今は失われし…… 11
「お、おっかしーんじゃないかのーっ!」
「なにが」
「無限に落下しておるっ!」
「やっぱり」
「やっぱりってなにーっ!?」
ナキは白猫がうるさいなと思いながらもきちんと腕の中に抱え込んだ。半泣きというより泣いている子猫を放置する罪悪感と安全を図りにかけて罪悪感に負けたのだ。
ぽっかり空いていた穴に降りたまではいいが、いつまでたってもどこかに着きそうにない。体感時間は長いが、体内時計によれば三分ほどであるらしい。
この城にそれほどの間落下し続けている空白はないだろうと予測がつく。位置情報を確認すれば、ある一定以上の距離を落下したら元の場所に戻るを繰り返しているらしい。その繰り返しポイントを避ければどこかに着きそうだが、落下しながらの移動は難しい。
「な、なんで冷静なんじゃ」
「異空間に放り投げられたわけでもないからかな。城の外でもない」
ナキも最初から冷静でいたわけではないが、自分より慌てふためいている白猫を見たら落ち着いた。どちらも冷静でないなら抜け出すこともできない。
「む、むむっ。なにか来るぞ。三十五度避けるのじゃ」
「は?」
「良いから」
それどこ基準のと思いながらもナキは身を捩ってみた。ひゅっと音がして目の前に外が見えた。
「な、なんかの幻?」
「空間を捻じ曲げて繋げてるんじゃよ。人そのものは運べぬが周囲を動かせばよかろう」
「なにその無茶な理論」
「我からすれば、距離があるなら死ぬほど早い乗り物に乗ればいいじゃないと同等に思えるが」
「文明基盤の差がここに……。いや、そうじゃなくて、じゃあ、どういう対処」
「避けるしかないのぅ。ほれ頭を下げよ」
言われるままにナキは頭を下げた。微かに草と土の匂いがしたようだった。そこから連続して二度避けるがギリギリという印象はぬぐえない。
「一度外に出されてまた戻ると間に合わないじゃないかな」
「そうじゃのぅ。無理を押し通せば行けるかもしれぬが……。
ナキ、お主、さっきの遺物があったであろう」
「あるけど。使えるわけ?」
「それとこれをしているものは類似しているようじゃから、そのあたりのところから対処出来るかもしれぬ。いくつあるんじゃ?」
「三つ」
「知らぬ間に一つ増えておる。勝手に取るぞ」
「どうぞ」
ナキがさらに二回避ける間に白猫は遺物を空中に三つ浮かべていた。
「ふむふむ。相性最悪じゃの。我は役立たずになる予定なので自力で何とかするんじゃぞ」
「え、どういうこと」
「ぴかーっとするぞ」
「ま、待って説明」
「空間ぶった切ってミリアのところに飛ぶが、我の力、ほぼ出力するので他のことはできぬ。あとミリアで補給したい」
早口でまくし立てられナキが了承をする前に白猫が言った通りにぴかーっと光った。ナキはいろいろ聞きたいことがあったが、ミリアで補給したいって何!? が一番聞きたいことだった。
そして、普通の落下に変わる。空中に浮いたままだった遺物もそのまま落下していくのをナキは慌てて回収する。
「あ」
その途中で白猫がぽろりと落ちた。
「うにゃーっ!」
白猫の悲鳴とともに落下していく。ナキはごめんと言いながらも遺物をしまうほうを優先した。見た目は子猫、中身は聖獣なのだからきっと何とかなるはずだ。
あとでものすごく文句も苦情も言われるだろうが。
それから間もなく、終点にたどり着く。
「お待たせ。ちょっと手間取った。ごめんね」
驚いたようなミリアはすぐに心配そうに眉を寄せる。本人が言うほど平気そうではないが、傷らしきものはないようだ。その事にナキはほっとした。
そして、異臭に気がつくがミリアは気にしているようではなかった。
部屋の中央に存在感のある柱になにかあるのであろうとナキは思っていたのだが、それ自体が話始めるとは思っていなかった。
ナキはミリアに白猫の相手を頼んで柱に向き直った。
白猫というより背後にいる西方のお方の見解は破壊したほうが良いだった。ナキは少し迷っている。使い方を誤ったのは人のほうで、モノには罪の有無を問うのはどうかと。
不要で、使えないから、壊して良いとは言い切れない。
「どうして、おまえは排除せねばならないのに」
柱の狂乱に近い声音は人に似ている。まともに話をできる気はしなかった。
その狂乱の元はナキがここにいて排除できないことに起因しているのがナキにはよくわからない。
ミリアにこだわるのはまだわかる気がした。しかし、ジュリアにしてもこの柱にしてもナキから見ればおかしな執着をされているように思えた。過剰に反応して、味方にしようとしたり、排除しようとしたり。
それはまるで、なにかに怯えているように。
「私は待たねばならないのに」
「俺は、ミリアを回収したら行くから」
なお、本人の同意はない。
ナキ一人で再度戻ってこないとも言っていない。
ナキにとっては最優先はミリアの安全の保証であり、他は後回しで構わない。後回しの結果が国が乱れるどころか崩壊した場合は多少心が痛むことはあるかもしれない。それは当事者たちに思いをはせてではなく、巻き込まれた住人たちの処遇についてである。
ひどい状態になった場合、辺境に避難所を作る程度の罪悪感の軽減はしたいとも考えるかもしれない。
ここを祖国と思うミリアとは立場が違う。
「ミリアルドはここにいてもらわなければならない。主を産むかもしれないのに」
「……は?」
「ああ、そうだ。しばらく、貸してあげよう。元より番を決める予定だった。多く産めばどれかにいるかもしれない」
「ちょっと待て。なんだそれ。ミリアは知っていて」
「知らす必要が?
王も望んでいた。自らがと張り切って。そうでなくてもミリアルドを望むものは多かった。全部相手させればよかろう」
「あー、もういい」
ナキは強くさえぎった。背後の気配はミリアのものよりももっと圧力を感じるので、西方のお方に乗っ取られているようだ。
つまり、聞かせたくないことは聞こえないはず。そのくらいの配慮をする余裕くらいあるだろう。
ナキはキエラが知る話のミリアルドの事を思い出した。謎の死。その理由とはもしかしてと。
もしそうだとしたら、助けなかった自分が許せないだろう。一度死んでもその性分は治らない。
「ミリアルドが欲しいのだろう? 意思を縛って自由にすればよかろう」
その言葉を聞いてナキは怒りにもさらに上があるのだなと冷静に思う。自分の好きなものがわからないほどに選ぶことを奪われたミリアにそれを強いるような男と思われたのは心底心外だ。不快の極みである。そのうえ、それをしてもよいと考える柱もそれを同意したらしい王も気持ち悪い。
「手伝いをしてやろうか」
ナキの沈黙をどうとったのか柱は嬉々として言いだす。ふざけるななど言いたいことはあるが、それが通じるとは思えない。
それ以上に単純に色々限界を超えている。
「話にならない」
採算度外視。あとで迷惑料をせしめればいい。
ナキは事前に調べていたものを購入することにした。
「燈剣」
手元に現れた短剣をナキは柱に向けて投げる。的は大きいので外れるはずもない。だが、途中で失速したのを確認し、次を買う。
「柊剣」
先ほどより小さく細長い短剣は投擲には向いていなそうだが、これは飛躍距離は必要ない。同じように空中で失速しかけばちりと音がした。
「零剣」
最後に手に持ったものは短剣というよりも剣に近い。重そうに見えて一番軽かった。妙に手に馴染むが、投擲する。
小さく、あっとなにか声が聞こえた気がした。そういえば、意思があるらしいとか何とか説明文に書いてあったなと。
気のせいとナキは処理した。今は別に使うのに問題はなかった。
零剣はあっさりと柱に刺さり悲鳴のような音が響き渡る。
「お互いに都合の良い話じゃないか。何が問題だって言うんだ」
喚く声にナキは顔をしかめる。
「うるせぇ。黙れよ」
ナキはもうこれを壊すつもりだった。ナキ本人にされた侮辱への制裁でミリアルドは関係がない。
王城と関係者を制裁して、それから、誰に継がせるべきかナキは思案した。
「ほんとさ、俺が支配したほうがましじゃないかな」




