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婚約破棄された令嬢とパーティー追放された冒険者が国境の隠者と呼ばれるまでの話  作者: あかね
二人と一匹

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彼女と猫


「にゃっ! にゃあ、にゃあ」


 膝の上で遊ぶ猫が急に見上げてきた。膝から降りて、たんたんと机まで飛び上がる。


「クリス様ー! おやつだってよー」


 のんきな声が聞こえてくる。名も聞いていない彼は、約束通りやってきた。

 白猫は早く早く! と言いたげにたしたしと机を叩いていた。


「はいはい」


 ミリアは笑いながら準備することにした。

 机の上に台を乗せそのまま机の上に登る。はしたないなどと今はもう誰も言わない。自由があるのが牢獄の中だというのは皮肉なものだ。


「うーにゃーっ!」


 華麗とは言い難いが、必死のジャンプで外との隙間につま先を引っかけ、体をねじ込む。

 じたばたとしていた後ろ足やシッポが見えなくなるのは意外に早い。


 ミリアはおかしくて声を上げて笑ってしまう。必死すぎないだろうか。


「おー、お? ど、どうした。なぜシッポにリボンが!?」


「あ」


 魔が差して、シッポにリボンをつけてみたのだ。ひらひらとするそれが気になってずっとリボンを追いかけていた。

 なにか、こういう犬がいたなとミリアはしみじみ思ったのだが。


「に、にゃぁ」


「……弄ばれた、と」


「失礼ね」


「今日は、クリス様連れて行くよ。なんか、猫どこに行ったとか良く聞かれたから。あと、手紙入れといた。じゃあね」


 彼は少し急いだように言うと昨日と同じように瓶入りの水と小さな袋、それから紙に包まれたものを下ろしてくれた。


「ありがとう」


 小さく礼を言えば、明るい笑い声が聞こえた。


「どういたしまして。ほら、行くよ。相棒」


「うにゃー」


 じゃあねと言いたげな白猫の鳴き声が聞こえた。

 名残惜しげもなく薄情だ。ミリアはそう思った自分がおかしかった。やはり、少々参ってはいたようだ。


 床に降りてから差し入れの中身を確認する。

 変わらず透明な瓶は王宮でも見たことがないほど綺麗だった。味のない水というのも不思議な気はする。


 紙に包まれたものは昨日の昼にもらったものと同様ではあるようだ。中身が少々異なっていた。チーズとピクルスが挟んであるものとジャムが挟んであるものがあった。


 小袋にはビスケット数枚とあめ玉。昨夜のものと変わりない。この中に手紙が入っていた。


 手紙は簡潔だった。まず、読んだら隠滅するように指示されいる。未だにこの部屋に誰かが入ってくることはないが用心に越したことはない。


・女と猫の幽霊がいると噂になっている。

・砦への出入りは厳重に管理され、許可なく兵士すら麓の町に行くことはできない。

 通常、休暇なら出入り自由。

・夜間でも出入り出来る門付近は警戒されている。

・兵糧の貯蓄が増えている印象。

・通常、出入りしている商人たちも門外での取引となっている。

・とりあえず、中にも入れたくないし、出したくもないという意向が強く出過ぎて、なにか不穏な事が起こっている、もしくは起こるのではないかという不安が蔓延している感じがする。少なくともこの砦に雇われた傭兵や冒険者は異常を感じているようだ。

・不審に思われても君に逃げられては困るのか、そこまで考えが至ってないのかはわからない。

・人員が増えそうな感じにもなってきているから、逃げだしたいなら早いほうがいい。

・そうならしばらく従順なふりをして油断を誘うのも良いかもよ?


・髪切ってもいい?


 ……最後の質問だけがよくわからなかった。


「ほんと、変な人」


 ミリアに良くしてもいいことがあるとは思えない。この状況で知られれば口封じくらいされそうなことに気がついているだろう。

 ミリアを懐柔するために用意した人物であろうか?


 そうであるなら成功しているかもしれない。

 あの1人と一匹は元婚約者よりも皇太子よりも、好ましく思えてきているのだから。


「綺麗な字」


 癖のない読みやすい字は珍しい。書記のように公的記録を残す者が、必死になって習得するものだ。ミリアも直しはしたが、どうしても一部の字を書くとき右上に上がってしまう癖は直らなかった。


 この字を書くのが貴族の子息なら勤勉であったといえる。しかし、彼は冒険者なのだという。知れば知るほど、怪しい人物。

 なにか下心があれば隠すような気がするが、全く自然体に思えるから困る。


 手紙を丁寧に引き裂いてから、水をかけてゴミ箱に捨てた。本当は燃やしたいのだが、火元はなくこれが限界だ。


 ミリアはぱくりとパンをかじる。これもどこから手に入れたのだろうか。表面は少し硬く、中身は蕩けるように柔らかいチーズは、この地方のものではないだろう。

 今日の水は微かに果実の酸味が加わりスッキリとしたものだった。


 ミリアはゆっくり味わって食べる。しみじみとおいしいと思えた。

 心残りはあるが、半分残しておく。かわりに飴を一粒口に入れた。

 優しい甘さが染みる。

 ミリアに優しくしてくれるのは身内でも親しくもない誰かだ。


 することもなく、ベッドに転がる。暇だと思ったのはあまり記憶にない。幼い頃は、何かと用事を言いつけられていたし、婚約者が出来てからは勉強漬けだった。

 簡単な歴史や言葉から始まり、算術や各地の名産品、果ては税収についてまで。

 内容は多岐に渡る。深く知ることよりも多く知ることを求められた。趣味で何かするなどという時間もなかった。

 幽鬼のようなと例えられたこともある白い肌は、まだ白いままだ。白いからこそその肌に残った傷跡が目立つ。


 いざと言うときの護衛術は早めに教えられた。傷も服に隠されているところに残っている。そして、辱められる前に死ぬべき事も教えられた。あるいはその知識を利用される前に。


「ミリアルドは死ぬべきなのよね」


 ぽつりと彼女は呟いた。


 毒はある。


 どのように、死んで見るのが一番良いのか。


 ミリアは外をふと見上げた。外に出してくれなどと願ってみたものの不可能なのはわかっている。それでも。


「うにゃーっ」


 ミリアの前に猫が降ってきた。


「な、なに!?」


「にゃ、にゃっ!」


 あっちあっち、あいつが悪いのと言いたげに外を指さしているのは、もはや猫の仕草ではない。

 ベッドは隙間より少し離れているにもかからずに降ってくるということは投げ込んだとしか思いようがない。


「明日、皇太子が来るって。ちょっとそいつにお話ししといて。夜に迎えに来る」


 有無を言わせないような強い声と慌てたような足音が遠くなっていく。


「おはなし?」


「にゃ、……そのだな。ワシ、聖獣なんじゃよ」


 申し訳なさそうな声は、思ったよりも渋かった。

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