手元に残ったもの 7
「さて、お母様、地下の国へお誘いに参りましたわ」
楽し気とも言える声で、ジュリアは王妃に告げた。
ぼんやりとした表情だった王妃はジュリアを見て青ざめた。
「ジュリア」
「はい」
「わたくしは、なにもしらなかったの」
怯えたように震える声は罪を知っている。
「甘いお菓子だときいたのよ。あなたが好きだと聞いて」
「そう。だから、毒見も通さず、私に渡したのね」
「しらなかったの」
「知らなかったら罪がないと言い募るのはお変わりないようで安心いたしました」
ジュリアは微笑んだ。
「どうぞ、地下の国でゆっくりとお休みください」
毒を贈られる。
というのは、よくある話ではある。ミリアも微量の毒が混じったものを口にしたこともあるし、触れるだけで爛れるような布が贈られてきたこともある。
今もルー皇女が嫌ねぇと言いながら、退けている。後宮はもうちょっと上品でえげつないと評しているので慣れている感は多分にあるし、解毒剤の準備は万全で刺されるほうが怖いと言っていた。
文化が違うなとミリアは思ったものだが、ナキに言わせれば両方とも、なにその人外魔境、となるらしい。
え、もしかして、ミリアも贈ったことあるの? と恐る恐る聞かれたが、ないと答えておいた。ささやかな嫌がらせとしてあれこれしたことがあるが毒は使わなかった。それにミリアがしたことは大体は嫌がらせ返しだ。しかし、その中身について話せるものではなかった。
そもそもその話をナキにする気はミリアにはない。確実に、引かれる。間違いない。
ミリアは毒、ねぇと思い返す。そう言えば、妹は使ったことがなかったなと思い出す。身内の間で使うと泥沼化し、皆殺しとなりやすいと暗黙の了解で使わないのだ。
自らが標的にならないと過信するものは、すぐに死ぬ。
そう考えれば妹にとってミリアは身内であったらしい。
「はぁ、疲れた」
そう嘆きながらお茶をがぶ飲みしているのはジュリアだ。お姫様な雰囲気は全投げしていた。
王妃に会い、それなりに話をした後、リンに命じて部屋を用意させた。それから、片っ端からお菓子持ってきて、お茶も用意してと無茶振りして今に至る。
リンは反対するかと思ったが、黙って用意しているあたり手慣れている。そつなくミリアにも用意しているが、こちらは常識的な量であった。
偉そうに足を組み座っている姿は幼いながらもレベッカと似たものがあるのでやはり姉妹だなとしみじみミリアは思った。
そう考えればシリルとレベッカやジュリアは少し違った。やや繊細というか図太さが足りない。生まれながらに私お姫様なの、そこのところ弁えてくれる? という圧がない。
俺、王子、なんだけど? のようなすこし及び腰というか、俺様になり切れない感があったなとミリアは振り返った。
いつ頃にあの人は自分の生まれを知ったのだろうなと。それを妹は知っていたのだろうか。
そこまで考えてやめた。知っていても今更である。ミリアルドはもういないし、ミリアはそれに関与するつもりもない。
別の人生を別々に。
そういうものだ。
ただ、そう割り切るのとは別に処理すべきこともある。
目の前で荒れてお菓子を食べまくっているジュリアを見てこっそりため息をついた。
毒を送られることもある。
しかし、それが、自分の母が原因だったと知った心情は測りかねる。薄々感づいていたが、現実としてそこにあるとそれなりに衝撃はあるだろう。
幸いというべきか、血縁上の父母は早くに亡くなり、ミリア自体になにも残しもしなかったが、悪いこともなかった。
ジュリアの場合には、両親ともにのこっていたが、問題はあった。
シリル王子の血縁上の父と推測されるのが、ウェルガー伯である。王妃の従兄で、王家の血も継いでいる。
ジュリアがお菓子を食べながらぽつぽつと話したところによると病気になる前に、ジュリアはこのウェルガー伯より贈り物をもらったらしい。
もらったものを見て王妃は貴重なものだから少しずつ食べるようにと話をし、ジュリアはそれを守った。そして、徐々に体調を悪くした。
普通ならば病気でお茶もお菓子も控えさせるところをジュリアが好きだからと王妃が指示して食べていた、らしい。
当時のジュリアは苦い薬のあとにお菓子が食べられて嬉しいとしか思っていなかったそうだ。
そして、ある日ジュリアは急激に体調を悪化させた。
その結果、ジュリアは意識を失い、その体に別の魂が入ったようだ。
当時の王妃は毒の存在は知らなかっただろうとジュリアは呟いていた。しかし、その後、同じ病状で王弟が亡くなり、ふと思ってしまったのではないか。もしかして、あれは毒だったのではないかと。
王弟がなくなった後からあからさまに態度が違ったらしい。王妃はジュリアに怯えが混じったようなまなざしを向けるようになった。周囲は今までと違いすぎるジュリアに戸惑っているのであろうと理解していたようだ。
それも数年もたつと何も覚えてないと知り、気にしなくなったようだと。
それも表面だけだろうなとミリアは思った。内面を出すようでは、王妃に向いていない。王妃教育は見られたいところだけを出すように教え込まれるのだ。
皆の麗しくお優しい王妃であるようにと。
ミリアはそれとは違うことを教え込まれたが。
「どうされるんですか?」
「一応ね、毒を盛られた心当たりはあるのよ。
母様が知らない男の人と親密そうなところを見たことがあるの。それがウェルガー伯だったのだと思うわ。気になって誰かしらと父様に聞いたのよね」
「口封じですか」
「短絡的だけどね。父様はあまり気にしていなかったというか興味すらなかったみたいだけど。
シリルはただ一人の直系の王子だし、王位をとってから実はという話をして、言うことを聞かせるということを夢想したのではないかしら。
それなら、父様の不調もなにかされていたかもしれないし……」
「そうですね」
ミリアは同意するにとどめた。先王については希望的観測に思えたからだ。このジュリアがどこまで知っているかわからないため、柱については何一つ言うべきではなかった。
「リン、裏を取ってきて。もちろん、レベッカ姉様には秘密よ」
「承知しています。知ったら、すぐにでも呼びつけようとしますからね」
それだけで済めばいいがレベッカが全部を知ったら、王家をおしまいにしようと言いだしかねない。次代やその次に緩やかに他家に譲渡するのはいいだろうが、今すぐにそれをやられると国家が崩壊する。
「国を出る前にやることが増えたわ。ああ、子供の姿だけではダメね。
少し、大人になることはできない?」
「強制的に成長させることはできるらしいですが、ものすっごく痛いらしいですよ」
「い、いたいの?」
「身長とか伸びるの痛いらしいですよ。あと肉割れするとか」
「え、肉割れ?」
「急に伸びるので」
「……1.5倍くらい、どうにかならないかしら」
「相談してみます」
しばし沈黙があった。が、後ろのほうで小さく笑う声が聞こえる。
ジュリアは聞こえないふりをしていたが、すぐに、黙りなさいっと言っていた。黙っていましたよと澄ました声がすぐに聞こえてくるあたり、意図的だったのだろう。
ミリアはなんだかナキが恋しくなってきた。他愛もないやり取りが出来なくなって長い。早く元に戻ってくれると良いのだけどと心の中で呟く。
白猫はのんびり待つがよいと言っていたが、心穏やかに待てるような状態でもなかった。
ミリアが作り変えられてる間落ち着かなかったと言っていたナキの気持ちがわかったような気がした。ぼんやりと一日眺めていられる。一週間ほどやらかした結果、白猫が呆れたように聖女の仕事を詰め込んできた。おかげで教会は大喜びである。
「……早く、声、聞きたいな」
ミリアは思わず口に出していた。
その瞬間、部屋が静かになった。
「な、なに!?」
「別に」
リンとジュリアの声は重なって聞こえた。
「息がぴったりですねっ」
「うん」
ジュリアのうんは、とても嬉しそうなもので。
リンは少し困ったように眉を寄せていた。
ミリアは違和感を覚えたが、なにかはわからなかった。
それからすぐにリンはジェイを呼んでくると部屋を出ていった。普通に、扉から。
「どうしたの?」
「さあ?」
らしからぬ行動にジュリアとミリアは首を傾げた。




