今は失われし…… 1
隠れ家から先に出たのはナキだった。
続いて出ようとしたミリアを白猫が引き止める。
「クリスのやつが忘れていたものがあるんだ。
これが役に立たないことを願っているけど」
白猫はどこに保管していたのか指輪を一つ宙に浮かべていた。
明らかに白猫ではないという態度ではあるが、ミリアは指摘しなかった。守護者は世の中に干渉しない、ということになっている。遠縁でも血を継いでいたり、使者や聖女などは例外とするが国に関して関わるのは避けていた。
建前でしかないとしても、本人の関与ではないとしたいだろう。
人への干渉を西方のお方はめんどくさいと一言で片づけていたが、ミリアも色々影響を考えた挙句同じ一言でまとめた。
総合的にめんどくさい。
西方のお方としてはめんどくさいと思うところを超えてどうにかしようとする相手にナキは入っているし、どうもミリアも範囲内にいるようだ。
「それも葬っていただいても構わなかったのですけど」
ミリアはその指輪を引き取った。元々は母の遺品として手元に置いていたものだ。誰にも渡さず身に着けているようにと言われていた。それが古いもので昔の王家のものらしいと知ったのは実父の存在を王よりほのめかされたときだった。
こういう刻印のものを知っているかと問われたのだ。知らないと答えてはいたが、疑いの眼差しを向けられていたように思える。
「帝国の墓に王国のそれも王族が持つような刻印のある指輪が埋まっているって問題あるじゃないか」
「そうですけど、それを持っていたらミリアルドは死ねないじゃないですか」
「役に立たないといいけど、ここではあったほうがいいと思うから返しておくよ。
いろいろ終わったら回収するでどうかな」
「わかりました」
ほっとしたような白猫の態度にこの指輪が訳アリなことを察してしまう。そして、その説明をしたくないのも。
ミリアは指輪を少し迷って中指にはめた。緩いと思ったものはすぐにちょうどよくなる。
「それから、あと一つ聞いておきたいことがあって。
ナキの名前、聞いた?」
「はい?」
変なことを聞かれた。ミリアは白猫を見返すが、冗談でもなく真顔のようだった。少しだけ困ったようにも見えるが、猫の表情を読むのは難しい。
いつもは白猫は他のものにもわかるように大げさに表現していたのだなとミリアは気がつく。あれはあれで配慮していたのかとちょっとイラついた過去を反省した。
「聞いてないんだね。
本気で覚えてないのかな。やんわりと答えるのを拒否されたと思ってたんだけど」
「ナキ、というのは名前ではない、ということですか?」
「そう。向こうでもあまりない名前なんだよね。愛称くらいならありかもしれないけど」
「本来の名前を名乗らないのは別におかしいことではないのでは?」
事情があって別の名を名乗るのはありえる話だ。ミリアは白猫の懸念がわからない。
「んーなんていうかなぁ。
ナキは無き、っぽいんだよね。
つまりは、あれは、存在の否定。無とか亡くしたとかもうないとかそういう意味。名無しというところもあるだろうけど」
「え」
「まあ、あの根無し草をどこかにとどめることに成功したミリアには、ぜひとも、恋人に骨抜きにされている、もしくは、嫁に逆らえないヘタレにしてもらいたい」
「恋人ですらないですけど」
「うん?」
「その好意を伝えただけでその具体的には」
お付き合いするとか恋人になるとかさらに将来の約束をする、なんてことはない。
なし崩しに同居、現在、聖女と護衛騎士(仮)である。関係を壊したくなくていろい思いとどまる癖に甘えたりしたくなるという矛盾が相当おかしいのはミリアも知っている。
時々、頭を抱えてどうするの? 押せばいいの? 待っていればいいの? と自問自答することはある。恋愛経験皆無というのはこういうことなのかを遠い目をしても、恋愛小説を読んでも回答はない。
「……なにしてんの? それであの甘々なの? おかしくない!?」
おかしくても現状はそうなのだから仕方ない。
ミリアはどういったものかと悩む。そうしている間に、扉がぱたりとあいた。
「外は問題ないから出てきていいよ。
クリス様、ミリアに何か言った?」
戻ってきたナキはミリアと白猫を見比べて、白猫に遅れた原因があると思ったようだった。
白猫はちらりとミリアを見上げてから、黙っておくようにと思念だけ送ってくる。先ほどの話は全て言うなということだろう。
ミリアも言うつもりは元々ないが、口止めされると深読みしたくなってくる。悪い癖ではあるが、さらに何か隠していることがあるのではと思ってしまうのだ。
「うむ。言ったぞ。
ナキをきちんと捕まえておくようにと。性能的にあちこちで引っ張りだこであるからのぅ。出来れば私のところに捕獲したい」
「捕獲言った……。
ミリアも真面目に取らなくていいよ。ほら、危なくないうちに出かけよう」
どこかに散歩でも行くような誘いにミリアは小さく笑った。差し出された手は、裏切ることもないと信用できる。もし、離れる日が来てもこの手が優しかったことは覚えておきたい。
「ナキ」
「なに?」
「いろいろ終わったら言いたいことがあるの」
「……うん、それは悪いフラグだから、道中聞こうか」
「うむ、すごい悪いフラグを打ち立てたような予感がするのぅ。勝手に死なれるやつ」
「死なないわよ。ちゃんと待ってるわ」
ナキはミリアを驚いたように見返すと嬉しそうに笑う。褒めるように頭を撫でられるのはすこしドキドキするが、子供扱いのようでちょっとむっとする。
「でも、不安だから道中で聞く」
「恥ずかしいから、前言撤回していい?」
「ダメ、より聞きたい」
ミリアは失言を悔いながら、ナキのあとを追って扉を通り抜けた。
通り抜けた先は、入ってきたときと変わっている様子はなかった。
ナキは辺りの様子をうかがっているようだが、両目を閉じている。
「こっちには誰もいないような?
なんか、爆走してこっちに来るのあるんだけど!?」
「うむ? むむっ! なにをしておるのだ」
白猫が呆れた声をあげたのとそれの姿を認識したのはほぼ同時だった。
「あ、いたいた。困ってたんだよ。
このおばさんどうにかして」
女性を担いだ燈明が現れた。それも男性の姿ではなく、女性の姿だった。違和感がすごいなとミリアは現実逃避する。
人を担いで現れるというありえない展開が燈明らしくあるなとも思うがこちらも現実逃避だろう。
「……うむ。なにをしたのかというか、誰じゃ」
しばしの沈黙に耐えかねたのか白猫が口を開いた。
「知らん。
なんか、謝り倒されて困ったから寝てもらった。以上」
はぁ、やれやれという態度に中身もちゃんと燈明らしいと察することができる。他のものならもう少し配慮や説明などしてくるだろう。
ミリアはその女性を観察し、表情を引きつらせた。見覚えがあるどころではない。
「妃殿下をどこで拉致したの?」
「えー? なんか、襲われてたから多勢に無勢だしと助けておいた。そしたら、なんかめんどいことになった。お付きの人たちはまとめて安全そうな部屋に放り込んだんだけど、しがみつかれてそのまんまつれてきちゃった」
「つれてきちゃったって……」
「初対面で、訳アリな感じに謝られるとなるとそっくりなミリアの関係者かなって」
「燈明にしては考えたのぅ。裏目にでているが」
担がれた女性を見上げ、我も見たことがあるぞ、王妃だったのかと白猫も言いだす。ミリアはいつ、どこでと聞きたいところだが話が別のほうに流れていくだろうと思い自重する。
「フィラーナとか呼ばれたけど、知ってる?」
ミリアはまじまじと燈明を見つめた。
自分に似ていると思っていたが、それはつまり母にも似ているということだ。母に似ているという意識はミリアにはあまりない。東方のお方の血統で、似た感じの顔になるという認識だ。同じ赤毛で似た顔なのに血縁というには遠すぎるという事態が起こりえるからだ。
「その風貌でその名で呼ばれたなら、母のことだろうけど。
いまさら何をというところではあるわ」
謝罪されたところですでに母はなくなっている。どうして父に嫁ぐことになったのか、直接聞いたことはない。それを聞けば、優しい王妃は消えてしまうと察していたからだ。
今なら、聞いても問題ないだろうが、燈明に謝罪をしていたと聞けば保身のための言葉しか聞けない気がする。
聞かないというのもマシな選択であることはある。
ミリアは謝罪をして許される前提の話など聞きたくもない。
「ふぅん? で、どこで何しにいくわけ? 僕は行けとしか言われてないから急いで来ただけだから」
「雑な伝え方をしたのか、雑な覚え方をしたのか判断に困るけど、どっちだと思う?」
「両方ではないか?」
「ひどいなー。
あ、そうそう。西方のに飽きたらいつでもおいでとか言ってた。気骨のある女子は大歓迎だって」
「今のところは予定はありませんが、考えておきます」
「にゃっ!?」
慌てる白猫にミリアは微笑んでおく。今のミリアは選ぶことができるのだから増やしておくほうがいい。
「じゃあ、とりあえず移動するとして。
この人どうする?」
「ん。別に重くないから担いでてもいいけど」
「……じゃ、それで。なんか、感づかれたのか人がやってきそう。
まずは王様か王太子かを確認して、問題ありそうなら手を出して、大丈夫そうなら放置」
ナキはあっさりとそう言うと先に立って歩き出した。どこがというわけでもないが機嫌が悪そうな雰囲気がする。
ミリアが首をかしげるのを白猫が、あーあと言いたげに見ていたが気がつくことはなかった。




