白猫の受難 3
前半クリス様、後半ナキとなってます。
我、最近よくこうなるのぅ。
白猫はぷらんと首根っこを吊るされて揺れていた。抱っこではない。肩にも載ってない。背中にしがみつくのでもなかった。
運ぶならせめて篭くらい用意してほしいのぅ。切実な白猫の願いは伝わることはなかった。
こうなったのはついさっきのことだった。
事象としては簡単である。ナキが庭にいた怪しい人物として、ちょっとお話を聞かせてくださいと圧のある強制連行をされただけである。
怪しいも何も犯人なので、大人しく連行されていくところがナキらしいと白猫は見送った。誰かに伝えといてという曖昧な指令を受けたが、その直後に捕獲された。
背後から忍び寄られ、首根っこをつかまれ、とったどーっ! と雄たけびを上げる男とそれに素早くツッコミをいれた男の二人組である。
白猫はあほらしくて暴れることすら忘れた。結果、そのまま吊るされているわけである。
見たところまだ若く、王立学院の制服を着ているため学生であることがわかった。学院と敷地は離れているため、なぜここにいるのかという疑問はあるが老獪な貴族に捕まったよりはましであろうと白猫は事情が分かるまでと大人しくしていることにした。
「大人しいな。飼い猫なんじゃないのか?」
「そうだとしても、自由散歩しているのが悪い」
白猫はその発言に猫が自由散歩せずにどうするというのだと憤慨する。
「そもそもジェイ様、しろねこーって叫んでたってホントか?」
「ほんとほんと、これで報奨金もらえるかもっ!?」
「気に入られて側近……いや、それは嫌だな」
「だよな。あれを楽しめる強メンタルが必要だ」
我、そんな者のところに貢がれるのか。世を儚むほうがよいだろうか。
プラプラ揺られながら白猫は力を抜いた。こちらは分けておいて、本体の意識を別のところに移したほうが良いだろう。
都合よく近くで散歩をしている白猫の分体がいた。
「あれ。ぐったりしてるぞ」
「なにっ!?」
大騒ぎを始めた二人組を遠くで眺めながら、白猫は尻尾を振って歩き出そうとした。
「うにゃ?」
「猫よ、ねこっ!」
「うにゃーっ!」
なんじゃとーっ! と驚愕の叫びとともに戦利品のように前足の脇に手を差し込まれ持ち上げられてしまった。
今度は若い女性だった。三人連れだが、貴族の令嬢のようで美しく装っていた。
「ルー様が白猫をお探しと言っていたわ。これで、お近づきにっ!」
「姉様、鼻息荒い。ねこちゃん、怯える」
「大丈夫、猫にはまたたびってきいていますの。用意してきましたわっ!」
確かここにと探している間に白猫は近くのべつの個体に移ることにした。またたび、あれはいかんと白猫の本能が告げている。
ぐにゃんぐにゃんのでろんでろんな酔っ払いが出来上がる。間違いなく、自制なくしゃべりだすだろうし、気が大きくなって我、聖獣とか言いだすかもしれない。
「あら、大人しくなっちゃった?」
「猫ちゃん、かごに入りましょうね」
「またたびは今度にしましょ」
丁重に扱われているのを白猫は遠くで察知し、歯噛みした。
次の分体は、既に捕らわれの身であった。鳥かご入りで誰かに持たれている。
「汚らわしい。こんなもののどこが良いのか。犬のほうがよほど賢くてよい」
「そうですね。主様。どちらにお持ちしますか」
「ふむ。ジェイ殿下からルー様に献上されると好意が増えるであろう。両方の覚えめでたくなる機会を逃せまいっ」
「……おぼえてくれますかねー」
「何か言ったか?」
「いいえ。主様は頭良いですね」
棒読みの侍従と主。なお、主と言われるのは、ふんぞり返った子供である。子供らしからぬ豪奢な衣装に着られている感はあった。
「父様も喜んでくださるだろうか」
「地下の国できっと」
そこだけは湿っぽい雰囲気がしたが、謎のジェイという人物に献上されるのはごめんだと白猫は次を探した。
その次も、その次もすぐに誰かにつかまり逃げ出してを繰り返すことになる。
「なんじゃ、どういうことじゃっ!」
そう白猫が喚いたのは、白猫が集められた部屋に詰め込まれた後だった。
分体、総数25体が集結したところは一種異様な光景だった。元々用意していたものだけでは足りず、新しく作り出しても同様だった結果だ。現在の最大分割数であるのでこれ以上増やすことはできない。
この子猫たちは一体が毛づくろいを始めれば、連動するように皆が始める。他の動作も同じだった。離れていればそれほど連動せずに自由行動を始めるが、近すぎて同調しすぎている。
一匹や二匹なら可愛い子猫も不気味というしかない。
白猫もこの状況になるまでに何度も逃げ出そうとした。扉や壁などを透過できる特性は役に立つと思っていた。
しかし、すぐに別人に見つかって、また同じ部屋に戻されるを繰り返して諦めた。可愛い子猫は逃亡には向かない。それも城という隠れ場所のない廊下とかだと即発見される。
「いみがわからぬーっ!」
一匹がにゃあと言えば、皆がにゃあと言いだし煩いことこの上ない。最初は部屋にいた者たちも今では室外にいる。可愛いと言っていた表情がだんだん引きつっていったのが印象的だのぅと白猫は遠い目をする。
我、なにも悪いこをしたかのぅと三日分くらい振り返り、首をひねっても誰も何も教えてくれない。当たり前である。白猫は可愛い子猫にしか見えないから。
同時多発白猫発生事件。それは王城を混乱に陥れた。そもそも王城には猫が少ない。ネズミ捕り目的では飼育されているが、総数は管理されている。その中には白猫はいなかった。
半年くらいまえに一時的に野良猫が紛れ込んできたようだがそれも数日で消えていった。ウィル殿下がしばらく探していたなと王城の人々に微かに記憶に残る程度。
それが、その日は違った。
従姉の婚約者が連れてきたという白猫はひそかに噂となった。それだけで済めばよかったが、いなくなった白猫をルー皇女自ら探しているという話が王城内を駆け巡り、見つかったという話で落ち着いたように見えた。
それが、ジェイがしろねこーっ! と叫んでルー皇女の部屋に突撃したあたりから話がねじ曲がっていく。
そして、それを当事者である白猫は知らなかった。
「うぬぬ、誰か迎えに来ぬかっ!」
これが後に聖獣分裂事件と残ってしまうのは、彼らにとっては不本意だった。
お願いと言う名の強制連行されたナキは遠くで猫の鳴く声が聞こえた気がした。いやいや、遠くだしと幻聴で処理する。なんとなく、扉の向こう側に視線を向けるが、扉は扉でしかない。ごつい木製だが、補強目的なのか金属でがっちりとおおわれている。
「どうした?」
「なんでもありません。ところで、いつ出してくれるんです? 僕は何もしてないんですけど」
嘘の主張には良心が痛むが、ナキとしては実行犯ですとは言えない。破壊行動は慎むべしと反省している。それから現場からは速やかに離れるべきだった。
ナキが連れていかれたのは小部屋だった。表面上は普通の部屋に見えたが、窓には鉄格子がはまり、机といすは床に刺さっていた。さらに床は絨毯も敷いていない石造り。地下という立地を考えれば、普通に尋問部屋、場合により拷問可というように見える。壁にかかっているのは謎のオブジェとしておきたい鎖である。
「そうは言ってもな。
庭にいたものは全て拘束せよという話だ。なにもないにしても犯人が見つからないなら全員、殿下の挙式が終わるまでは牢屋だ」
「僕はともかく、貴族の人とかどうするんです?」
「困るからどうしても犯人が必要だ。必要なんだ」
ナキは視線をそらした。二度も言われたというとおまえが犯人やれと言われている気がした。おそらく、一番立場が低いか被害が少ないと思われているようだ。本当の犯人と思われているようではなさそうだ。
「一人でなんかできる範囲なわけ?」
呆れたようにいうナキに相手の男も首を横に振ってうなだれた。
実際には一人で、しかも一撃でやってしまったので、振り返って思えば自分の身体能力にビビったりもしたのだが。
長槍を自重も遠慮も捨てて、スキルの上乗せをして振った程度だ。それで自分を中心に半円で数メートルの植物が壊滅した。古そうな木も半ば折れていたと思い出して、庭師に謝罪したい気分になってきた。ナキはせめてあの木くらいは再生しておこうと決める。
「あんなの普通の人間に出来ねぇよ。もし出来るなら捕まえるのは無理だ」
捕まってますが、ともナキは言えない。
「それじゃあ、人間の仕業じゃないんじゃない?」
さらりと人外に責任を押し付けた。ここに存在しないものならば、困ることもないだろう。
相手の男はなんじゃそりゃとでも言いたげな表情で口を開きかけた。そこで扉を叩く音に気がつき立ち上がる。
「尋問してるって……閣下っ!」
面倒そうに扉を開けてすぐに居住まいをただした。
閣下。
また偉そうな人が出てきたなとナキはため息をついた。
閣下と呼ばれた男はカイルと名乗った。お付きに何人か連れていたが彼らが紹介されることもなかった。
お決まりのようにあの白猫の飼い主かと問われ相棒と答えるまでは普通だった。そうかと言いたげに頷かれたあたりでナキはあれ? と思った。
それに続く質問が、想定の斜め上過ぎた。
「は? いまなんて?」
ナキは真顔で、問い返した。なにか今、変なことを聞かれて気がしたからだ。
「あの猫は分裂するのか?」
分裂するけどしないという場面である。先ほどまでの庭を破壊してませんという嘘をつきとおすのと似ていた。
カイルは冗談を言っているような顔ではない。ナキも真面目に答えるほかなかった。
「しませんよ。ただ、白猫なので不思議なことがあるかもしれませんね」
「ふむ。あちこちで白猫が見つかったのだが、全く同じ猫のように見えると報告もある。見た目が似すぎていると」
同じ猫なので、とはやはり言えない。ナキが曖昧な笑みで誤魔化しているのをじっとその男性はみてきた。
威圧感があるというわけではないが、探られている感じに拒否感を覚えた。
「そんな増えたんですか」
ナキが増えたのを見たのは10匹までだ。他にも白猫は色々な国に分体を残しているがそちらはほとんど猫で、西方のお方の要請での降臨用と聞いている。そのため、一方通行で行ったら戻ってこれないらしい。こちらに残った分体がどうなるかと言えば、全部消える。
「報告では25匹」
「なっ」
ナキを絶句させるような数である。三匹でも同調していれば気持ち悪いというのに、それが25匹。
いっそ消えたほうが良いのではないだろうか。一番近い他国の分体がどこにいるかは知らないが、ここではそれが異形として処理されそうだ。
起死回生となれば、実は聖獣でしたという話ではある。しかし、それをしてしまうとそれを連れていたナキの扱いが異なってくる。出来れば避けたい事態だ。
しかし、ナキには見捨てるのかのぅという白猫の幻聴が聞こえてきた気がした。見捨てない見捨てない、ちょっと外泊してきてと言いわけし、ナキはこほんと咳払いをした。
「白猫は西方のお方の使いと言いますし、降臨に失敗して爆発しちゃったんじゃないですか?」
それで庭も破壊したと。
かなり無理がある発想ではある。これで押し切れるとは思っていないが、白猫が西方のお方の使いかもしれないとすればひどい扱いをされないだろう。そう思ってのことだった。
「そうかもしれぬな。至急教会に連絡を」
ナキもまさか、全面採用されるとは思っていない。
「へ?」
間抜けな声は、ナキ一人分ではなかった。部屋に残っていた最初の男もその場にいたし、他のお付きの人たちもいた。
おそらく、なに言ってんのこの人という気持ちは一致したであろうとナキは思う。
「え、信じちゃうんですか?」
「信じぬほうが良いか?」
「荒唐無稽でしょう?」
「西方のお方はいつでもそうだ。いまさら庭の一つ壊されても何とも思わない。それよりクリスタリア様の降臨のほうが大事だ」
ナキはそれには沈黙した。途中経過は全部間違っているのに結果は同じである。どうせ、結婚式には降臨する予定だったのが前倒しになった程度だ。
問題ないと強引に納得して、この場を離れるしかない。ミリアの白い髪をさらに見られるほうがまずいだろう。
ルー皇女には悪いがこのままミリアを一度回収することにした。行方をくらまして夜にでもジュリアのところに強襲をかけることにしようと計画の修正を検討する。
「彼はどうしますか」
「解決に協力いただいて感謝する。礼はのちほどさせてもらう。彼の猫も見つかると良いのだが」
表面上は穏やかに事態は解決の見込みだった。ナキは白猫を連れていただけで、特別注意が向くようにはしないようだった。それも別の白猫を。
白猫が壮絶に拗ねそうな事態は避けたいのだが、ナキにもできないことはある。数日頑張れと心の中で祈っておく。
なんじゃひどいぞっ!と喚くのは想像できたが、ミリアの安全のほうが重要である。聖獣ということならひどい目にはあわないだろう。
「……なにか?」
ナキはカイルから先ほどとは別の視線を向けられた。値踏みするようというより、観察するようなそれは既視感がある。
表面をするりと撫でられるようなそれは。
「……断りなく、鑑定はしてはならないという決まりでは?」
「威圧も、鑑定も通らぬか。噂などあてにならぬな」
どういう意味? と問いただす危険と曖昧にごまかすことに迷い、その一瞬が事態の混迷を産むことになる。
部屋の外が騒がしいことに気がつくことに遅れたからだ。
「ちょ、ちょっと開けて、ナキ大丈夫っ!?」
淑女の姿をかなぐり捨てたミリアが飛び込んできたのだ。
「え。ミリアがなんで」
「聖女様もおいででしたか。
これは皇女様にもお話をお聞きしないといけませんね」
冷や汗が出てくるナキとそのナキの前に立つミリア。やだ、かっこいい、と現実逃避しそうになる思考をナキはどうにか捕まえて、ミリアの服のすそを引いた。
少し振り返って笑むのはいつものミリアではなく、ミリアルドだった。完全武装済みの微笑だった。
「ええ、私の婚約者に無礼を働いたわけをお聞かせ願えますか?」
ナキは、いや、それ自業自得なのでとミリアに言いわけするタイミングを逸した。
「なんか、今日イベント多すぎない?」
一緒に部屋に入ってきたキエラが呆れたように呟いてた。




