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婚約破棄された令嬢とパーティー追放された冒険者が国境の隠者と呼ばれるまでの話  作者: あかね
聖女と隠者と聖獣

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潜入、はじめます4

 庭に頼りない明かりが揺れる。

 ナキは夜目が利くので、実は明かりはいらない。ミリアには必要だろうと用意したのは余計なことだったかもしれない。

 隣を歩くミリアはしょんぼりとしていた。今回は本気で失念していたらしく、明かりがないことに気がついたときに表情を取り繕えていなかった。

 ナキとしては、こんなこともあろうかと、と言ってみたかっただけなのだが思いのほかショックだったらしい。

 即座とまではいかないが、気を取り直すまでには時間がかからないミリアにしては少し時間がかかっていた。


「上着も必要だったかな」


 外は思ったよりも風もあった。ミリアの室内用のドレスは肌寒そうに見える。ナキも外に出る予定ではなかったので厚着ではないが、上着くらい着ていた。それを彼女に渡すくらいどうということはない。


「風邪ひかないように羽織っておいて」


「ありがとう」


 ミリアが少し迷ってから、笑顔で受け取ってくれたまでは良かった。羽織った後にミリアにナキの匂いがすると呟いた。

 ナキは無性に恥ずかしくて、返してくれと言いそうになる。寸でのところで思いとどまったが、変な匂いじゃないよね!? と確認したくなる。


 以前は、推定汗臭い状態で抱きしめて一時間とやらかしているというのに。気がついたのが翌日というだったのが致命的だった。言いわけするには遅すぎるが、何も言わないでいることもできなかったのは失態だ。スルーしとけばよかったのに。

 そのくせナキは返答が怖くて詳細の確認など出来なかった。白猫にヘタレと罵られても、こればかりは性格の問題だ。

 その後の態度が変わらなかったのは不快でなかったからと思いたい。今も別に嫌そうではなかった。


「どうしたの?」


「……それで、どこに行くわけ?」


「そうね。端に町へ抜ける通路があるの。そこを確認しておくわ」


「わかった」


 庭は広くはなかった。意外と樹木が多い。二人は季節に変わらず葉を落とさない木の下を進む。

 季節としてはすでに冬ということだが、気温や気候の変動はそれほどない。確かに寒いが雪が降るほどでもなかった。真冬でも水が氷るくらいで、雪にはならないらしい。重苦しい曇りが続くか冷え切った青空かの二択のような日々が続く。

 そして、気がついたら花が咲いている時期になるようだ。


 ナキが冒険者をしていた地方はもう少し気候の変動があった。夏だけ異常に暑いというところだったが、薄着になれなくて難儀した。白猫が気温設定が壊れているのかのぅと言っていたが、聞いていないことにしている。


「こういう庭には目印の木があるの。

 常に葉の枯れない木を選んで歩くと隠し通路にたどり着いたりするわ。特定の花や草の場合もあるけれど、逃亡ルートは木のほうが多いわね」


「それって機密では?」


「王城では役に立つわよ。あそこも同じだから。隠し通路も強引に入ることは可能だし、クリス様に先に入ってもらって開けてもらえるだろうから」


 ミリアに何でもないことのように言われる言葉がナキには不吉に思えた。

 そうと言われたわけではないが、なにかあったらそう逃げろと先に告げられているようで気に入らない。

 ナキの機嫌の悪さを感じたのか、ミリアはちょっと強めに手を握ってきた。


「万が一よ。姫君たちは一筋縄ではいかないし、多少の変化で誤魔化されない人もいるかもしれない」


「ま、その時はその時で、プラン2のほうで行けばいいよ」


 身分詐称して、広範囲にばれた場合、ミリアは祖国が心配で様子を見に来たということにする予定だ。ミリアルドの死は偽装された。そのため、大部分の人は帝国で暮らしていると認識しているので、おかしな話ではない。


 ただ、その場合、元皇太子の妻として振舞う必要があるので避けたい展開ではある。理由としては相応だが、ナキとしては不快感のほうが勝った。それをするなら、とっとと逃げてしまおうという算段はしている。

 ミリアに後で怒られそうだが、いざとなれば同意を取るつもりはない。

 つまりは、ナキはする予定もないプラン2があるから大丈夫と誤魔化したに過ぎなかった。


 ミリアは不穏ななにかを察したのか、ナキに本当に大丈夫なの? と言いたげな視線が向けられた。

 ミリアには口に出しては問い詰められずにナキはほっとした。あの問い詰め方をされると言わなければいけないような気がしてくるのだ。


「この辺りのはずなのだけど」


 庭の端に壁があった。庭を囲むように壁があるのだからおかしなことではない。ミリアは地面を気にしていた。

 ナキはランプを地面に置く。それのほうが見つかりやすそうだった。


「さっきみたいに言葉が必要?」


「これは誰でも使えるようになっているはず。長く勤めていれば屋敷の者でも知っているのではないかしら」


「機密では?」


「公然の秘密。もちろんそれだけじゃないけど」


 あった、ミリアはそう小さくつぶやいてほどほどに大きい石を踏んだ。ぎいと軋んだ音を立てて壁が少し動く。

 横開きの扉は、思いのほか軽く開いた。


 隠し通路の向こう側は薄明るい。外のほうが暗く見えるほどで、近くに木々が生い茂っていなければそこになにかあるのが丸わかりだろう。

 もしくは、意図してこのようになっているのかもしれない。


 見えにくくても開けっ放しというわけにはいかない。二人は通路に入り、扉を閉めた。


「整備されてるのかな」


 通路は人が長く通らなかったとは思えないほどきれいに整っていた。屋敷の通路と言っても通じそうなほどである。


「そうかも。でも、埃がたまっていないのは変ね。あまり頻繁に使うところではないはずだけど。

 もしかしたら、調べられた後かも」


「やっぱり調べるんだ?」


「仮想敵国の重要な拠点の中心に招き入れられてなにも調べないなんて怠慢じゃない?」


「そうだけどね」


 ユークリッドも同じようなことを言っていたなとナキは思い出す。

 怠慢か、陰謀か、裏切りか。

 どれも良い雰囲気はしない。ミリアが最初にあからさまなため息をついた理由はこの辺りだったのだろうか。


 いくつかの分かれ道をミリアは迷わず進んでいく。この場所には詳しいようだ。


「来たことある?」


「場合によってここで指揮することもあるから何度かは来たわ。仕掛けも大体知っているの。

 でも、ここはもうなにかあったときには使えない場所になったと思ったほうがいいわ。誰が招き入れたか知らないけど、やってくれたわねと言いたいところよ」


 苦々しく言うミリアが少し珍しい気がした。ナキとしてはあまり歓迎したくないものだが。


「ここから入れるはず」


 そう言ってミリアは壁の前に立ち止まった。どこだったかしらと呟きながら、壁を調べている。


「なにするわけ?」


「秘宝を隠してあるの。さすがにもうここに置けないわ。王城で誰かに託すから一時的に保管ね。よろしく」


「へ?」


「魔法袋持ってるでしょ? そこにいれて」


 ミリアに軽く、国家財産を託された。ナキの動揺を楽しそうにみてから、彼女は再び隠し通路をあけた。


 古代語とミリアは言うが、ナキはそれの翻訳を聞いてしまった。あらゆる言葉が理解できるというのはまずい場合もあると今更、後悔しても遅い。


 単語としては難しくない。

 言葉も意味も平易だ。単純すぎて意訳が必要なものを直訳した雰囲気さえ漂う。


『王へ道をあけろ』


 そう言う露払いとしての立場なら良いのだが、そのままの意味だと頭を抱えたくなる。儀式を経て、使えるようになるというのも不吉だ。


 ミリアルドは、ただの王太子の婚約者ではない。


 補佐ではなく、執務全般と権力、責任を負うために養育されたとナキは聞いていた。しかし、これは逸脱しているように思える。

 王太子のほうが、王を模した飾りに用意されたようだ。


 本来継ぐべきものを何らかの理由で王位を継げないミリアルドのために用意された。

 もしそうなら、元に戻すべきだろうか。


「ナキ?」


 ミリアに怪訝そうに見上げられてナキは一時的にその考えを追いやる。そろそろ挙動不審を問われそうだ。誤魔化し笑いも最近見破られている気さえしている。時々胡散臭そうに見られるのだから。

 ただ、今のこれは言いたくはない。ミリア自身が知らされていない可能性のほうが高い。知っていれば、もっと早くに死ぬ気になったはずだ。あるいは、もっと激しく抵抗しただろう。


「俺も入れるの?」


 重ねて問われる前にナキはそう言った。出鼻をくじかれたように顔をしかめて、ミリアは一度口を閉じた。

 ナキへ冷ややかな視線を一度投げかけて、気を取り直したようにミリアは部屋の奥を見た。


「同伴者なら通れるわ。それ以外は、どこかに飛ばされるって話を聞いたことがあるの」


 そんな物騒なことを言いながらミリアは手を差し出した。白い貴婦人の手は、この半年の生活で少し荒れて、少し日焼けした。他愛のない日常の結果のその手にナキは指先を絡める。


「お宝、勝手に持ち出して問題にならない?」


「ここまで入れるのはほとんどいないから大丈夫っ!」


 妙に上ずった声で反応されてナキは面食らった。なぜかミリアの顔は赤い。いったいどこに赤面する理由が? そう彼が問う前に強引に引っ張られた。


 室内は廊下よりも暗かった。

 中央に妖しく光る赤いものが浮かんでいる。


「そっちは偽物だから触らないで」


「壁際に下がってるよ」


「壁も触らないでね」


「……廊下で待っていたかった」


 ナキはトラップ満載そうな部屋で待ちたくはない。いっそ安全な廊下に戻りたかった。

 ミリアは不満そうに口を引き結んだが、何か言うことはなかった。ご機嫌を損ねたかもしれないが安全のほうがナキは大事だ。

 そのミリアは壁をげしっと蹴っていた。


「……それ正規の手順?」


「そうよ。ほら、上から落ちてくるから受け取って」


「え」


 それ、嘘じゃない? という前に上から柔らかい青の光が落ちてきた。床に落ちる前にナキはどうにか受け取る。


 それは一つの首飾り。三つの目のような宝石がはまるものは、禍々しくも見える。


「この国に伝わる魔道具という話なのだけど、誰も使い方を知らないの。そして、忘れられた。ここの防衛などには関わりないことは確定しているから持ち出しても大丈夫よ」


「……やばそうなブツ、持ちたくないんだけど」


「万が一、他国に流出したら大問題だから持ち出しておいたほうがいいわ。

 我が国が分からなくても他の国が研究してわかってしまうかもしれないでしょう? もしかしたら、守護者の下賜品かもしれないけど」


 この件はミリアは譲る気配がなかった。ナキはがっくりとしながら、収納にしまう。


「なんでここにあるわけ?」


「一時期、国宝ばかりを狙う盗賊が現れてその対策で、あちこちに分散したと記録には残っているわ。宝物庫だけに残しておくのも不用心と言えばそうよね」


 迷惑な話ではある。

 ナキはため息をついて、ミリアに手を差し出した。


「入るのに手をつなぐなら、出るときも必要じゃない?」


「そ、そうねっ」


 焦ったようにミリアは手のひらを重ねた。先ほどと違う感触にナキは首をかしげて思い出した。なんだろうと思っている間に彼女が早く出ようと言わんばかりに引っ張る。


「わかったから。今日の用事はこれでおしまいだよ。疲れているのは本当なんだから」


「そうね。馬車でも疲れるものだから、今のうちに休むべきよね」


 そう言いながらも無意識にぎゅっと握られた手にミリアの不安が透けているようだった。

 婚約破棄の現場、あるいは、拉致された場所に戻るというのは、不安になっても仕方がない。行かないという選択を選ばなかった結果ではあるが、もう少し時間を置いて訪れたかったというのがナキの本音だ。

 ただ、問いただすべき人物が死ぬかもしれないともなれば猶予はない。


「王城の隠し通路の話はまたするわ。その気になれば、どこにでも行けるの」


「それってミリアだけが知ってるわけ?」


 気になって問い返したことにミリアは黙った。彼女はそれを気にしたことはないらしい。思い返しているらしいうちに元の場所まで戻ってきた。庭はやはり暗い。


「陛下に、直接教えられたことが多いわ。

 王族が知っていてもよいこと以上に教えられているかもしれない」


「……なんかさ、ミリアルドもかなり訳ありだったんじゃないかな」


 婚約者として養育された、というだけではなく。ミリアはそれに困惑しているようだった。


「そうなのかしら」


 ミリアは腑に落ちないと言いたげだった。ナキはそれに違和感を覚える。心当たりはありそうだった。

 ミリアは今のところいう気はないということだろう。


「抱え込み過ぎないように。役に立たないかもしれないけど、僕もクリス様もいるよ」


「大丈夫」


 ナキはミリアに穏やかに返されて余計に落ち着かない。


「帰りましょ。ねむくなってきたっ!?」


 先に歩き出したミリアは木の根に足を引っかけた。転びはしなかったが、なかなかに危ない。ナキはなんとなくつなぎっぱなしだった手を外した。


「苦情は聞かないよ。全く、危なっかしい」


 ナキはミリアを抱き上げた。来るときは道が分からず歩いてきたが、その時でも危なっかしかった。

 こんなところで怪我をしたら言いわけがめんどくさい。ミリアは庭に出ていたことは言いたくはないだろう。


「え。え、ちょっと、下ろして」


「やだ」


 ナキの拒否にミリアは押し黙って身を預けてくる。

 ミリアが眠くなってきたのは本当のようで、すぐに目が閉じられた。そうしているとまだ幼さを残しているようで、ナキは別な意味で落ち着かない。

 ナキはミリアがまだ19になったばかりだと先日知った。前に言ったことなかったかしら?と軽くミリアに言われたのだが、すぐには思い出せなかった。

 そういえば、最初のころに18と聞いたようなというおぼろげな記憶はあるにはあった。その時はそれどころではなかったので、意識していなかった。


 19歳はこの世界ではすでに大人扱いする年だが、彼の感覚的には未成年である。手出しするのは罪悪感があった。どちらかと言えば、決定的なことはなにもなかったことに安堵したくらいだ。微妙にアウトなものは、知らなかったからとカウントしないでいるが罪悪感はあった。


 あと一年くらいは何もしない見込みではあるが、ナキは少しばかり自分が信用ならない。今も抱き上げるのも理由があるから大丈夫と内心言い訳しているくらいなのだから。

 いっそ開き直ればよいのだろうが、それも難しい。


 それにミリア自身にも気になるところはあった。


「ま、待つけどね」


 ナキは自分に言い聞かせるように呟いた。

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