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08/外れた枷

 

「なんで、こんな事が……」

 キリアは呆然自失だった。

 こんな風に誰かが死ぬなんて想像もしていなかったのだ。そして、力を失った事を、ここで初めて嘆いたようでもあった。

 そんな彼と違って、ツンデレ娘のレクナの反応は冷たかった。

「ドジでのろまな奴だったからね。本当、いい迷惑だわ」

「そんな言い方――」

「事実でしょう? 実際、皿は割るし、お茶くみひとつ満足にできないグズだったじゃない?」

 キリアの非難を遮って、レクナは強い口調で言う。

「そんな奴の事なんかどうでもいいから、早く次の奴雇いましょうよ。ほら、哀しいことは早く忘れるに限るって言うしさ」

「……」

「辛気臭い奴。あぁ、ほんと、嫌いになりそうだわ」

 押し黙るキリアにそう吐き捨てて、レクナは自分の部屋に戻っていった。

 扉を乱暴に絞める音が、廊下に嫌に響く。

「……なんだよ、それ」

 絞り出すように、キリアは呟いた。

 その表情は苦痛に歪んでいて、今にも泣きそうでもあった。

 よほどレクナの言葉が響いたのだろう。動揺が全身から滲み出ている。

「あんまり、下手に出ない方がいいと思いますよ」

 そこに声を掛けたのは、胸の大きなネッサだった。

 憂いを帯びた表情で、彼女は言う。

「あの子、最近ずいぶんと横柄な態度が目立つようですし。あの子が突き落としたんじゃないかって、噂まであるくらいですし。正直、傍に置くのはこれまでのした方がいいと思いますけど」

「……そんなもの、根も葉もない噂だよ。ありえない」

 頑なな口調で、キリアは言った。

 それから、ネッサのフォローをするように

「あぁ、でも、うん、あんまり下手に出るのはよくないよね。変な誤解をさせるのもあれだし」

 と、言って、繕ったような笑みを浮かべた。

 そして場に漂う昏さを払拭するように、他愛のない世話話を始める。

 その薄ら寒さを眺めながら、イーリスが口を開いた。

「この話は事実なのか?」

「興味があるなら、見てみればいいと思うけれど?」

「それは、そうだが……」

 いざ確認してみるのは怖い、ということらしい。

 仕事ではどこまでも冷徹に振る舞える彼女だが、プライベートに置いての彼女は基本的に臆病なのだ。良くも悪くも公私が別れている。

「私もまだ見ていないから知らないわ。でも、そういう噂が立つという事が何を意味しているのかはわかる」

 ゆったりとした口調で、アイノアは言った。

「……以前から、なのか?」

 不安げに眉を顰めながら、イーリスが問い返してくる。

「ええ。キリアくんが恩恵を無くす前から、彼女の評判はかなり悪かったみたいね。もちろん、キリアくんの前ではそんな評判通りの振る舞いはしてこなかったわけだけど」

「つまり、これは愛情が薄れた証ということか」

「というよりも、正常になったからというべきね」

「正常?」

「元々女王様気質だったということよ。それも好意を持っている相手に対して、特にその傾向が強くなるきらいがあったみたいね。要は、これは自分の所有物だっていう主張が強かったわけ。だから、彼女は今もちゃんとキリアくんの事が好きだけど、昔と違って自分の下に置きたいって感じなのかな。まあ、この辺りはただの憶測だけど」

「だが、だとしたらそれは……」

「ええ、そうね。本来、キリアくんにとって一番許しがたい人種なのかもしれない」

 圧力をもって他者を支配する者。一方的な関係を強要する者。それらは彼を苛めてきた人間たちに他ならない。

「それでも、彼は彼女を切り捨てられないのでしょうね。今となっては尚更に」

「力を失ったから、か」

 自分を認めさせる強さがもうない。

 だから他の奴を見繕うことも、もはや出来ない。

 少なくとも今見た限りでは、キリアは自分の事をそう評価しているようだった。

「……弱いな、この人間は」

「ええ、そうね。いっそ殺しちゃったほうが幸せそうなくらいに」

 辛気臭いイーリスの呟きに笑顔でそう返して、アイノアは場面を次に飛ばした。






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