その美人は
王国風ドレスというのは、ミリアには似合わない。それは女王の戴冠式も差し迫った今、似合う服がないということになる。場当たり的に着せても野暮ったいか合わないものを無理に来ている感がぬぐえなかった。
ただの参列者ならば問題ないが、ミリアは聖女として参加する。荘厳に演出する必要がある。似合わない服を着せるわけにはいかなった。
誰もこうなるとは思っていなかった。
最初はナキも隣室で衣装合わせが終わるのを待っていたのだ。すぐに終わると思ったものが白猫が飽きてどこかに行くほどかかっても終わらなかった。さすがに心配になってナキが隣の部屋に大丈夫か確認したらそのまま引き込まれた。
そして、感想を求められて現在に至る。言うたびに凹んでいくミリアを見るのは心が痛いが、ナキとしても似合わないものを着られて後の世に残されるのもと思ってしまったのだ。
「これもダメじゃない?」
苦肉の策として髪色を合わせて白いドレスを用意してみたが、色ではなく立ち姿に違和感がある。
それはナキだけの見解ではなかった。ルー皇女もまあ普通と評し、王家が用意した侍女たちは努力しましたと主張し、正直者であるキエラはこう評した。
「服とミリアの良いところが討ち死に」
元よりこの国の美人は範囲が狭い。それに合わせていくことが美しさへの努力であった。この見解の狭さには理由があった。
初代王の愛した女性がその姿であったということになっている。ただ、その女性が何者でどうして婚姻しなかったのかというのは謎のままであった。
「そもそもこの理想が無理ですよ」
ため息をつきながら、キエラはそれを見た。
それは王族の衣装室とされた場所の壁にかけられた肖像画である。ほっそりとした長身の美人が立っていた。仏頂面と表現されそうな気難しい表情ではあったが、美人は美人だ。
それはナキも認めるところだが、なんとなく違和感があった。
まず、露出が極端に少ない。その絵の人物は胸元を隠し、腕も出さず、もちろん足元も出すことはない。立ち方も仁王立ちのようだ。周囲の家具のサイズと比較すると女性にしては長身すぎる。
隠している肩もなんだか、よく見るとやけに広い気がした。腕も太いような気もするし、手がごつい気がした。そこだけなんで革の黒手袋なのだと言いたくなる違和感もある。
「ミリア、ちょっと手を貸して?」
「え? これでいいの?」
困惑したように、それでもミリアはナキに手を差し出した。
比較してみるとやはり女性的とは言えない。
「……あのさぁ、この人、本当に女性? 骨格から違うんじゃないかな?」
ナキは少しばかりの疑惑を口にした。
「あ、それは私も思いますね。なんたって、私、男と間違われ歴がとても長いので」
キエラもその疑問はあったようだった。
そのキエラは貴族間では崇められるほどの美人である。もちろん王国基準で。
本人自己申告の超ストレートボディと長身、顔立ちはどちらかというと中性的である。化粧次第でどちらにでも化けそうだった。
「腰が細そうに見えて、下のスカートのボリュームで誤魔化してる感じなんですよ。胸元がささやかなのもそれかなって。
というか、立ち方が軍人っぽい」
「ああ、そうだね。装飾されている小さなカバンかと思ったら、あれ小剣吊るしてる」
「例えば、そう」
ナキは不穏な視線を感じた。
なにやら静まり返っている。それは疑惑に対しての戸惑いだろうと思っていたのだが、今は何か違うもののような気がしてきた。
「じゃあ、ちょっと試してみましょうか」
キエラがにやにやして言いだした。
「そ、そうだね。じゃあ、どこかで少年を調達して」
ナキは引きつった笑顔で、ほかの誰かに全力で投げだした。女装が似合うとは到底思えない。もし似合うにしても女装したくはない。それも、好きな相手の前でなどお断りである。
「言いだしたものが責任を取るのが一番じゃない?」
この部屋で二番目に偉い人であるルー皇女が面白がるように言いだした。助けを求めるようにミリアを見れば少し困ったように首をかしげていた。
「実際に見てみれば、納得がいくような気もするのだけど。嫌?」
「…………わかった」
ナキは絶望的な気分で、女装することにした。ミリアがなんだか、わくわくしているように見えるのは気のせいで片付けた。
そこからナキがすることはなかった。
ナキが着れるほどのサイズのドレスが存在するのか、というところから難航するであろうと思っていたが。
「……なんであるかな」
「記録をもとに作ったというもののレプリカで、マニアが持ってたらしいわ」
仏頂面の美女が着ていたものと全く同じものが出てきたのだ。
誰が着替えを手伝うのかという問題のほうが難航した。ミリアは着るほう専門で、帝国風なドレスはともかく、王国風のドレスは着付けができなかった。しかし、ほかの誰かに任せるのも気が進まないと。
結果、既婚者の侍女が手伝いをすることになった。
「……内臓が、はみ出るかと思うというかはみ出てる気がする。胃とか」
「あまり絞めてないわよ。腹筋が硬いとか言っていたし」
「マジか……」
ナキはげんなりしながらもドレスの着替えを終えた。髪も金髪のウィッグがつけられている。鏡で見ても男らしさが隠せている気がしないが、周囲はそうではなかったらしい。
「ぜひ、化粧もしましょう。では座ってください」
有無を言わせぬ勢いだったのは侍女長と呼ばれていた人だった。元々レベッカの侍女であったのを今回抜擢されたとか。ナキは現実逃避ぎみに考えていた。
「あらあらー」
「これはこれは」
「稀に見る美人」
なんだそれとナキは思うが見たくはない。
見たくはないが、強制的に見せられた。ナキは今まで思ったことはないが、なんとなく従姉に似ているなと感じた。
「……ミリア、どう?」
「悔しいくらい美人よ」
「女装して美人言われてもな……」
複雑な気分のナキをミリアは肖像画の前に立たせた。
そこからナキは立ち方やなにやらを再現させられ、一連のことが終わったころには疲労困憊だった。
「男性だったかもしれない、ということであとで色々文献を当たってみさせましょ」
いつの間にかルー皇女がそう指示を出していた。
「記録用の絵は?」
「画家にも書かせましたが、絵心のある侍女にも書かせました。採寸もいたしました」
「でかした」
「……あのぅ、俺、もういいですか?」
ナキはひっそり主張した。これ以上、黒歴史が量産されていく現状に耐えられそうにない。それにとナキは近くにいるミリアの様子を伺った。
なんだか微妙な表情で観察されている。
なんならじっとりとした怨念じみた何かをかんじなくもなかった。
「……あ。姉様、ちゃんとお返ししますよ。うん、大丈夫ですって」
「別に、私はそんなんじゃ」
「はいはい。では、この方が男性なんだから似合うわけもないし、寄せる必要もないってことでよろしいですよね。レベッカ様」
「は? あ、ああ、そう言うことで好きなの着ればいいんじゃない?」
いつの間にかしれっと混じっていたレベッカは慌てたようにそう言った。最初の問題は片付いたもののナキが失ったものはそれなりにあった。でもまあ、よかったよかったと終わりにしたかったのだが。
脱ぐときにも問題が残っていたことは、想定外だった。一人で着れないドレスが一人で脱げるわけもなかった。
「……俺、もう二度と着ない」
「それがいいと思うわ」
ナキとミリアは精神的疲労でぐったりしてその日を終えることになった。
このあと、ルー皇女とナキが結託して用意したドレスをミリアが着ることに。




