っているよ。そのまま、連れてくるわけにも行かなかったからね。

 いままで問題もなかったエディアルドがこんなことをしでかすとは」


 皇帝は頭が痛そうだった。優等生というより、皇子として完璧であるように見えただけにこれを予想したものはいない。

 兄は心なく義務で誰かを選びそうだと思っていた。


「でも、ミリア姉様、良いというかしら?」


「ものの道理がわかれば他に選びようがなかろうな」


 皇帝はこれで片がついたと言いたげに肯いていたが、ルーには疑問だった。

 母も懐疑的に見ている。


 この反応の違いは性別の違いかあるいは、情報の差だろうか。


 果たして、彼女は兄を好いていただろうか?


 あるいは、好きになるだろうか?


 結局、その漠然とした不安をルーは誰かに告げることはなかった。


「荒れるわよ」


 皇帝が去ったあとに母が予言めいた言葉を残したことが不吉だった。



 その翌日、悲報がもたらされることになるのだが、彼らはまだ知らない。


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