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婚約破棄された令嬢とパーティー追放された冒険者が国境の隠者と呼ばれるまでの話  作者: あかね
聖女と隠者と聖獣

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ミリアルドは帰らない 4

「うむぅ。あっちじゃな。一部繋がり始めたのでそのうち戻るであろう」


 レベッカに白猫は指示を出す。そうでなければずっと同じところに立っていそうだった。さりげないように知った顔が近くについたことに白猫は気がついたが、それを言う気はなかった。

 レベッカは気難しそうに眉を寄せたまま、言われたほうに歩いていた。心ここにあらずという風に礼は言われたがなにを言っても聞いていないだろう。


 白猫は策謀が得意というわけではない。どちらかというと無意味に可愛がられ、無責任に口出しして、我、可愛いのでとごまかしてきた猫生せいじゅうせいであった。

 その白猫にしてもレベッカのやりようは悪手のように思えた。


 あのやりようでは、ミリアはともかくナキは絶対動かない。関係ないものまで傷ついて、ひどい目にあいそうだと思うまでは手出しをしないだろう。

 ナキはお人よしでもあるが、冷徹でもある。手出しをする範囲はとても限定的だ。今後はさらに限定的にしか、力をふるうことはないと白猫は予想する。


 原因はミリアではあるがそれだけではない。

 ふらふらとどこにもいることもできなかったと思い込んでいたところもある男が、どこかにいることに決めた。

 ならば、その場所を守るためにしか使わないだろう。


 そういうところが守護者向きと白猫の主は言うが、あの主にそういうところは見受けられない。私は弾幕が強かったからと遠い目をしていたので、あの方の場合は全く違う理由だったのだろうと思う。

 白猫は当代に作られたので、以前の西方のお方は知らない。ただ、他の拠点の守護者などを見ていると飽き飽きしているという態度なので守るという意識があるとは思えない。


 白猫はそれを人に言う気はない。自らの領地どころか生きる地がそういう気まぐれの上に成り立っているのを知って穏やかに過ごすのは難しいだろう。


「怒ると思った」


「なんじゃ?」


「あの護衛騎士は、ミリアが侮辱されるのには耐えられない。なら、こちらに出てきた私を傷つけることくらいするだろうと。実態はどうであれ、聖女の護衛騎士が元王女を害するのは外聞が悪いと譲歩を引き出せるかもしれない」


「……最悪の最悪じゃのぅ。ナキは傷つける程度で済む男ではないぞ」


 前日から続くイライラも限界を超えていそうなので、元凶を狩りつくすくらいやりそうだと白猫は予想していた。

 その前にミリアが止めそうだが。良い感じに止めてくれたと白猫は信じている。そうでなければ、白猫が体を張って止める羽目になる。さすがにそれはお断りしたい。むろん、被害者を慮可ってということでもなく、そこでナキの倫理観が書き変わってしまうことを懸念している。

 人の死を避けたがる性質があるからこそ、あの能力は暴力的に振るわれない。その制限が少しずつでも失われていけばいつか。

 白猫はその想定を頭から追いやった。ナキはきっとミリアの頑張って止めるに撃沈されてやる気を失っているに違い。

 頑張るのだぞと届かない思念を白猫はミリアに送った。


「彼については多少強い程度としか情報がないの。見誤ったかしら。ミリアに甘いだけのおとこではない?」


「詮索はせぬほうが良いぞ。

 大事な思い出も失いたくなくばな」


 白猫はレベッカに釘を刺した。あの気の良いウィルが悲しむであろうからの忠告である。


「わかったわ。ごめんなさい。でも、私もどうしても失うわけにはいかないの」


 白猫はレベッカの腕から降りた。そろそろもう一つの白猫に会いそうだった。あちらに任せてこの場を去るつもりだった。

 やはり、向こう側が気になりすぎる。止めた後が、泥沼になっている危険性を無視できない。まだまだ、我が必要であるからのぅと心の内で呟く。邪魔とか言いながらもいないと途端にあわあわしはじめるのはそろそろ卒業してほしいのだが。


「謝罪は受け入れぬよ。

 許されると思って言われた言葉には意味がない」


「そんなつもりは」


「降嫁したとはいえ、王族の姫の謝罪を受け入れねばならない。この国で穏当に過ごすには許すと言わねば周囲が許さぬ。

 それをわかって言っていないとは思えない。王族は間違えないという主張で謝らぬよりはましかもしれぬが、否を言わせないということではたちが悪い」


 レベッカは再び小さくそんなつもりはと呟いた。

 ミリアならばどうするだろうかと白猫は考えを巡らせた。そもそも他人を当てにするという話ではないだろう。もし、助力を乞うならばきちんと代価を用意する。情だけで動かそうとはしない。

 ミリアルドは、人の情など信じていなかった。


「そもそも謝るべきは我ではない。

 我もナキもこの国を気にかけるのは、とても頑張ったミリアルドが大事にしていたからで上の人間は全て入れ替えても問題はない。帝国の属国といわれても、ルーのほうがましだ」


 そう言葉を連ねて白猫は気がついた。


「我も、怒っているのだぞ」




 ふわふわくったりの巨大クッションは二人で座るには向いていなかった。


「ど、どこ触ってっ」


「おなか。支えないと落ちるし」


「そ、そうかもしれないけど、なにか」


 ぞわぞわする。前のような怖い感じはしない。先ほども抱きしめられていたのだが、あれとは違う背面からの抱擁は力強い。

 なにかもっと密着。と考えてミリアは考えることを放棄した。

 白猫のようにと言いだしたのはミリアで、その時の自分を抹殺したい。甘えると白猫が同義語のように思えたのだ。あれは子猫だからいいのであって、大人の女性がすることではない。はしたないを通り超えている気はした。


 それはわかっていても離してほしいわけでもないのが、ミリアは自分でも信じられないと思う。順調に脳内のお花畑が広がっていることに慄く。


「怖いならやめるけど」


 ナキは黙り込んで動かないミリアに心配したような声をかける。ミリアはお腹にまわされた腕に自分の手を添えた。


「大丈夫」


「甘えたいの俺のほうかも」


 ミリアは肩に少しの重みを感じた。


「どうして止めたわけ? ミリアだって嫌だったんだからちょっとくらいはいいって思わない?」


 ナキの声は暗い。重苦しいものを軽く言ってのける彼らしくもなく。それほどに怒りを覚えたのかとミリアの口元に笑みが浮かんだ。

 そして、すぐに気がつき苦々しい表情に変わる。


「感情的に処理はしたくないわ。傷つけると聖女との間に諍いと記録に残るかもしれない。ナキの名にも傷がつくし、西方のお方の譲歩を要求されると思う」


「……ほんとにそこまで考えて、止めた?」


「えっと、その、ナキがものすっごい怖い顔してたから、まずいと思って。

 ちょっとやらかした程度で、王城騒然の庭破壊事件よ? ものすっごい怒ってたら、王城の一角破壊事件になるじゃない」


「だ、大丈夫だよ。たぶん」


 ミリアにとってはものすごく不安になる大丈夫だった。さらにまあ、潰してもいいと思うんだよねとより不安になることを呟いている。

 ミリアは不安になる一方で少しうれしいと思ってしまった。常にしないことをしてしまうくらいにナキに大事にされているのだということの証明のように思えて。


 白猫があれは面倒な男だぞと言っていた意味をミリアはかみしめる。

 ナキにできることは多い。ミリアが望めばある程度は譲歩してくれることも、傷ついたと言えばそれなりの報復を考えるほどということもわかった。

 ならば、ミリアは自制しなければならない。安易に力を使わせてはいけない。


「しないでね。私には私のやり方があるの」


「わかってるよ。そのつもりなんだけど、今は、ちょっとやり返してやりたい気持ちが多くて持て余してるかな」


「そもそも何をそんなに怒っているの?」


「みんながミリアルドを都合よく使って、いらないって捨てて、でも利用価値があるから情に訴えて利用しようとするところ。よく拒絶したね」


「レベッカ様は根本的に間違えているのよね」


「……どういうこと?」


「ルー様とは利害関係がある。そうね、被害者と加害者家族ってところかしら。相手は補填する気も後ろめたいものもある。だから、私のことをある程度は守ってくれる。

 国家間の関係もあるから、ちょっと複雑ではあるかもしれないけど。婚家で害をなす気は今のところないなら、それなりに友好的にする理由はある。まあ、妹みたいにも思うから甘くなるかもしれないけれど、それはね」


「うん?」


 ナキはよくわからないと言いたげな相槌だった。友人ではあると思うが、立場を思えばそれなりに備えは必要である。わざわざ指摘もし合わない暗黙の了解。


「宰相閣下とも利害関係ね。聖女がお忍びでやってきているというのは外聞が悪いからそれなりに整えるかわりに聖獣であるクリスタリア様を結婚式に呼ぶ、そんな感じかしら。

 クリス様のことは元々予定にあったことだから譲歩でもないわ。相手からもジュリア様に会ってほしいという借りも作れるし、目標も達成できる。しかも安全に」


「まあ、そっちは利害関係というのはわかる。ああ、確かに、こちらへの利益や補填の話はしないで助力をという話で通されそうだった」


「聖女としては応じるわけにはいかないからお断りするしかないわ」


 だからこそミリアルドはいないと言ったのだ。警告が届かないならミリアはレベッカの対応が間違っていたと断じるしかない。聖女ミリアが動くのは情だけでは事が済まない。

 西方のお方の加護が特別に与えられたとまで言われるようになるのはどうしても避けねばならない。周辺諸国への影響が強すぎる。

 いつものレベッカならそんな選択はしないと思えるだけにミリアは残念に思う。


「それにしたってあの捨て台詞はどうかと思うんだけど」


「仕方ないわ。期待には答えられないもの」


 それでも、もし、あの場でレベッカが王の代理として交渉の場に立つのならばミリアも応じる気はあった。ジュリアならば、あっさりと私が場をおさめるし黙らせると言いだしたに違いない。あるいは、あとでシリルに認めささせるからと。

 そういう意味ではレベッカとジュリアは決定的に違っていることがわかった。

 だから、ミリアもレベッカには失望したのだ。


「これからどうしようかしら」


 深夜にはまだ遠く、白猫も帰ってこない。


「甘やかされたいんでしょ?」


「……なにすればいいのかしら」


 ミリアにはおねだりをするリストが存在しない。衣食住はもちろん足りているし、好きな小物すら買っている。


「え、あーんして食べさせる、とか」


「……死にそう」


「そうだね」


 甘やかすことに慣れていない者と甘えることに慣れていないものが挑戦できる課題ではなかった。ミリアとしてはむしろ無意識にしていることのほうが甘ったるいのではないだろうかという疑惑が生じるほどだ。

 ナキに微妙な空気のままぎゅうっとされて。


「いやじゃなければ」


「ただいま戻った、のであるが、なにをいちゃついておるのだ?」


「……心底間が悪い、クリス様を呪いたい」


 扉を突進して入ってきた白猫は呆れたようにため息をついた。

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