密談―異世界人の場合― 2
「死亡フラグを回避すれば、死なないと思いがちじゃない? 私もそう思ってたことがあった。でも、調べていけばいくほどに絶望的に回避不能だった。だから、きっと寿命なんだよ」
「この事態は、本人が死亡フラグの回避しようとして起こったってこと?」
ナキはそれは想定していなかった。先を知っていれば避けられると漠然と思っていた。起こることがわかっていても、避けられないならば知らないほうがましのように感じる。
ナキはかつてリンがジュリアに対して違和感があると言っていたことを思い出す。先を知っているように思えたことも、場合により素人のように見えたのもそれで説明はつきそうだ。
ただ、つじつまが合いそうと簡単に結論に飛びつくのもよくはないかとナキは判断を保留する。
「たぶん。あとは本人に聞くしかない。まだ、会ってないんだよね。ユークリッドは会ったんだっけ?」
「一度だけルー皇女の護衛としてついたときに。儚そうな美人ではあったが、同郷感はなかった」
「もし、ミリアにもしたことを彼女にもすれば生き残れるかもしれないけど、可能なわけ?」
「無理かな。特殊アイテムで現在、在庫切れ。それに、完全に別人になることが条件かもしれない。
あるいはまだ死亡フラグ折れてないかも」
「どういうこと?」
「一度は、毒で死んだことに。別人のふりをしても二度目は崖落ちして死んだことになってるんだよ。今は完全に身分から見た目まで変えて別人やってるから大丈夫と思いたいけど、なんか不安になってきた」
「なにもないといいけど、こればかりはわからないね」
ユークリッドもキエラも少しだけ困ったような顔をしている。例外で死ななかったから安心していいとは言えないだろう。死にやすいから気をつけてとも忠告しがたい。
本人にいうわけにもいかないから、白猫かナキがなんとかするしかない。いまのところ西方のお方が気にかけているのだからある程度の安全は保証されているということが救いかもしれない。
「予告があるだけましと思っておくことにする。
彼女の病状はどうなんだ?」
しばしの沈黙ののちに、ナキはそう尋ねた。
「緘口令が敷かれているが、長くはもたないというのは事実のようだ。宰相も愛妻家であったらしく、仕事が手につかないありさまで王城内はかなりばたついている。婚姻の件でと誤魔化しているようではあるが、他国にも知られていると思ったほうがいい。
王も本人のほうが具合が悪いのではないかというぐらいで、まともに動けるのはレベッカ元王女くらいだがそちらもかなりの動揺を抑えての状況だ。
陛下は間が悪いと歯噛みしているかもしれぬな。見合いをしている、後継者争いをしていなければ、付け込んで乗っ取れたのではないかと」
「ルー皇女がまあ、お父様ったらと手紙を燃やしてうふふと笑っていたので、まだやる気ありの可能性あり」
「させぬよ。自由を満喫できるのに、仲が悪くないとはいえ父親の影響下に戻りたくはあるまい。親子喧嘩に巻き込まれるかもしれぬが、武力行使にはなりにくかろう」
「あ、一応、先の展開を言えば帝国の後継者争いがこれから激化してそんな暇なくなるからある意味安心」
「……それもなんか、問題ありだと思うんだけど。
今を持ちこたえれば、帝国の脅威は無視しても構わないってことか。ま、とりあえずはジュリアへと接触してからかな。どこにいるかくらいわかってるよね?」
「郊外の離宮ってことになっているけど、実際は王城内のフェンデル宮にいるっぽい。
ジュリアって国民にもウケの良いお姫様だったから、病気ってだけで結婚のおめでたい雰囲気がなくなりそうだから、しばらくは公にはしないみたい。
接触するなら今のうちかな。でもね、話にはならないかも」
「話せないくらい悪いってこと?」
「いやそうじゃなくて。
行動を追っていくと子供のころに前世を思い出したっぽいのがわかった。そのころから、自分が死ぬことを知っていた、ってこと。色々やってダメで諦めてってところに、死んだはずのミリアルドが現れたら正気を失いかねないんじゃないかなーって」
キエラの語り口は酔っ払いの少しふわっとした感じだが、内容は重い。むしろ酔わねばやってられないと言いたげだった。
「という感じ。あとは自分で情報を集めるなりして。あまり長く話していると不審に思われるから今回はここまでかな。
ああ、それと」
キエラは不自然に言葉を切って、ナキを見た。品定めをされるような視線に彼は少したじろぐ。
「キエラ、それは言わない約束では?」
「えー、絶対、あの性格悪いお姫様は言うよ。ばれるよ。信頼関係台無しになる前に苦悩してもらおうよ。楽しいし」
最後の楽しいしが本音だとユークリッドもナキも思った。そして、その餌食は自分らしいとナキは感じる。
拒否したほうが良いのだろうかと悩む間も与える気はなく、にっとキエラは笑う。
「ナキもちゃんと、登場人物してるから。
もちろん、ミリアルド関係」
「は?」
「昔拾われて、再会して、別れて、その直後に死なれたから」
「はぁ!?」
「じゃあねー。私は暖かい布団が待ってるのー」
キエラはその酔っぱらったような足取りが危なっかしいが残されたものはそれどころではない。
キエラは衝撃を受けているナキと思わず額を押さえてしまったユークリッドを放置して出て行ってしまった。
「どこかにぶつかってしまえばいいのに」
初対面に近い女性に言うことではないが、ナキは呪いの言葉を投げた。
「まあ、気にせぬようにな。そのあたりは本当に全部違うそうだ。そのあたりをまとめた紙がこれで、言語は変えているが紛失せぬようにな。
それにしてもジュリア嬢もナキを何度かさがしていたようだが、見つからなかったのは幸いというべきか」
「情報過多なのでいったんストップ。
想像もしたことなかった。普通に、来ただけで」
「儂はただのモブだからの」
ナキが頭を抱えてしまうのをユークリッドは他人事のような顔で眺めている。残念ながらというべきか、幸運にもユークリッドはモブだった。名もなき、皇女の守役で三年後には息子にその地位を譲っている。
「どこかのおっさん転移無双みたいなやつが何を言っているんだ?」
「むむっ、俺なんかしましたっけ系鈍感チートには言われたくないぞ」
「……どっちもどっちじゃのぅ」
のんびりと言いだした白猫に二人の視線が集中する。
「他に知っている奴いないよな? これ以上増えるのは勘弁してほしい」
「うむ。近くにはおらぬよ。噂によると二つくらい国を離れたあたりにいるらしい。
ひとまずは、帰ろうではないか」
白猫は不穏なものを感じたらしくたしたしとナキの手を叩いている。フニフニした肉球が柔らかい。
「前から思ってたんだけど。あれだけ歩いているのにぷにぷに肉球ってどうなってんの?」
白猫の可愛いピンクの肉球をふにふにすることで、ナキはちょっと落ち着きたかった。
情報過多過ぎる。
「それはこう、青い猫の前例をと我が主が言いだして空中に浮いているぞ」
「……それは初めて知った」
「う、うむ」
ナキとユークリッドはちらっと視線を合わせて、青い猫の件は聞かなかったことにした。西方のお方もまさかの異世界人という可能性は排除したい。
ナキに後継にならない?とお誘いしてきた理由に納得がいった気がするが、それもあわせて気がつかなかったことにした。
白猫はもちろん失言したとも思っていない。手をマッサージされるのも悪くないのぅととぼけたことを言っている。
ユークリッドがそれ以上余計なことを聞きたくないと言わんばかりに立ち上がった。
「では、またな」
「じゃ、また」
二人は軽く言って別れる。同時に戻るのは憶測を呼びそうで、少し時間をずらしてナキは部屋を出ることにした。
「ねえ、クリス様」
「なんじゃ?」
「俺、どうすればいいかな?」
「まあ、とりあえずその酒を飲んで寝ればよいのではないか?」
ナキは少しだけ残った酒の瓶を取り上げ、そのまま飲み干した。
「足らない。部屋で飲みなおす」
「夜中に何かするとろくでもないからのぅ。ほれ、その紙を忘れぬようにな」
「わかったよ」
ナキも部屋を片付けて外に出た。いつものように抱っこを要求する白猫を抱えて滞在先の部屋に戻った。翌日、二日酔いになりミリアに呆れられることになる。
青い狸っぽい猫、最近は浮いてない設定らしいです。もともと、原作にはないんだとか。
クリス様。抜け毛には言及されるもののそのままあちこちに乗っかったりしても苦情がないのは、足が汚れてないから。




