手元に残ったもの3
王城に到着した馬車は、そのまま離宮へと向かった。離宮のそばで降ろしてもらう予定だ。王城の車止めでは目立ちすぎる。
園庭の中でジェイたちは降りた。
そこには既にユークリッドが待っていた。威圧感のある守役とおもっていたが、今はそこらにいる初老の男性に見える。おじいちゃんというよりは若いのよ、そう見えないかもしれないけどと困った顔でルー皇女は言っていた。
息子がまだ十歳とも言っていたので、確かに若いのに老けて見えるということのようだ。前におじいちゃんなのに将軍なの? と言ってしまって悪かったなとジェイはちょっと反省している。
「中で待っていても良かったんですよ」
「そうなんだが、あれは」
言いかけてユークリッドは黙った。ジェイに視線を向けられたというのも勘違いではなさそうだった。
それほど問題のある状態になっているのだろうか。ジェイは少し不安になってきた。ジュリアを連れてきてもよかったのだろうか。知らないから、知るのが必要だと思っているが、知るものは選んでもいい。
心配してジュリアを見れば、ミリアにエスコートされていた。
なにしてんのとジェイは突っ込みそうになった。ものすごい嬉しそうなのなんで。僕の時は仏頂面と言いだしたいが、ジェイが言えばここでジュリアと喧嘩をすることになりそうだ。
「私も中は確認してないんですよね。
改めてお伝えしますが、今回はジェイ様がひっそり思い出の品を持ち出したいという話で、離宮の管理人には話をしています。人払いはしていますが、もし誰かにあったら話を合わせてください。
ジュリア様は、ミリアの遠縁というごり押ししています。顔はあまり見られないように」
「わかってるよ」
ジェイは少しばかりふてくされたような声になってしまった。
「ジェイ様は、問題なさそうなんですけどね。
もし、ジュリア様がおかしな様子になったら、すぐに外にお連れします」
「うん。よろしく」
ジェイにしては珍しく素直にお願いしたつもりだった。
「……もう、既に片鱗が」
キエラがぼそっと呟いて、頬に手を当てていた。ほんのり頬が染まっている。
「キエラ、なにをしている」
「いやぁ、こう、やっぱり、あれがこうなるんだなと。あ、逆か」
無言でユークリッドはキエラを小突いていた。うぎゃと美人にあるまじき声が出ている。
ジェイにとってキエラはすごい美人の変人である。城に初めて来たときにはルー皇女と同じくらい噂になったにもかかわらず、本人は全く気にしていないようだった。
後で聞いたことによれば、最近まで美人であるという認識がなかったようだ。え、なに言ってんの? とジェイが素で聞いてしまったほどだ。
そして、この認識がルー皇女とその侍女たちにもなかったとらしい。ジェイは帝国との美人の認識がものすごく、違うということを理解した。
帝国の美はもっと多様というよりごちゃごちゃしているそうだ。ルー皇女はそれはそれで主義のぶつかり合いが大変なのと漏らしていた。
「……ま、入りましょ」
キエラは気を取り直してそう言った。ユークリッドが来ても仕切るのはキエラらしい。ルー皇女の片腕と噂されているのは本当かもしれない。
そう思いつつジェイはそのあとをついていった。意外そうに従者に見られたことも気がついていなかった。
ジュリアの療養先だった離宮はそのまま残されていた。そうは言っても以前荒らされたところはきちんと整えられていた。壊れたものも同じものが再度置かれている。
ジェイの記憶と食い違いが驚くほどなかった。それに少し薄気味悪さがある。戻ってくる主のない部屋ではなく、ちょっと出かけただけのように見えた。
公式発表では、ジュリアは別の場所で療養していることになっていた。だから、戻ってくることを願ってということにはなるだろうなと想像してジェイはげんなりした。
ジェイは、母は好きだったが、その取り巻きはあまり好きではなかった。なんだか、とても、息苦しいような気がして。
「……うん。ここで待つのは嫌ね」
「そうであろう。元に戻す執念を感じる」
そう言うのはユークリッドだ。彼は少し困ったように眉を寄せている。
ミリアも少しばかり引き気味だった。ジュリアはそのミリアの後ろにひっついていた。何かしらのおかしさを感じているのだろう。
その中で、すぐに気を取り直してキエラは衣装箱を覗いていた。
「身内の前とか考えぬのか?」
「今回は時間制限が厳しいんで、さっさとしないとなにも見つかりませんよ?」
「そうだが」
ジェイを慮ったようにユークリッドに視線を向けられ、少し居心地が悪かった。
「母様はよくこの辺りに隠しものしてたよ」
無邪気に笑うことでジェイはそれを押し隠した。
キエラは意外とでも言いたげに片眉をあげたが、何も言わずジェイが示した場所に向かっていった。
「床下収納ですか。すぐ開くなんて不用心」
「……鍵かかってるって聞いたんだけど」
「おや?」
キエラは首をかしげている。
「先客がいたのですかね? 閉め忘れということもあるかもしれませんが」
とりあえず出しますねと前置きして、キエラは床下からなにかを取り出していった。
本が数冊、紙の束が一つかみ、宝石箱が一つ。
「中身の確認は後回しにして、他の場所も確認してよろしいでしょうか」
「ちゃんと元に戻すならいいと思うよ。
きっと後で確認されるだろうから」
「……そうなりそうですね。
持ち出しは隠していたものだけにしましょう」
キエラは少し天井へ視線を向けていた。そこに何かあるのかとジェイも見上げたが何もなかった。
それからそれぞれ部屋の中を確認することになった。
「この部屋をジュリア様は懐かしいとか思いますか?」
ミリアはジュリアに付き合うことに決めたようで、少しずつ質問を重ねている。ジュリアは少しこまったように首を横に振っていた。
「なにも懐かしくないの。
どこも知らないものばかり。ねぇ、私、本当にカイルと結婚したの?」
「ええ、仲睦まじいご夫婦でした」
「信じられない。あの人、私に、バカだって言ったのよ。考えることすら知らないって」
「……いいそうですね」
頭が痛そうにミリアは顔をしかめていた。ジェイも頭が痛い。それはかつて母から聞いたことがあった。地位と権力もあるのに、遊び歩いているように見えたのがイラついたらしい。
実際のところは、近隣国の言葉を覚えるために教師連れであちこち回っていたらしい。本で学ぶよりもものを見て覚えるほうが良いと考えたことによる。
後に謝罪されたということも覚えてはいるが、このジュリアには未来のことだったのだろう。
「なんか、おじいちゃんになっているし」
容赦ない言葉を本人がきかないでよかったとジェイは思う。もちろん、今のジュリアもそれを言わない分別はあるだろうが、おもわずつるっと言葉が出てしまうこともあり得る。
「お、おじ、……。
おじさんくらいにしてあげてください」
肩を震わせるミリアとその後ろのユークリッドがうんうんとなにか実感を込められたように頷いているのが見えた。
ジェイはもう一度悪かったと反省した。
「ちょっとだけいいですか」
キエラがそう声をかけてきた。手に持っていたのは古ぼけた本だった。新しく見つけてきたようだ。
「ジュリア様の日記、らしいんですが中身を確認してもいいですか?」
「私も見ていい?」
「……どうぞ」
少し、キエラはためらったようだった。中身を先に確認しておきたかったのだろう。それならば黙ってみればよいのだろうが、それはしたくなかったようだった。
「……うん。私のものだけど、途中から変な文字になってる。読めないわ。今、こういう暗号使うの?」
困惑したようにジュリアは読めないという文字がかかれたページを皆の前に出した。
「この辺りの文字ではありませんね」
ミリアは少し考えて、そういった。
「う、お、帝国の一部で使われてる文字に似てますね」
「そ、そうじゃな」
あからさまに動揺しているキエラとユークリッド。ジェイも絶句した。
ジェイは、母のお気に入りだったのか秘密の文字を教えられていた。その結果、難しいが、頑張れば読めるくらいにはなっていた。
ひらがなということばだけで書かれたものは。
『わたしは、じゅりあ、じゃない』




