密談―異世界人の場合― 1
皇女との面会のあとは部屋に案内されたり、最低限の城内の案内をされているうちに日も暮れていった。
ナキとミリアのうわさが駆け巡ったらしく、王城内ではじろじろと見られることになりナキは落ち着かなかった。ミリアは平然としたもので、ただの田舎娘ではない感があったのだが、その自覚はなさそうだった。
夕食は食堂でとることになっていたが、ここでもナキは視線を感じていた。妙な緊張感に味も感じない夕食後、ナキはミリアをルー皇女の部屋に送って行くことにした。
「……大丈夫?」
「慣れないから、ちょっと厳しい」
心配そうな口ぶりのミリアにナキは正直に言った。こうして注目を浴びるような生活をしたことがない。珍獣にでもなったと思えばよいのかもしれないが、まだそう思える余裕はなかった。
「最初だけだと思うけど、ルー様のところに行くのやめる?」
「大丈夫だって」
「やっぱり今日は……」
「おや、殿下がお待ちですぞ」
ルー皇女の部屋の前で揉めていれば室内からユークリッドが姿を見せる。
「うむ、儂が面倒を見るのでルー様を頼む」
ユークリッドは二人を交互に見た後、そう請け負う。
「そう。では、よろしくお願いしますね?」
ミリアはユークリッドにそう頼むと少し不安そうにナキを見上げた。本当に大丈夫?と念押しされているように思えて、ナキは小さく頷いた。
「承知した。行くぞ」
「ミリアも気をつけて」
「うん。明日ね」
そうしてミリアは部屋の中へ入っていった。
ユークリッドに連れられ入った部屋には一人の女性がいた。年のころはナキと変わらないくらいか、やや年下に見えるがミリアの先例もあるので油断はできない。
「はぁい、第四回異世界人会談をはじめるよー」
彼女はにこりと明るく笑うが、そこに自棄が透けて見える気がした。目の下のクマがひどいことになっている。
テーブルの上には、資料と思しき紙が数枚。そして、酒瓶があった。すでに彼女は一杯ひっかけているようで半分ほど空いた杯が置いてある。
飲む? と聞かれたがナキは断った。ユークリッドも今は飲まないと断るとつまらなそうに彼女は杯の残りを一気にあおった。
それを横目で見ながら、ナキとユークリッドは椅子に座る。
「どうも、キエラといいいます」
「どうも? ナキ、っていうけど。もしかして前、あったことがある?」
彼女の挨拶は初めまして、ではなかった。ナキも少し覚えがある気がした。
「いつぞやは介抱していただいたようで。それに一応、私も同行していたよ。気配を殺してモブしてたから、視界に入ってなかったかもしれないけどさ。
クリス様もごきげんよう」
「うにゃ」
「……知り合い?」
「む。秘密じゃ、秘密」
一人と一匹はねーと仲良く頷き合っている。
明らかに親しい。ナキの半眼に気がつくと白猫は顔を洗いだした。キエラはあははと愛想笑いをしている。
「いっそ、毛皮に魅了されたとか言っておけばいいのに」
「おおっ、そうでしたね! そういうの苦手なんで」
「侍女向きじゃない」
「ですです。だから、実働部隊で裏方してましてね。便宜を図るように姫様に言われてるんですよ」
キエラはあくまで軽い対応だ。ナキはどう対応したものか思案する。白猫が警戒しないということは、それなりに信用は出来るとは思うが、判定基準ががばがばな時がある。毛皮をほめられると上機嫌でガードも緩む。
キエラの話をやれやれと言いたげに聞いていたユークリッドは軽く手を叩いた。
「一応、儂らの目的は今のところ一致している。ということから話して良いかな」
ユークリッドのいう、一応、今のところ、という前置きが不穏ではある。ミリアとルー皇女の目的は敵対しやすい。
皇女を足がかりに帝国に飲まれるのはミリアは望まない気がした。婚約を破棄することになり、死んだことにすらなったが国への愛着は残っている。
「目的ってどのあたり?」
「平穏。水面下では、あれこれあるかもしれぬが戦端は開かれずどちらの国も痛い目を見ない程度あたりか。儂も年寄りなので、戦場に駆り出されたくはない。
あるいは、ルー様を抱えて国境越えも遠慮したい」
「私もしがない期間雇いのギルド員だったけど、皇女様のお付きになり、今、無茶振り対応中なので仕事増量反対」
「……まあ、俺も争いごとは避けたいとは思うよ」
ナキはそれが可能かどうかについては言及しなかった。少なくとも自分たちの目的を果たす間くらいは何事も起きては欲しくない。
そのあとは知ったことではない。冷たいと言われようとそこはナキの手に余ることだ。下手に関与して、逆恨みなどされたくもない。
「というわけで、一時的な同盟状態ということで異論はないですかね?
それから、ここからは故郷の言語でよろしく。そっちは敬語とか丁寧にとか話すの苦手だからそこもご了承をば」
「防音はしてある部屋だが、他国なのでそれほど勝手にもできないのでな。
言葉を変えたほうが安全であろう」
「それはいいけど。姫様は好き放題してない?」
ナキは言われた通り言語スキルを切ってから返答する。ルー皇女とそのお付きは既に好き放題しているようにナキには見えた。ミリアが頭が痛いと言いたげにこめかみに指先をあてていたのを彼は何度か目撃している。
「今のところお客様のわがままは最大限答えます、といったところか。企業秘密を教えろと言ったところで、やんわりとお断りされている。勝手にお茶会も開けぬと殿下はしょんぼりしているからな」
「なぜお茶会」
「同じくらいの年の令嬢を自分の派閥に入れるため。
あとはそうじゃな。コルセットを捨てちゃえ計画を戴冠するまでに完遂したいらしい」
「見合いどころかすでに結婚する気満々なのは、わかったよ。それで誰が本命なわけ?」
ナキとしては相手があることなので、既に決まってはいるのだろうと思っていた。
困ったようにユークリッドとキエラは顔を見合わせている。謎の押し付け合いの結果、負けたのはユークリッドだったようだ。
「私を自由にさせてくれる素敵な旦那様、だそうだ」
「は?」
まさかの条件だった。確定もしていない。夢見がちとも言えないが、現実的とも言えない。この世界では、一般人ですら女性の立場のほうが弱いとされている。
事前に貴族についてミリアに聞いたところによれば家長に従うべしが普通である。婚家でも、夫よりも家長がいればそちらを優先すべきらしい。これがまた揉めるのよと彼女は言っていた。
「いや、その、イーリア様がな、そういう思想の持ち主で殿下にもしっかりと根付いていた。
王妃がそれでは困ると話はしたのだが、それじゃあ、王妃になるまででいいからと条件を変えたがそう言う問題ではない」
「ちなみに殿下は、本編18歳でも同じような恋愛なにそれおいしいのという感じで、なぜ、恋愛ファンタジーの主人公にしたとツッコミたい。逆ハーのためかな。魔性の女(陽)は怖い」
「それなら魔性の女(陰)はいるわけ?」
「エリゼリアがそんな感じ。本人は王子様一筋で、周りが勝手に入れ込んでいるってところに見えるけど、派閥としてとか利用価値とかをきちんと理解して動いているあざとい感あり、と本編の殿下が言ってた。病弱の設定も他の婚姻をねじ込まれない理由だったようだし、お花畑と思っていると痛い目みるかも。
まあ、ミリア嬢は知っているんじゃないかな。今回は妹なわけだし」
「今回は?」
「小説のほうは妹じゃなかった。彼女の場合、その時と今は母親は同じでも父は違うってことになるかな。
本編では同じ侯爵家に養女になっているから、小説のほうでも義理の姉妹とは言えそうだけど。それもあと一年後のことだから、あの二人は本当に顔さえ合わせてない可能性もある。それが姉妹になってるんだもの。びっくりした」
「かなり違うのか。
で、介入してきている人の目星はついているわけ?」
再びキエラとユークリッドは顔を見合わせて、ナキへの返答を譲り合っていたようだった。すぐに彼女がうなだれたので、何かしらの折り合いはついたのだろう。
キエラは酒瓶から新しく杯に注いで、ため息をつく。
「ジュリア姫が、一番怪しい。次点で、謎の隠密。少なくとも彼女本人か周囲だと思う。
他に異世界人とか前世持ちがいるなんて想定してなかったみたいで、本筋を知っていれば違和感のあることばかりしていた。悪いことをしている意識はないから、痕跡を消したりもしていないことが多かったし、追跡は容易だった。
たぶん、自分だけが転生や前世を思い出したとか思い込んじゃってる」
「普通は他の転生者なんて想定してないと思うよ」
ナキにしても白猫がなんじゃ、またかという反応でなければそう思い込んだかもしれない。元の世界の影響が多少見え隠れしても気にしてもいない。
もしかしたら、どこかの原作ありな異世界と疑うのがせいぜいだ。
「儂も最初はそうだった。ギルド長に、またお前みたいな転生者が云々と説教されて、あれ?違うのか? と思ったのがそう、二十年も前」
「私は、違和感ありの前世型だからちょっと違うけど。
まあ、そんなわけで知らんけど、お姫さまが思う通りの未来を望んでこんなぐちゃぐちゃなったと思う。
理由はわかるけど」
「わかるんだ。なに?」
それ聞いちゃう? と言いたげなキエラの表情に違和感がある。ジュリアは先のことを知っている万能感でしたことではなさそうだ。ナキは聞かずに済ませばよかったと後悔する。
「ジュリア様は死ぬの。今年の春に」




