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婚約破棄された令嬢とパーティー追放された冒険者が国境の隠者と呼ばれるまでの話  作者: あかね
聖女と隠者と聖獣

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今は失われし…… 7

「……で、既に死んだ王が動いていて、ミリアを連れて行ったってこと」


 ナキは移動しながら燈明の説明を聞き、そう要約した。枝葉として気になることは多いが、それを指摘していても答えは出ないだろう。

 なぜ、ミリアルドが王となるべきか、ということは最大の疑問だ。その血統は正当であるだろうが、順位としては低いはずなのだ。それを超えるほどの理由だけが空白だ。

 そして、王というものが連れていかれた理由になる。


「そうそう。でもなんか、変なんだよ」


「そうじゃの。我もなにかこう、違和感がある」


 腑に落ちないと言いたげな口調の二匹の証言にナキは視線を向けた。その背後にいるはずのものにもわからないとなるとさらに深刻な事態だと言える。

 焦りだけが募るが、ミリアがいる場所が地下で迂闊に床を抜くと生き埋めと言われれば迂回であろうと安全な道を通る必要がある。

 速度をあげても平気な聖獣2匹の同行であるのでナキは遠慮なく動いているが、人についてこれる速度ではない。


「一般的に死体動かないし、動かすなら考えを持って動くこともない」


「あの鎧のようなものも滅多に出ぬ。

 あれも中身は培養された複製品であろうと主が言っている」


「……なんかホムンクルス的な?」


「そうでなければ、くろーんとかのぅ。それなら可能かと言えば可能であるが」


「反動とかすごいんだ。普通は似た肉塊くらい」


「肉塊」


 微妙な沈黙のあと燈明から思い出したような方向の指示がある。

 まっすぐに目的地に進むことができず、ナキでは位置情報を出しながら移動は困難なので燈明が位置確認をしている。しかし、目的地から遠ざかっているような気がしていた。


「そういえば、この城の地下に願いをかなえてくれるものが住むそうだ」


 白猫が思い出したようにそう口を開いた。


「西方のお方は知らなかったわけ?」


「うむー。私がこの地を直に関与しているのってここ百年くらいで前はもうちょっと南のほうの調整してたから」


「白いの。余計なこと言いだすな」


「そういうこと言ってる場合じゃないでしょ。ほっといたら大穴開くわよ。しわ寄せが全部帝国に送り込まれてるってのも不穏だし」


「んなこと知るか。おまえがなんとかしろ」


「我、可愛い猫なので無理だもん」


「だもんっておまえいくつ」


「……あのさぁ、それ後にしてくんない?」


「はい」


 苛立ったナキの声に二匹は大人しく返事する。小声でお主のせいだとかお前のせいだとか言いだしているのはナキは黙殺した。

 この二匹は失言はあるが、役に立つはずなのだ。多少の苛立ちくらい飲み込むべきだ。ナキはそう思いながらも苛立ちを抑えられない。


「ミリアを拾ったらすぐに逃げるし、もう二度と関わらせない。ひどいって言われても、絶対許さないし、これ以上するならここを壊して二度と言えないようにする」


 何もかも知らない。勝手にすればいい。

 それがミリアの望みとは遠いこともナキは承知している。ナキがそういえば仕方ないと困ったような顔をして、ミリアが行ってしまうことも予想はできた。

 彼女は自分が思う以上に、この国を気にかけている。十年もの王になるための教育は決して短くなく、そういう立場であると自己認識に至るには十分だ。


「……やばいスイッチ入ったのぅ」


「そうだなー。まずった。魔王降臨とかシャレにならん。おまえだけは違うと信じてたのに」


「うるせぇよ。役立たず。信用したのが間違いだった」


 ナキの断言に燈明がうっと黙った。


「うむ。それは間違いないの。なにやってるんじゃ、異形とは言え逃げる隙くらいあったであろう」


「油断してました。すみません。だってさぁ、あんなの出てくるなんて予想できないよ」


「それは我も予想外だったが。うむ、やっぱりなんか埋まってると調べが出たぞ。なんかというのが不穏ではあるが」


「なんかって結局何」


「そうじゃのぅ。

 ささやかな願いをかなえるものとでも言えばよいか。等価交換とうそぶいているが、疑わしい。その判定は人ではなく、そういう人工知能がしているの。昔々の魔法使いが闊歩していた時代の残り」


「……まあ、場合によっては生の脳みそ使っていたりするからその場合、ナチュラルに狂ってる」


「なにそのやばいの」


「やばいから普通は動かさぬか普遍的な曖昧なことしか言わぬものだよ。

 たとえば、明日は今日よりよい日になりますように、とかのぅ。なにがと具体的に言うほうがやばい。

 さすがに破壊しなきゃダメね。中身入ってないといいけど」


「どうだろ。すでに人工知能も狂ってる感あるぞ」


「……床抜いたほうが良くない? ミリアの危機が危機すぎるんだけど」


「よくはないのぅ。そろそろ地下に降りれそうな地点じゃし、追加のお客がきたぞ」


 白猫が言うのと同時くらいに新しい鎧たちが現れた。ナキは以前より動きが速いなと気がつく。よりなめらかに、素早く動けるようになっている。

 時間経過をすると動きやすくなるという推論は当たっていそうだった。

 それでもなんとかナキは数体片付ける。その時点でまた、鎧が逃げ出していった。残った鎧をナキは調べようと屈みこむ。


「しかし、なんで、こうなんの?」


 そう燈明が言ったあと妙な沈黙があった。ナキが傍観者をしていた二匹を振り向くと慌てたようになんでもないという。


「……なんかした?」


「せぬよ」


「そーそー」


「あやしい」


「ほ、ほれ、なんぞ、また新しいやつがやってくるぞ」


 ナキは納得しがたい表情のまま立ち上がり新しい客へ向き直った。




「あーっ! 猫ーっ!」


 その声で白猫は怯えたようにナキにしがみついていた。え、なにそれと言いたげにぽかんとしている燈明に説明している時間はない。


「おや、姫様のほうが先に会えると思ったのだが」


 ユークリッドがやや遅れて現れる。白猫を捕獲しようとするジェイを捕まえてその兄に任せるとナキに向き合った。


「僕も会うつもりはなかったんだけど。連れはそのくらい?」


「儂が運ぶわけには行かぬから交代要員込みで動くとこうなる」


「病人って?」


「母様だよ。

 ほら、猫」


 キラキラとした目で見上げられてナキは困った。少し困って、結局、兄であるゼルに渡した。渡さなければどう考えても無駄に時間を浪費することになる。

 代わりにユークリッドはジェイの襟首をつかんでいた。これまでの色々が透けているような態度だった。


「……うにゃ」


 元気なく連れ去られる白猫をナキは見送った。救出するつもりはあるが、今は先にユークリッドと情報交換をしておきたい。

 いざとなれば他の分体にうつればいいしとナキは考えているが、白猫が知れば憤慨するだろう。


「そっちはどういう状況?」


「ジュリアの見舞いに行ったのだが、襲われていた途中でな。謎の鎧がわらわらとやってきて困った。どうも狙いは彼女のようで拠点を捨てて移動しているほうがましと判断してこうなっている。

 ミリア殿がいないようだが」


「その鎧におびき出されてまんまと連れていかれた。それから宝物庫に送り込まれるし、散々だった」


「なぜ、宝物庫」


「そうだなあ。

 まず内側から開かない真っ暗闇。出ても泥棒避けのトラップ満載の殺意高めな場所だからじゃない? 俺を本気で殺しに来てる」


「それはそれは大変だったようだな。

 同行はいるか?」


「いらない。邪魔。で、ジュリアに話がある」


「儂はただのモブとしてしか対応していないから、そこは承知したうえでやってもらいたい」


「わかった」


 モブというには癖が強すぎるが、本の登場人物ではないという意味ではモブだ。ナキはしっかり登場しているのだから、脇役でもジュリアには認識されている。


「連れてきてくれてありがとう。

 警戒しなくてもいいわ。ねえ、私は無害で無力なのよ」


 思ったより強い声だとナキは思う。柔らかく聞こえるが、その内側には強引に事を進める気質が埋もれている。

 ナキは声だけで近づきたくないという拒否感を覚えた。なんだか、まずい予感がするのだ。

 白猫には恨まれそうだがジュリアの件は後回しにしようと踵を返す前に彼女は気がついて微笑んだ。


「ナキ、ようやく会えた」


 ほぼ無意識に、ナキは槍を呼んでいた。召喚コストは高いのでいつもはしないことだった。それも物理的には強いとは言えない女性相手となればありえない。

 しかし、ナキの危機感はこれを排除すべきだと訴えていた。


 突然のことに騒然とするが、その場で剣を抜くものはいなかった。それもまたおかしいようにナキには思える。


「クリス様、これ、なに」


「これとはひどいわ。病人になにするの?」


 ジュリアは騎士の一人に抱き上げられていた。病気を患っているというのは確かなようで顔色は青白い。

 か弱い女性とナキは認識するが、油断すべきではないとも感じている。そして、おそらくそっちの感覚のほうが正しい。

 なぜか、ジュリアが好ましいと思うべきだという考えが紛れ込んでいる。


 ナキにとって、ジュリアが好ましいと思うべきところは一つもない。ミリアにした仕打ちを思えばマイナスに振り切っている。それにも関わらず、認識がずれそうになるのは異常である。


「我もこれほどとは思わなかったが、今は全開であろう。

 魅了ではないな」


 白猫はナキの前に座った。


「あら、魅了だなんて。みんな私のお願いを聞いてくれているだけよ。

 クリス様もお願いを聞いてくださる? 聖女になれば、病気なんて直してくれるんでしょう? もう一人増えても困らないじゃない」


 柔らかな声がナキの耳には二重に響く。白猫もお願いを聞いてもいいじゃないかとナキは口に出しそうになって愕然とする。


「お願い、とおもっているのじゃな。

 あれは洗脳じゃ。壊さねばならぬのぅ」


「洗脳なんてしてないわ。それに壊すなんて怖い。

 ねぇ、私を守ってくれるわよね。ナキ」


 ジュリアの甘えるような声にナキはくらりとする。それに続く頭の痛みに顔をしかめていると燈明がポンと肩を叩いた。


「僕がお話しとくから、ナキとクリスは先に行ってなよ。

 こういうの専門がいるからさ。ほら、遮断したよ」


 ジュリアの声が消えた。ぱくぱくと口を開き、声が出ないことに気がつくとジュリアは燈明を睨んだ。


「あーこわいなー。人間ごときがなにやるっていうわけ」


 棒読みのような燈明の声は既に別の者は入っているような調子だった。


「行くぞ」


「ユークリッドは?」


 片手にはジェイを抱えながら余裕そうな表情で手を振る男を見てナキは気がついた。モブであるのでそれほど強い影響を受けなかったのだろう。

 ナキが警告しろ、ふざけんなと口パクで伝えるとユークリッドは肩をすくめている。

 後で見てろよと思いながらもナキは先を急ぐ。白猫がこっちと誘導する場所は少しばかり不安だった。もともと方向音痴の傾向がある。


「ほれ、入口はすぐそこだ」


 白猫に指示された目の前は壁だった。


「破壊すれば入れるじゃろ」


 無言でナキはそれを蹴り開ける。奈落のようなぽっかりとした穴が開いていた。階段もない。


「まちがえたかの?」


 首をかしげる白猫。それをひっつかんで躊躇なく飛び降りるナキと想定していなかった白猫の悲鳴が響いた。

なお、直す、であってます。守護者のニュアンスに合わせるなら治療ではなく、壊れたところに新しい部品交換、となるので。そのニュアンスすら理解しているというのが、まあ、アレです。

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